投稿者: syun

  • 赤い公園「pray」

    8本目の投稿になります。

    今回は、好きな歌紹介です。赤い公園の「pray」です。

    赤い公園は女性4人組のバンドで、作詞作曲をギターの津野さんが担当していました

    とても繊細な方のように思える歌詞で、徹底的に暗い曲などもあり^^私は好きで今もよく聴いています

    ライブの映像を観ていると、ドラムとベースのリズム隊もとても演奏技術が高いと思います

    ボーカルは途中変わりましたが、どちらのボーカルも好きな声です

    さて、「pray」ですが、2020年の作品です。ピアノの旋律で始まる1番から、だんだんバンドサウンドになっていくメロディーがとても美しいです

    赤い公園は、作詞作曲していた津野さんが亡くなってしまったのもあって解散してしまいましたが、今も聴いています。

    というのも、そもそも私が赤い公園を知るきっかけとなったのが、津野さんの死去を報じるニュースでした。

    それまではバンド名くらいは知っていたのですが曲を聴いたことがありませんでした。亡くなった事で聴いてみるといい曲ばかり…、という感じでした。

    サビの歌詞がシンプルだけど、とても素敵だと思います

    「It`s  honesty  君が好き」

    「君の旅が今日も美しくありますように」

    こんなにシンプルな言葉で、背中を押してくれる歌詞もなかなかないと思います

    この歌詞は亡くなる前の津野さんが書きましたが、赤い公園を聴いている身からすると、こちらが津野さんに送りたい歌詞だなと思ったりもします

    他にも「私」という曲もすごく好きです。

    歌に励まされるとき、それは色々な形があると思います。「前向き、明るく、笑顔」などの歌詞で元気づけようとするものもあれば、「痛む、歯がゆい、情けなくなる」などとことんまで落ちきることで聴き手が共感できるものもあります

    私は圧倒的に後者が好きです

    「pray」「私」聴いてみてください^^

  • 怒られているのを聞くのがしんどい^^

    7回目の投稿になります。今回から、

    月曜21時…内省的な投稿

    水曜21時…好きな曲の投稿

    金曜21時…好きな本(読書記録)の投稿

    という感じで投稿していきます。「投稿していきます」って言ったところで、固定の読者がいるわけでもないんですけどね^^

    ブログ投稿を生活に馴染ませルーティーン化したい意味合いもあります。長期で続けていければ、自己理解も促進されていくのではないかという感じです。

    さて、今回は「怒られているのを聞くのがしんどい」です。なんか重くなりそうなタイトルですが明るくいきます^^

    私は、他の誰かが怒られているのを聞くのがとっても苦手です。例えばオフィスで同僚が上司に呼ばれて怒られているのを同じスペースにいるので聞こえてくるみたいな感じです。なんなら、自分が怒られている方が気が楽まであります。

    そんな時、私は行きたくもないトイレに行くふりをし、数分席を外します。そして、数分経って戻ると「まだ、怒られてるのかい!」みたいな事もあります^^

    自分なりに分析してみるに、たぶん、その状況を自分ではどうすることもできないのが、いたたまれないからかなあと思ったりします。

    怒られる原因を作ったのはその同僚なんだろうし、自分が「まあまあ」みたいに介入できる訳でもないし、なんか無力感みたいなものがあるのかな。「オレ、何を聞かされてんの?」みたいに思っちゃうんですよね。

    今思い返すと、子どもの頃からそれが苦手でした。自分は関与していないケンカした2人を、先生がめっちゃ指導しているのを聞かなきゃいけないみたいなのが、すごく嫌でした。

    しかも、学生の頃は、今みたいにトイレに逃げる事もできず、ただ聞かなきゃいけないし。

    指導が必要な状況はあるだろう事はわかるので、当事者だけが別室でやってくんないかなあって、いつも思っています。

    似たような事でしんどいのが、飲食店で、ベテランのパートのおばちゃんとかが、若い新入りの女の子の働きぶりを怒ってるのが聞こえちゃってる時とかですかね。

    「お水、早く出して!」

    「ボーっと立ってないで、トレー並べて!」

    いやいや、客(私)に聞こえちゃってますけどっていう。これ、しんどいんですよね。わかってくれますかね^^

    いや、その指導は、閉店後でいいやん。それか、客のいない裏でやってくれればいいやん。もう、このやり取りが聞こえてきた段階で、頼んだ料理出てきてませんけど、帰りたくなります^^

