カテゴリー: 読書記録

  • 読書記録 千早茜「あとかた」

    読書記録「あとかた」

    著者:千早茜

    出版社:新潮文庫

    初版:2016年2月

    62回目の投稿になります

    最近、女性作家さんの本をよく読むようになりました。それまでは、「女性作家=内面のドロドロを描く」みたいな勝手なイメージで敬遠していました

    私は、大変なお子ちゃまでした^^大いに反省しています^^

    千早茜さん、以前「眠れない夜のために」という短編集を読みました。今回は2冊目です

    すごくいい本でした

    「あとかた」は、「ほむら」「てがた」「ゆびわ」「やけど」「うろこ」「ねいろ」の6つの短編からなる本です

    そして、連作の形になっていて、それぞれの短編の主人公が別の短編でも登場します

    ある話では一人称として、ある話では二人称として登場し、少しずつ相関がわかっていくような作りになっています

    例えば千影さんという人物は、「やけど」では気高く自立した女性に見えるが、一人称視点での「ねいろ」では孤独で繊細な女性として描かれていたり

    視点の変化が楽しめる小説にもなっています

    私は、「やけど」が印象的でした

    スミマセン、少し内容に触れます

    サキという名の家出をしてきた女の子の話です

    付き合う男に様々な傷をつけられ、それをSNSにアップする

    「くれるものはなんだって受け入れる」と、優しさやお金やプレゼントだけでなく、暴力やセックスや束縛もちゃんと受け入れる

    同級生の松本や、アイリッシュパブで出会った千影さんに出会うことで少しずつ感情が変化していくというストーリーです

    最後、千影が吸っている煙草を取り上げて、自ら手の甲に火を押し付ける場面があります

    それを彼女は、「生まれて初めて自分でつけた傷、この痛みを抱えて生きていく」と言います

    私の説明力がないためあまり伝わらないと思いますが^^読んでいてドキドキというかゾクゾクします

    私でいうと「この本を読むと、あの人を思い出す」みたいな事と近いのかな

    しかも自分の体についた傷だから、いつなん時でも見ることができる

    はたから見たらそれは「痛そうな傷」だけど、本人にとっては「消える事のない愛情や信頼の証」みたいな感じなのか

    「共感できる・できない」みたいな評価を簡単に下せないというか、下さない方が読後感がいい本だなと思います

    登場人物それぞれが心に重みのようなものを抱えていて、理性と欲、劣等感とつながりたい気持ちなどが複雑に混ざり合っていく

    本のタイトルが「あとかた」なのも、読み終わった後ではしっくりくる気がします

    人は、何も遺していないと思っても、何らかの痕跡を相手に遺しているのではないか

    もしそうなら、素直に自分をさらけ出した方が、相手の中に「あとかた」として濃く遺るのかななんて思ったりしました

    手の甲に煙草の火を手の甲に押しつける度胸はなさそうだけど^^もうちょっとライトなやつで痕跡遺してみようかな^^

    各話40ページほどで、量的にも読みやすいです

  • 読書記録 三島由紀夫「不道徳教育講座」

    読書記録「不道徳教育講座」

    著者:三島由紀夫

    出版社:角川文庫

    初版:1967年1月

    58回目の投稿になります

    今回は本の紹介です。三島由紀夫の「不道徳教育講座」です

    この本も、私になかなかの影響を与えた本です

    まず、タイトルがいいですよね^^

    すごく簡単に言うと「世の中一般の常識、モラル、道徳を疑え」という内容の本です

    私がメンタルをやられて前職を辞め、転職するに至った際に、考え方の転機になった本のひとつです

    では、紹介してみます

    三島由紀夫の考えが遠慮なく綴られています

    今なら「炎上案件?」かもしれません^^例えば

    「人の恩は忘れるべし」

    「教師を内心バカにすべし」

    「罪は人になすりつけるべし」

    「弱い者をいじめるべし」

    ね、なかなか刺激的でしょ^^

    でもね、例えば私は、「周りに迷惑をかけないように真面目に生きてきた人間」であり、それによって生きづらさを感じたり、逆に自己肯定感を感じられなかったりという半生でした

