読書記録「読書から始まる」②
著者:長田弘
出版社:ちくま文庫
初版:2021年5月
22回目の投稿になります
今回は詩人長田弘さんのエッセイ集「読書から始まる」の続きです
前回の投稿をお読みいただいた方は「あれ?来週って言ってたのに翌日書いてるやん」と思っているかもしれません^^
なんか、読んだ後の高揚感があるうちに書きたくなってしまって、お前の気持ちなんて知らねえよということではあるんですが、連日の投稿になっております
こういう事をウダウダ書いているから文字数がかさむんですね^^さっさと始めます
長田さんは「言葉というのは、とどのつまりその人の生き方の流儀であり、マナーです」と書いています
また、「言葉をゆたかにするというのは、自分の言葉をちゃんと持つことができるということ」とも書いています
それができれば「自分という独自性を見つけられ、自分で自分を自分にしていくことができる」としています
「自分で自分を自分にしていく」ですってよ^^この表現ヤバくないですか?^^
でも、言葉はその人の生き方の流儀という部分は、自分の目指したい感覚でもありますね。それはただ単に難しい言葉を知っているということではなく、相手や場面に合わせた言葉を用い、でも自分の考えはしっかり伝わるような…そんな人になれたらいいですね
もしかしたら、このブログもその鍛錬の場所になっているのかもしれません
あとがきで、幕末の人、橘曙覧(たちばなのあけみ)の歌が載っていました
「たのしみは 人も訪(と)ひこず 事もなく 心を入れて 書(ふみ)を見る時」
楽しみなのは、訪れる人もなく特にする事もない日に、集中して本を読む時だ
といったところでしょうか。もう1つ紹介されていました
「たのしみは そぞろ読みゆく 書の中に 我とひとしき 人を見し時」
楽しみなのは、何となく読んだ本の中に、自分と同じ感覚の人を見つけた時だ
どちらの歌もすごく共感できます。「あれ、この本、私のことが書いてある!」っていう本に出会ったときのあの感覚^^尾崎放哉とも友だちになれそうですが、橘曙覧さんとも友だちになれそうです^^
さて、少し本の内容とは離れますが、この本との出会いもなかなか素晴らしいものだったので、書いてみます
3月17日、用事があって札幌に出かけたついでに本屋さんに立ち寄りました。目的は「尾崎放哉全句集」の購入です
以前紹介したのは図書館で借りた本であり、とても気に入ったので購入して私の本棚に仲間入りしてもらおうと思ったわけです
検索機で場所をチェックし「ちくま文庫」の棚へ。そのときに尾崎放哉全句集の隣にあったのが、この「読書から始まる」でした
つまり、尾崎放哉との出会いがなければ、私は少なくとも今の段階でこの本に出会うことはなかったわけです
もう少し深掘りすると、尾崎放哉を知ったのは、ヨルシカの「嘘月」という歌のモチーフになっていたからです
ヨルシカを好きになったのは、ヨルシカを熱く語る方に出会ったからです
その方に出会ったのは、手術のために通院していたからです(あ、重い病気とかではないです^^)
なんか、いくつもの繋がりがあってこの本にたどりついた感があって、色々な事に感謝したい気持ちになっています^^
今日、図書館で長田さんの詩集を2冊ほど借りてきました。不勉強で長田さんの詩はまったく読んだことがありません
読むのが楽しみです^^
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