    お金戻ってこなくていいから、帰りたい…。

    しかも、その怒ってたおばちゃんに「はい、お待たせしました!味噌ラーメンです!ごゆっくりどうぞ!」と満面の笑みで言われたりすると、もうこのおばちゃんがサイコパスにしか見えなくなってきてしまいます^^

    ただただ自分が気にしなきゃいいだけの話なんですけどね。

    色々気づきすぎてしまうのも考えものですね^^

  • 読書記録「静かな人の戦略書」を読んで

    読書記録「静かな人の戦略書」

    著者:ジル・チャン(神崎朗子訳)

    出版社:ダイヤモンド社

    初版:2022年6月

    ページ数:343ページ

     6回目の投稿になります。ルーティーン化した方が自身の習慣に染みこんでいくかなと思ったので、

    月曜21時…内省にかかわる投稿

    水曜21時…好きな音楽にかかわる投稿

    金曜21時…好きな本(読書記録)にかかわる投稿

    みたいな感じで考えています。このペースだと、週に3本投稿で、これからの10か月で年末までに120本程度の投稿になりそうです。自分的にほどよい負荷がかかって良いのではないかと考えています。

    5本ほど書いてみて、私はやっぱり「書く」ということが向いているということがわかりました^^しかも、匿名性があるネット内なので、ある程度本音で書けますし、今のところほとんど誰にも見られていないのもいいです^^なんの収益にもなっていませんが、純粋にアウトプットすることが楽しいです。

    こんな感じで肩肘張らず続けていければと思っています。

    長くなりましたが、今回は本の紹介です。「静かな人の戦略書」という本です。読後の感想は「あ、これ、私のことが書いてある」でした^^

    この本は、いわゆる「内向型」の人の特徴を、著者自身の経験などを介してまとめ、内向型の性格を生まれ持った強みとして生きていくすべを紹介しています。

    私は、内向型の人間だと強く自認しているので、仲間がいたような感覚になりました。

    本書で取り上げられている内向型の特徴をいくつか挙げてみると

    ・たくさんの人と話すより、一対一でじっくり話すことが好きだ

    ・疲れたときは、とにかく家に帰って休みたい

    ・軽い雑談がストレスになる

    ・できるだけ人混みは避けたい

    ・物事について熟考し、細部まで分析することが好きだ

    ・話すよりも書く方が、自分の言いたいことを明確に表現できる

    ・話すときは、慎重に言葉を選ぶ

    ・自分が話しているときは視線をそらす(最も適切な内容、表現方法を探しながら話すため)

    いやいや、もうこれそのまま私じゃないの^^と、読みながらにやけてしまいました。上記の項目が、そのまま私の取説になります^^

    前回の投稿(ヨルシカの「噓月」)で、話した内容はよく憶えているのに、相手の顔が思い出せなくなることがあると書きましたが、その答えがここにあったかもしれません。

    確かに私も、自分が話しているときは視線をそらしていることが多いなあと思ったりしました。

    特に印象的だったのが、「元気を取り戻す方法」という箇所の次の記述です。

    「内向型の人間がエネルギーをチャージするには、ひとりになる時間が必要だ」

    その通りなんですよね。人によっては「仕事疲れたから、パーっと飲みに行くか!」みたいな疲れの取り方もあるみたいですが、それは「外向型」であって、私のような内向型の人間は、その飲み会でさらに疲れが増すことになります^^

    行くなら、一人で落ち着いたカフェに行きたいんです^^

    それは、どんなに親しい人とでもそうなります。同居する家族がいても、付き合っている彼女がいても、私は1日の中で一人の時間が確保できないと、しんどくなっていきます。

    この感覚がわかる人と生活したいですね^^

    本書の中で、新しい見方を得られたなと思ったハイライトは、「内向型の人間は、友人が少ない」の部分です。

    内向型の人は、相手を深く理解しようという人が多い。そのため、友人の定義を「互いに気心が知れた間柄で、信頼できる人。一緒にいて居心地の悪さや不安を感じることがない人。どちらかが困ったときは、すぐにかけつけ、全力で助けようと思える人」ときわめてハードル高く設定する。そのため、自分は友人が少ないという認識になるというのです。

    これは、その通りかもしれないなと思いましたね。もしかすると、人によっては、なんとなくLINE交換した人とかも「友人」カウントする場合もあるのかもな~、私はその感覚ないな~みたいに思って、友人が少ないということも、ポジティブに捉えられるようになりました。