    そんな私にとっては、この本が「現実世界という荒波を乗り越える処世術」のように思えます

    例えば「友人を裏切るべし」です

    著者は、友人関係というやつは、実は一方が主人で一方が家来である事が多いと言っています

    だから、対等な友人関係を維持するためには、家来側もほどよく相手を裏切り、ほどよい緊張感を生まないと家来は家来のままになってしまうと言うのです

    これ、すごくわかる気がします

    対人関係において、双方が対等な関係ってレアケースな気がします

    たいてい、どちらかが自由奔放にふるまって、一方がそれに従う図式になっている

    関係性の維持のためには従う側の努力が必要であり、その場合、たいてい従う側がストレスを抱えながらの日々になる

    これって、友人関係に限らず、彼氏彼女の関係や夫婦関係などもっと広く適用できそうです

    かく言う私も、今までは「従う側」に位置する事が多かった気がするので、これからはマウント取ってきてんなーっていう相手には、適度に裏切ってやろうかと^^

    できんのかって感じですけど^^

    自然に対等な関係になれるのって、なんか言葉にし難い相性みたいなものもある気がしますが^^

    例えば「大いにウソをつくべし」です

    著者は、ウソをつくという行為を「頭脳鍛錬法」と表現します^^

    「1つウソをつく。ウソはウソを生み、うっかり間に本当の事を言ってしまったら辻褄が合わなくなる。その辻褄を合わすには、自分の言った事すべてについての強い記憶力がいるので、なかなかバカにはウソはつけません」

    これが彼の言うウソの効用です^^

    このように言われると、ウソをつくという行為は、相手への申し訳なさをとりあえず無視すれば、フィクションの世界を自分の能力の限界まで広げる行為のように思えてきます

    いかがですか?

    私はこの本を読んで、なんか世界が開けた感じがしました

    あと、どのような行為にも必ず「善の側面」と「悪の側面」がある事に気付けました

    友人を裏切るというのは、道徳的には悪かもしれないけど、自分を守るためには場合によっては善になりうるという感じです

    三島由紀夫の代表作の「金閣寺」を読んだ事もなければ、彼の思想にも特に共感はしませんが、このエッセイ集は、語り口も軽妙で、楽しく読めました

    真面目ゆえの生きづらさを抱える方、一読すると色々な気づきがあるかもしれません

    予約投稿をすっかり忘れていて、土曜投稿となっております

  • 読書記録 ヴィクトール・フランクル「夜と霧」

    読書記録「夜と霧」新版

    著者:ヴィクトール・フランクル

    出版社:みすず書房(池田香代子訳)

    初版:1956年

    54回目の投稿になります

    体調不良は咽頭炎という診断でした

    めっちゃノド痛い^^3日間ほぼ声を出さず、つばを飲むのもひと苦労といった感じでしたが、だいぶよくなりました

    水曜公休、木曜有給、金曜公休とせっかくの公休を2日使ったのが悔やまれますが^^

    ブログ書き溜めたり、パワポ作ったり、本読んだりそれはそれでいい時間でした

    体の調子が悪いと気持ち的にも落ちやすくなるなとか、夜って孤独感を抱えやすいんだなとかそういう事を俯瞰して捉える機会にもなりました

    あと、夜中に読む本は精選すべきですね^^

    太宰の「斜陽」は寝れなくなるし、乱歩の「人間椅子」は別の意味でゾクゾクして寝れなくなります^^

    前置きが長くなりました。今回は、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」です

    フランクルはユダヤ人の精神科医で、1941年から終戦までドイツの強制収容所に抑留された人物で、収容所内での出来事を「観察」という形で記録に残しました

    この本は、極限状態での人間の挙動、絶望の乗り越え方について考えさせられる本です

    内容的には重いです。書くのもはばかられるような恐怖や虐待や飢えは読んでいて辛くなります

    この本については、たぶん私、一読しただけでは読み取りきれていない感じがしています。もう少し年齢や経験を重ねたらまた読んでみたい作品です

    では、内容に触れてみます

    絶望的な状況になった時、崩壊して死んでいく人とはね返す弾力性のある人がいたとフランクルは書いています

    しかも、繊細な精神の人の方が、頑丈な身体の人よりも収容所生活を耐え抜いたとも書いています

    その最も重要な考え方の一つを「拠り所」としています

    そして、その「拠り所」を外に求めるか自分の内面に求めるかで違いが表れるとしています

    少し難しめで、私も理解できているとは言い難いのですが、がんばって書いてみます

    外に拠り所を求める例として次のような事が挙げられていました

    「ある時、収容所内で、年末のクリスマスに休暇が出て家に帰ることができるという噂が流れた。その日まで耐えれば帰れると希望を持った人たちがいた。しかし、22日、23日と近づいても一向にその気配がない。そして、クリスマス当日、それが事実ではない事を知る」

    これによって何が起こったか想像できますか?

