読書記録「尾崎放哉全句集」
著者:尾崎放哉(村上護 編)
出版社:ちくま文庫
初版:2008年2月
17回目の投稿になります。
今回は小説ではなく俳句の全集になります。「尾崎放哉全句集」です
♯5でヨルシカの「嘘月」を紹介したときに少し触れましたが、嘘月が尾崎放哉の自由律俳句をモチーフに作られたと知ってから興味をもち、読んでみました
ここに来られた方は十分ご承知とは思いますが、俳句は「五・七・五」を定型とし、季語を入れて季節感の中に自己の感情などを表現します
しかし、自由律俳句は、語数、季語など全て無視しています^^自分の感情のままその1行に注ぎ込むみたいな感じでしょうか
ただ、今ふと思ったんですけど、「自由律」の「自由」って、五七五の定型があるからこそ「自由」を名乗れますよね。そういう意味では五七五の綺麗な定型の俳句も自由律もどちらも楽しめる人でありたいなと思ったりしました
さて、尾崎放哉ですが、この全句集の末尾にその生涯が載っていました。大変興味深い人生だったので、ざっくり書いてみます
東京大学法学部卒のエリート。卒業後生命保険会社に就職も、矛盾だらけの社会に調子を合わせていくことが馬鹿らしくなり、辞職。妻とも離縁し、遁世(世間の煩わしさから離れること。出家の意に近い)
それが38歳のときであって、死んだのが41歳。この3年間で句作りに没頭。正確に言えば、小豆島に移り住んでからの1年に満たない期間で自由律俳句を作り続けた
私、尾崎放哉のように、晩年になってから急に光を放ち始める人物が好きなんですよね^^55歳から17年かけて精密な日本地図を作製した伊能忠敬や、ケンタッキーを65歳で創業し成功を収めたカーネルサンダースなどなど
自分の人生も、まだまだこれからなんじゃないかみたいな気がしてくるんですよね^^勿論、圧倒的な努力が必要なんですがね
さて、尾崎放哉の俳句を紹介してみますが、その前に前提をおさえておきます。それはなにかというと
私が俳句の詠み方を全く知らない!
ということです^^ド素人の解釈をこれからウダウダ書きますので、期待しないで読みすすめてください
「咳をしても一人」
「こんなよい月を一人で見て寝る」
おそらく尾崎放哉の句で最も有名な2句ではないでしょうか。放哉の句を読んでいると、「一人」がよく出てきます。「一人」と表現する背景には、「二人」であることへの希求や、かつては「二人」であったことへの回顧などもあるのかなと個人的には思います。ちなみに全句集には「墓地から戻ってきても一人」という句もあって、ちょっと笑っちゃいました^^切ないっす^^
「春の山のうしろから烟(けむり)が出だした」
死の間際に作った句であるらしく、けむりを自らの死(火葬)に置き換えたものであるという解釈があるようです。もしそうであるなら「出だした」っていうのが死を悟った感じを表しているのかな
「いつ迄も忘れられた儘(まま)で黒い蝙蝠(こうもり)傘」
「いつ迄も」が、放哉がこの蝙蝠傘に注目し向かい合っていた時間的な経過を連想させます。また、「忘れられた儘の」だと、かかる対象が蝙蝠傘だけになるけど、「忘れられた儘で」になると、忘れられた儘なのが、蝙蝠傘だけにとどまらず自分にもかかってくるんじゃないかなみたいに読むこともできそうです。なんか涙出そうになります^^
ここからは、ド素人の寸評を(俳句に詳しい方スミマセン^^)
「なんにもない机の引き出しをあけて見る」
→ないの知ってて開ける切なさ^^
「夕の鐘つききったぞみの虫」
→報告相手みのむししかいなかったのかな?^^
「一本のからかさを貸してしまった」
→無理して貸さなくてもよかったのでは^^
「墓のうらに廻る」
→自分的に最も衝撃的な一句。なにか見つかりましたか?^^
「法師の太い声と夕日まんまろ」
→まんまろカワイイ!
「雀のあたたかさを握るはなしてやる」
→孤独、優しさ、切なさ色々こみあげてきて涙出そうになる^^この感情は言語化できません^^
「冷え切った茶をのんで別れよう」
→放哉にしては珍しく「他者」を感じる句。長い時間おしゃべりできて嬉しいという気持ちが窺えます
私、尾崎放哉と時代を同じくしていたら、たぶん友だちになれたと思うんですよね^^孤独を愛するけど分かり合える誰かは探しているような感覚とか、なんかわかる気がするんですよね
尾崎放哉は、作品がこうやって現代にも影響を与え続けていること、どう思うんだろう?^^