    自分の事を、内向型、恥ずかしがり屋、自己肯定感低めなどと思ってしまう人にオススメの本です。

    本の帯に書かれていた一文がすごく良かったので、それを紹介して終わりにします。

    「この本は、静かで、思慮深く、優しく、時に過小評価されている人の強い味方となる本である」

  • ヨルシカ「噓月」

    5本目の投稿になります。

    投稿日時を指定できることがわかりました^^今後は、月曜日は内省、水曜日は音楽、金曜日は本みたいな感じでルーティーン化すると習慣になって続けやすいのではと思ったりしています。

    今回は、好きな歌紹介です。ヨルシカの「嘘月」です。

    ヨルシカは、4か月ほど前に出会った方から教わり、ハマりました。素敵なアーティストを紹介してくれたなあと、ホントに感謝しています。

    文学モチーフの作品も多く、歌を聴いてその本を読むみたいなことを最近は繰り返しています。モチーフとなる作品は明治~昭和あたりのものが多く、それらは色褪せない普遍的な良さがあるので、ヨルシカの曲もこれからずっと聴き続けるだろうということは確信があります。歌詞が良くて、10年後とかに聴くと違った感情を抱きそうな感じもします。ここ数か月、読書熱も高まっていて、生活が豊かになりました。それくらいヨルシカとの出会いは鮮烈であり、良いものでした。

    ヨルシカの良さは、改めて語るとして、さて「嘘月」です。

    suisさんの声がとても澄んでいて、聴いていると涙出そうになります。40過ぎのオジサンなんですけどね^^あと、ヨルシカのバラードは、suisさんのブレスが聴こえます。イヤホンで聴いていると、目の前で歌ってくれているような感じがします。

    この曲は、尾崎放哉の自由律俳句が出てきます。

    「こんな良い月をひとりで見ている」

    「愛を底が抜けた柄杓で呑んでる」

     この曲を知ってから尾崎放哉読んでみたところ、最高でした。彼の自由律俳句は、徹底的に「一人であること」に向き合っています。尾崎放哉全句集を読んでみましたが、彼とは友だちになれそうです^^尾崎放哉も後日紹介してみます。

    嘘月ですが、歌詞は一人の淋しさ、切なさが漂うものの、「君」に対する深い愛のようなものも感じます。

    尾崎放哉になぞって書いているのであれば、「僕」自身が病に侵されていて、「君」の記憶がどんどん薄まっていってるのかもしれません。そうではなく、もしかしたら「君」の方が亡くなってしまっているのかもしれませんし、ただなにか事情があって会えなくなった状況なのかもしれません。この辺りは、色々な解釈(想像)をして自分なりに楽しむのが良さそうです。

    私は、人と話していると、話す内容に意識が向きすぎるのか、後でその人の顔をよく思い出せないことがしばしばあります。あれ、なんなんでしょうか^^共感してくれる方いますでしょうか^^

    だから、「君の目を覚えていない」は、すごくよくわかります。

    逆に、その人の声はずっと憶えていることが多いです。あの日、あの場所で、ケーキ食べながら○○のこと話したなぁはよく憶えているのに、その時の相手の顔はぼやっとしてしまうんですよね^^

    ちょっと歌詞の解釈とは離れてしまったような気がしますが、共感できる気がします。

    そして、最後の歌詞は「さよならすら云わないまま、君は夜になって行く」です。

    私は、なぜか「これがこの人と会う最後になるんじゃないか」みたいに思う癖があります。自分にとって大切に思う人ほどそうです。

    「さよならすら云わないまま」は、長い別れになるとは思ってなかったみたいな予期せぬ別れを窺わせます。

    少し湿っぽくなりましたが、尾崎放哉の「ひとり」であるという淋しさと、それを補完するn-bunaさんの歌詞と美しい旋律、suisさんの包み込むような歌声がマッチした素敵な歌だと思います。

    シングル曲ではありませんが、私は好きな曲です。ぜひ、聴いてみてください

  • ラーメン屋で「味変」できない問題

    4回目の投稿になります。レイアウトやデザインはほったらかしのままです^^

    さて、タイトルの「ラーメン屋で味変できない問題」ですが、まず、意味わかりますか?^^私は、人に気を遣いすぎるところがあって、あまり共感してもらえないと思いますが、書いてみます。

    ラーメン屋のテーブルには、色々乗ってるじゃないですか。七味唐辛子とか、コショウとか、すりおろしのニンニクとか…。

    あれ、私、使うことができないんです。

    なぜかというと、出てきたラーメンが、店主が考える最高の形のラーメンだと思うから、それに自分が手を加えることが失礼というか良くないんじゃないかと思ってしまうんですね^^

    変ですよね?