    その翌日、今までで最大の(しかも突出して多い)死者が記録されたとのことです

    つまり、噂という外的なものを拠り所にすると、それが叶わなかった時に精神世界が崩壊させられてしまうという事を著者は知ったという訳です

    一方、生き延びた人に多かったのが「内面的な関係性を拠り所にする」という事です

    内面的な関係性とはなにか

    ある人は自分の帰りを待ってくれている人がいる事を思い出す

    ある人は、まだ成し遂げていない仕事がある事を自覚する

    ある人は、収容所の外に生える木に話しかけ続ける

    フランクルは、これこそが「絶望の乗り越え方」の重要なファクターであるとしました

    人間は「自分が誰かと関係している事を自覚する」事で乗り越えられるときもある

    上の例で言うと、帰りを待ってくれているあなたの対象は私でしかない

    成し遂げたい仕事によって助けられる人たちを救うのは私でしかない

    木の視点からすると、話しかけてくれる存在は私でしかない

    この「その相手にとって、対象は私しかいない」という唯一性の感覚が人を生かす

    ここが、この本を読んで私が最も感動した部分です

    人間は誰かに必要とされている、求められているという感覚があるから生きていける部分もあるのだなと私は思いました

    少し脱線しますが、私もどちらかと言うと「必要とされたい」タイプだと思います

    でも、相手も同じようなタイプの人だと、待ちの姿勢だけでは相手の「必要とされたい」感を満たせない事になります

    だとすれば、私から「必要とする」行動を取ることが、誰かの唯一性になる可能性もあるのかななんて思ったりしました

    あー、なんか全然うまく言えてないわ^^

    ただ、この本の章立ては「1,収容→2,収容所生活→3,解放」となっていますが、3の「解放」部分を読むと、何とも言えない読後感になります

    上のような唯一性を信じ帰ってきた人たちが直面する解放後の世界が、イメージと違う事で精神崩壊につながってしまう事もあるという例が紹介されます

    暴力の枠組みから逃れられず今度は暴力をふるう側になってしまう人、収容所生活を誰にも共感されずに苦悩はまだまだ深いと感じてしまう人、待っているはずの人がもういなかった人…

    解放された人が幸福感を得られにくいという事自体が、収容所での抑圧がすさまじかった事を言い得ているなと思ったりしました

    この本を読むと、私が感じてきた「自身の絶望」はたいした事がないと思えてきます

    私の絶望は死の恐怖とは離れていますし、飢えもありません

    でも、「たいした事ない」と思うのがいい事なのかと言えば、それも迷ってしまいます

    少し暗い話をしますが、子どもの自殺があったとき、大人は「狭い世界で判断するな。大人になれば視野も広がって、楽しい事もたくさんあるのに」という言い方をしばしばします

    でも、当人にとっては、今現在見える世界が総量であって、辛さの受け止め方もその人なりの重さであると思います

    そういう人に寄り添える人、物、考え方ってなんなんだろうと思ったりしますね

    今回、うまくまとまらなくてスミマセン^^まだ、混沌の中にいます^^

    元気をもらえる本ではありませんが、絶望を俯瞰する大切さに気付けた気がします

    感想をひと言でまとめると「弾力性のあるしなやかな精神世界を持つ」事

    これを自分なりに探していきたいと思いました

    いつも読んでいただき、ありがとうございます

  • 読書記録 森博嗣「勉強の価値」

    読書記録「勉強の価値」

    著者:森博嗣

    出版社:幻冬舎新書

    初版:2020年11月

    50回目の投稿になります

    淡々と投稿を続け、気付けば50回目です

    最近は週に4回投稿で約4000~5000のビュー数となっており、自分の予想以上に読んでいただいていることに、驚きと感謝の気持ちを抱いています

    いつも来ていただいているあなた、ありがとうございます^^

    私自身、内面や考えを整理する貴重な場所になっています

    まだまだ書きたい事もたくさんありますし、自己表現の手段として「書く」事は私に合っていると思うので、まだしばらくはこの感じで続けていこうと思います

    せっかくのご縁ですから、これからも末永くよろしくお願いいたします^^

    さて、今回は、森博嗣さんの「勉強の価値」です

    唐突ですが、読者の皆様に質問です^^

    Q:社会人の勉強時間の平均は、週に何分?

