スマホで初投稿です
豊平川ハーフマラソン走ってきました
日曜日はマラソン投稿の更新日ですが、本日温泉に宿泊のため、更新は明日となります
誰にも会わない隠れ家的なお宿です笑
私の投稿を楽しみにしていただいている皆様(いるのか?笑)、明日までお待ちください
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2025年6月11日、門別競馬場第9レースの終わった18時45分。今が夏至前の最も日が長く感じられる時期だが、さすがに太陽も沈みかけ、ゆっくり薄暮になっていく。
門別競馬場の観戦スタンドはざっと数千人が入りそうな規模だが、今は自分を含め40人程度。閑散としたスタンドで日の入りを眺めながら見る光景に心が安らぐ。
ここに来るようになったのは、7年前から。今年も来ることができてよかった。
私は、馬が走るのを見る事が好きだ。特にサラブレッドのそれが。
500キロ前後の体を支えるには細すぎる脚で、しなやかに美しく時速60キロ近い速さでターフを駆け抜ける様に、いつも目を奪われる。
ここ10年以上は馬券を買ってはいないが、日曜の夜に中央競馬、地方競馬のレース結果を眺めるのはもう30年ほどの日課になっている。
私が馬を好きになったきっかけはおじいちゃんである。私のおじいちゃんは「宵越しの銭は持たない」タイプのギャンブラーだったようで、土日はよく競馬新聞を眺めては、ああでもないこうでもないと言っていた。
私は両親の仕事の関係でおじいちゃんの家によく預けられていた。2階のおじいちゃんの部屋は、決して言い過ぎではないくらいにタバコの煙で霧のように白く霞んでいた。その中で、おじいちゃんは友人と将棋を指したり、競馬の予想をしたりしていた。私が部屋を訪れると窓を開けてくれ、パチンコで勝ったときの景品のお菓子をよくくれた。
小学校高学年くらいと記憶しているが、馬券を買ってみるかと言われ、ビギナーによくある誕生日とかで買ってテレビで観戦した。当たったか外れたかは忘れてしまったが、馬の走る姿に興味を抱き、そこから自分なりに研究し、レースを見始めた。
おじいちゃんは、私が中学生の頃に死んだが、それ以降も私の「競馬を見る」という習慣は変わらなかった。
そのうちに、血統や各競馬場の特徴なども勉強し、少しずつだが詳しくなっていった。
しかし、私は馬券を買う事、それが当たるか外れるかといった事についてはあまり興味を抱かなかった。そういうギャンブル的な側面よりも、無数にある要素の中から自分なりの予想をし、それが当たるか当たらないかという事に魅力を感じていったように思える。そして当たった時は、推理小説の種明かしが自分の推測と同一であった時と同じような快感があった。
先ほど書いたように、競馬には無数の予想ファクターがある。血統、距離適性、天候、馬場、コース適正、枠番、騎手との相性。
例えば距離適性なら、1200mという短距離に適性のある馬もいれば、3200mという長距離に適性のある馬もいる。100m走の金メダリストがマラソンではそうはいかないみたいな感じと言えば競馬を知らない人にもわかりやすいだろうか。
馬場とは芝やダート(砂)の状態の事で、雨が降ってどれくらい水分を含んでいるかによって「良」「重」「不良」などと区別される。芝だと晴れの良馬場だとタイムが速くなり、雨で不良馬場だと遅くなる。しかし、不良馬場になると力を発揮する馬もいる。
こういう事を細かく予想していくと際限がない。でもそれが面白い。
実際のレースは、その予想の答え合わせとなる。
そして、競馬の面白いところは、これだけ予想をしても、スタートで出遅れたり、他の馬の妨害に合って最後の直線で力を出し切れなかったりと、予想の範疇を越えた不確定要素によって結果が変わる事が往々にしてあるという事である。