    これまで、何人かの人に話してみたことがあるのですが、今のところ誰にも共感してもらえてません^^まあ、最近はそんな自分を「仕方ねえヤツだな」と思いながら苦笑いみたいなメタ認知ができているので、本気で悩んでいる訳ではありませんが。

    なんか、相手の気持ちに寄り添いすぎてしまうんですよね。

    例えばLINEとかでも、相手からのLINEはいつ来てもいいんです。どんな内容でもいいし、写真が送られてきてもいいんです。

    しかし、自分が送るとなると、すご~く考えます。今、相手は何をしているだろう?集中してなにかやってたら申し訳ないな。いい雰囲気のカフェの写真撮ったけど、これを送ったところで相手は「だから何?」って思うかもなあ、とか。

    やや話が逸れましたが、自分がそれをされてもなにも気にしないし、不快に思ったりはしないけど、それを相手にするときには考えすぎてしまうところがありますね。

    冒頭のラーメンでいえば、例えば私がラーメンを作ったとして、食べる相手が目の前でシャカシャカ大量に七味唐辛子をかけて食べても、嫌な気持ちには全くならないです。でも、自分はそれができません。

    でも、テーブルに七味唐辛子を置いているということは、作った人もそれをかけることを許容している訳だから、かけたって全然失礼にはあたらないですよね。う~ん、でも。みたいなことを脳内でクリクリクリクリ考えてしまうんですね。

    誰か、共感してくれる人がいると嬉しいんですけどね^^

    ちなみに、髪切ってもらった時「これでどうですか?」って言われたときも、「あ、大丈夫です」以外言ったことないんですよね。勿論、最初にある程度希望は言います。だから、これが切った人が考えるベストなんだろうと思ってしまうんですね。

    誰か、理解してくれますかね^^それでは

  • 読書記録「容疑者Xの献身」を読んで

    読書記録「容疑者Xの献身」

    著者:東野圭吾

    出版社:文春文庫

    初版:2008年8月

    ページ数:394ページ

     3回目の投稿になります。今回は、自分の読書記録も兼ねて、本の紹介をしてみたいと思います。最初に紹介するのは「人生のこの1冊」的なものがいいのかななんて思いましたが、とりあえず、最近読んだ本を練習代わりに書いてみます。

    「これは恩返しだと考えていた。人は時に、健気に生きているだけで、誰かを救っていることがある。」

    私が、「容疑者Xの献身」の中で一番印象的だったフレーズです。

    この作品は、タイトル通り「献身」の意味を深く考えさせられます。数学教師の石神が、隣人の靖子と娘が犯した殺人から救うために完全犯罪を企てる話です。

    靖子と娘は、なぜ石神がこんなに力を尽くしてくれるのかわからない。石神も、靖子とどうこうなろうとは考えていない。これ以上内容に言及すると、この作品の最も美しい部分に触れてしまうので控えますが、愛情とも異なりそうなこの感情は、やはり「献身」なのだと思いました。

     石神の企ては、論理的に全く綻びがなく、完璧でした。それなのに、その企てが崩れるのが石神の靖子への思いの吐露に友人の湯川が気付いたことがとても興味深かったです。

    石神も、自身の感情の揺れは想定できなかったのかななんて思ったりしました。

    ただ、読んだ直後の感想としては「本当に、これで良かったのか?」とは思いました。石神の想定した未来にはならなかった訳だし、表面的には誰も幸せになっていない感じがします。続編などは全く求めませんが、この後の石神、靖子、娘の美里などの人生がどうなっていくのかを想像するのもまたおもしろいです。

    東野圭吾は「白夜行」くらいで止まっていて最近の作品は追えていないですが、読んでみようかなと思いました。

    まったくの余談ですが、本屋さんに行く度に「自分は、これらの本の1%も読まず死んでいくんだろうなあ」と思います^^

    だから、私は、自分が尊敬していたり、人間的な魅力があるなあと思ったりする人が好きな本を知りたいし、読んでみたくなります。初対面で「あなたの好きな本はなんですか?」といきなり聞けないので、仲良くなってからというハードルの高さはあるのですが^^