    A ①7分 ②22分 ③35分 ④48分

    さあ、どれだと思いますか?

    答えは

    ①の7分です^^

    「少な!」と思いませんか?週に7分ですよ^^

    あ、その前に正解を①に置くって、お前イヤらしい出題者だな!と思ったあなたは、受験頑張りましたね^^(こういうのって、なんとなく③あたりに正解持ってきそうですよね)

    スミマセン本題に戻ります

    総務省統計局による令和3年社会生活基本調査によると、7分みたいです

    しかも、「0分」と回答した人が94%います。ちなみに「勉強している」と答えた人の平均時間は123分です。その平均が7分という事になります

    ここからわかるのは、二極化です。全く勉強していない94%。一方、勉強している6%は123分勉強している

    そんな現実みたいです

    さて、本の内容ですが、勉強する事の本質的な価値について書かれています。いくつか抜粋してみます

    ・社会人の勉強は「やらされ」ではなく主体的なものであるべきである。勉強で得られる力は「広い視野」であり、俯瞰することによる「客観的な観察力」、あらゆるものを遠望できる「予測力」、あるいは「想像力」である

    ・現代人の多くは他者から評価されたいという観念に取り憑かれている人が多く、自分が何をしたいのか、自分の夢は何かといった自己の願望を、他者と切り離して想像する事が難しいように見受けられる。これだと、せっかくの勉強という行為が、他者に認められる自分を形成する作業になってしまう

    ・勉強する事で視野は少しずつ広がっていく。得意なものと不得意なものがあるとわかるだけでも、非常に大事な情報を得たに等しい。自分を知る事は生きていく上で最大の武器となる知性の一つであり、教養の基本でもある

    ・僕が言いたいのは、競争に勝つことが偉い事でもなんでもないという事。僕はそういうふうに人間をとらえていない。自分がやりたい事を自由にできる人は幸せなのだ

    これら抜粋を読めばわかるように、この本は「自分軸を持って生きよ。その軸を形成する手段の一つとして勉強という行為がある」という事を著者の主観たっぷりで説明してくれます^^

    私、こういう本に出会えるととても嬉しい気持ちになります

    それは2つあって、1つは、頭の中でぼんやり思っていたことを明確に言語化してある事です

    もう1つは、仲間がいる感覚を味わえる事です

    これは小説の登場人物にも言えますが「あー、この感情を抱くのって自分だけじゃないんだ」って思えるのは自分的にはすごく価値ある事ですね

    しかもこういう勉強についてとかコンプレックスに思っていることを口に出すのってリアル世界だと抵抗あったりするので、余計に本の世界で仲間がいるのっていいなって思いますね^^

    ただ、本を読んで自分的にちょっとわからないのは、どこからが「勉強」なのかという事です

    著者の考えだと、自分で興味をもった事を学び、自分なりの結論を得ることが喜びであり、勉強の醍醐味であると書いています

    これを私の実生活で当てはめると

    ・経済や資産形成を学ぶ→勉強に入るだろう

    ・色々工夫しながら料理する→勉強?

    ・より速く、より長く走れる方法を試す→勉強?

    3つとも「勉強」になりますか?^^

    勉強という言葉の定義を自分なりに固めるのも大切な事かなと思ったりしました(自分的には全部勉強にしちゃっていい気がします^^)

    あとがきに書かれてある内容が、私の背中を押してくれるというか、「そのまま頑張りなさい」と言ってくれているようで嬉しかったので、一部紹介します

    ・自分が何をしたいのか知らない人は、自分で楽しみを作れない。作れるなんて考えてもいない。楽しみは、本来その人の中から生まれるものなのに、外部に用意されていると勘違いして探している

    ・勉強の楽しさを知った人は、一人を楽しめる。来る者拒まず去るもの追わずである。だから、むやみに人を誘わない。逆に人がたくさんいないと楽しめない人たちは「つるむ」事になる