私は、7年前、心を壊した。ある日、目が覚めると、全く体が動かず、ベッドから起き上がることができなかった。
メンタルをやられた人の典型的な症状である。精神科へ行くと適応障害と診断され、仕事は休職。
私は、中学校の教員をやっていた。今でこそ激務の代名詞のようになっているが、当時はまだそのような社会的認知はあまりなかったように思う。
生徒との折り合いは悪くなかったと自分では思っている。本当のところはわからないが。私は、面白い授業がしたかったし、そうしていたつもりだ。しかし、教材研究をし、授業準備に充てる時間は教員の仕事の1割にも満たなかった。教育委員会へ上げる事務作業や体裁を整える書類づくり、放課後や土日に際限なく行われる部活動、そして教員間の人間関係に私は疲弊していった。
ツーブロックという髪型を、私はいいと思っている。個人的には。ただ、校則としてはNGである。生徒の前では「ツーブロックは禁止」と発言する。自分の考えと発言に齟齬が出る。まあ、社会人ならあることだろうと納得させる。しかし、ある日、教育委員会から「生徒の髪形については弾力的運用に努めること」と通知が来る。その日を境に先生方は「ツーブロックはOK」と言う。
「いじめはやってはいけないこと」と言う先生が、職員室では特定の先生を大きな声で恫喝するように怒鳴る。時には生徒の前で。「○○と同じ学年は組めないから外して」と言う。私がその対象ではなかったが、それらを聞くのは苦痛以外の何物でもなかった。それなら自分がターゲットになっていた方が気が楽だった。職員室にいじめはある。
これは飽くまで小さな小さな一例だが、教育界の矛盾と閉鎖性が私の心を少しずつ蝕み、ある日、表面張力いっぱいだったコップから水が溢れた。それが、起き上がれなくなった日だったように思う。
休職して特に兆しのない1か月を過ごしていたある日、たまたま点けたテレビで競馬中継をやっていた。思い返すと、あんなに欠かさず観ていた競馬を数か月やっていなかったことにその時気付いた。
その時のレースでは、ある馬が勝利を収めていた。その馬は、平地(普通)のレースでは全く結果が出なかったが、障害レースという障害物を飛越するレースへ方向転換すると、連戦連勝を重ね、G1を9勝という大記録を残した馬だった。
競走馬には、血統に裏打ちされた適性がある。雨が降って泥んこになった馬場で激走する馬。右回りの競馬場では全くダメだが、東京や中京などの左回りの競馬場では好走する馬。休み明けは全く走らないが、2走目は好走する馬。またその逆の馬。
「自分の適性とはなにか?」と考え出したのは、この時がきっかけだったように思う。
実際に足を運んで向かった門別競馬場。そこには、中央競馬で活躍できずやってきた馬、40戦してもまだ一度も勝っていない馬、その日がデビュー戦の馬など様々な境遇の馬がいた。
そこで走る馬の姿や、スタンドから見る綺麗な夕日を見て「あ、なんか大丈夫かも」と思えたのが、私のメンタル回復のきっかけだったように思える。
また来年も、ここで「大丈夫な自分」を確認しに来たい。
【いつも読んでくださる読者様へ】
ブログ開設時より「いつか短編でもなんでもいいから、自分で文章を書いてみたい」と思っていました
今日、時間があったので、ふと思い立ち、思いつくまま書いてみました
先日、太宰の「懶惰の歌留多」を紹介しましたが、ぶっちゃけると「あ、こんな感じにフワッとした文章でもいいんだ^^」と思ったのも一つのきっかけです
明日の仕事が憂鬱なあなた、なにか心や体に痛みを抱えているあなたに、少しでも暇つぶしな時間を提供できたならありがたい事でございます^^
ほとんど推敲していないので、数日したら消すかもしれません^^オチを考えずに書き始めたので、なんか尻切れトンボで終わった感ありますし^^
個人的な夜遊びにお付き合いいただき、ありがとうございました。