    もし、こちらにお立ち寄りのあなた、オススメの本などありましたら、お気軽にコメントでも残していってください。小説、新書、詩などなんでも読みます。

  • スピッツ「大好物」

    2本目の投稿になります。サイトのデザインの仕方がわかりません^^

    今回は、好きな歌を紹介してみます。スピッツの「大好物」です。

    草野さんの書く歌詞は、いつも優しく、抽象的で、そしてやや不穏です^^

    「君の大好きなものなら 僕もたぶん明日には好き」

    いや、「たぶん」なの?絶対じゃないの?^^

    「明日には」なの?今すぐじゃないの?^^

    このあたりがなんとも草野さんという感じがして好きですね。

    あと最近、ふと「君の大好きなもの」が「僕」だとしたら…と思ったりしました。

    この「僕」は自己肯定感が低めで、君が好きだと言ってくれる僕は、僕自身をそんなに好きではないけど、君がそう言ってくれるならたぶん明日くらいにはそんな自分も好きになっているかもしれない的な解釈でもおもしろいかなと思った次第です。

    40代男が取る解釈としてはなんとも言えない気持ち悪さがありますが、まあ、これを作った草野さんも50代ということで許してもらいましょう^^

    もう1つ好きな部分があって

    「君がくれた言葉は 今じゃ魔法の力を持ち 低く飛ぶ心を軽くする」の部分です。

    低く飛ぶ心を「持ち上げる」でもなく「高くする」でもなく「軽くする」

    この「頑張ろうぜ!!」と力が入った感じではなく、「そっと寄り添う」感がすごくいいんです。

    同じような歌詞に「砂漠の花」(←これもいい曲です)の中の

    「砂漠の花の 思い出は今も 僕の背中をなでる 生きていく力をくれたよ」

    という箇所があります。

    背中を「なでる」なんですよね^^「押す」じゃなく。

    なんか暖かい気持ちになれるんですよね。

    草野さんは、自らが書く歌詞について、その意図するところを言及しません。つまり、100%聴き手に委ねている形になります。

    最近は、YouTubeなどでも細かな考察が見られ、それはそれでなるほどと思うところもありますが、本人が言及しないということは、聴き手それぞれの感じ方が正解だよと言ってくれているような気がします。

    そして、この「大好物」は、メロディーラインもとても綺麗です。ギターで弾いてみると、コード進行が美しく、DからFに行ってくれるのも初心者に優しい仕様になっています^^

    あれ、また書きすぎたような気もする。こんな感じで好きな曲も書いていきたいと思います。

  • ストレスに負けない器を作ろう

    1本目の投稿です。お試し感覚で載せてみます。

    「他人は変えられないけど、自分は変えられる」って言葉がありますよね。ありきたりな言葉のように思いますが、その通りだなあって最近改めて思います。

    以前(30代前半くらいまで?)は相手をなんとか変えようと努めてきたように思いますが、ここ数年は、自分の方を変えればいいという思考にシフトしてきていると思います。その方が、自身の成長にもつながるし、精神衛生上良いかなと。

    ストレスを与えてくる人、タイミングなどをこちらで制御できないと仮定すると、ストレスを感じにくい(受け流す)自分を作り上げることができれば良いということになります。こんな例を挙げてみます。

    自分の器(キャパシティとか許容量とか言い換えることもできる)を

    A:日本酒などを注ぐおちょこ

    B:お風呂の浴槽

    だとします。外部からもたらされるストレスがスポイトから垂らされる1滴の赤インクだとすると、Aの水はかなり赤く染まってしまいます。一方、Bの水は、赤インクが垂らされたことなどわからないくらい変化がないでしょう。

    赤インク(外部からのストレス)は、自分の努力では避けがたいもの。一方、自分の中にどれくらいのサイズの器を持ち、どれくらいの水を溜めることができるかということについては努力や心持ち次第でなんとかなりそうな気がします。

    この器を大きくすることでストレス耐性が高まるのではないかと考えたりしています。それを社会的には「余裕感」とか「動じない」とか言うのかもしれません。

    この可視化できない「器の大きさ」はどのように大きくしていけばいいんでしょうね。私は、それが読書であり、音楽であり、勉強である気がしています。読書で新たな感性に触れたり、勉強して様々な知見に触れたりすると、器が大きくなっていく感覚があります。

    今の私の器が「おちょこ」なのか「浴槽」なのかはわかりませんが、少しずつ大きくしていきたいなって思っています。

    こんな感じでいいのか?^^

    ちょっと真面目すぎ?文章長い?

    もしなにかの偶然でこちらに立ち寄られたあなた、コメントなど残していっていただけると嬉しいです。

    さて、投稿してみよう^^