    今、ふと思いましたが、勉強の面白さって「何を勉強するか自分で決めれる事」も大きい気がします

    学生の頃の勉強ってカリキュラムやシラバスが決まっていますし、就職してからの資格とかも勤務内容に沿ったものであるといえます

    そうではなくて、本当に自分の興味から始める勉強。私なら「資産形成」「家計管理」「効率的な走り方」「馬の血統^^」

    そういう自分の中から湧き出てくるような本当の好奇心に基づいた勉強って、楽しいんですよね

    そう、勉強って本来は楽しいもの

    あなたは、なにか学んでいますか?そういうの共有出来たら、もっと世界が広がって楽しそうですよね^^

    今回も2100字です。スミマセン^^

  • 読書記録「正欲」

    読書記録「正欲」

    著者:朝井リョウ

    出版社:新潮文庫

    初版:令和5年6月

    46回目の投稿になります

    今回は朝井リョウさんの「正欲」です

    朝井リョウ。名前は知っていたが作品を読んだ事はありませんでした

    先日、ニュースで「イン・ザ・メガチャーチ」が本屋大賞を受賞したと知り、本屋へ

    で、結局買ったのが「正欲」でした^^

    500ページくらいありますが、久しぶりに一気読みでした。読み終えたら午前3時半でした^^

    特に終盤の100ページくらいは、自分の価値観が殴られ続けるような感覚でした。拙いですが、自分なりの感想を書いてみたいと思います

    作中には、特殊な欲や性癖をもつ人たちが出てきます。ただ、「特殊である」とされるのは、その欲が社会的に少数派だからであるというだけではないのか

    「女性の胸に興奮する」は、社会的に認められる性癖だが、「水しぶきに興奮する」は、何それ気持ち悪いとなる。では、後者のような性癖を持つ人間は、歯や視力のように矯正されなくてはいけないのか

    「幸せの形は人それぞれ」「多様性の時代」「自分に正直に生きよう」

    これ、たぶん、私がこのブログを始めた理由の多くを占めています

    それを、作者は次のような言葉で私を斬りつけてきます

    「でも、キチガイは迷惑じゃ」

    マーライオンのように人が嘔吐する様子に興奮する嘔吐フェチ、対象が何者かに丸呑みされる様子に興奮する丸呑みフェチ、小さい子の裸に興奮する児童性愛、ミイラのように拘束する・される事を好むマミフィケーションフェチ

    これらは、胸が好き、お尻が好きという性癖となにが違うのか

    欲という意味では公平であるべきではないのか

    そんな問いを投げかけられているような気がします

    佐々木佳道、桐生夏月、諸橋大也。それぞれの思いがすごく突き刺さったし、読み始めは「共感」のポジションで読んでいた私も、実は多数派側だったのではと何度も揺さぶられました

    「マジョリティは信念がある集団ではない。マジョリティであるが故に自分自身と向き合う機会は少ない。信念がない人ほど『多数派である自分たち側に相手を正そうとする』行為に行きつく」

    「夏月の事はほとんど何も知らない。夏月も自分の事をほとんど知らない。ただ、お互い絶対誰にも知られたくない事だけを、だけど確実に自分の思考や哲学の根にあるものだけを、握り締め合っている。心臓を掴み合っている。地球上でたった一人の相手。」

    人生や孤独について何度も何度も揺らされます^^

    私はその中でも、水の形状変化に性癖を持つ諸橋大也という人物に、とても共感を覚えました

    高校生でも、大学生になっても男が徒党を組みたがることに辟易する様子は、よくわかりますね

    男が集まると、ずっとセックスの話をしている。あいつとやった、何回やった、何分やり続けた。そういう中で、自分の話す番が回ってこないように気配をいかに消すかに心を砕く様子も痛いほどわかります

    彼が悩みながら至る「多数派であるという事に安住し、自分という個体について考える機会がないのは、一つの不幸でもあるのかもしれない。自分はその分、自分が個人としてどうありたいかという事について明確な意志を持っており、それは幸せなのかもしれない」という思いは、なるほどなと思わされました

    水に興奮を覚える人たちとSNS上でつながることを、彼らは「網」と表現します

    網を、誰かや社会に覗き込まれたら笑われてしまうような事を共有できる関係性としています

    しかし、諸橋くんに共感して読み進めると、「お前はあくまで『色々理解してます』に偏った側の人間なんだよ」と言い放たれます

    この言葉は彼を理解しようとする同級生に放たれる言葉ですが、私自身に言われているような錯覚を覚えます

    少し作品から離れますが、私の性癖について書いてみます(急なカミングアウトどうした?^^)

    私は「重みフェチ」です^^もう少し詳しく言えば「寝るとき重みフェチ」です。かけ布団を極力重くしないと落ち着きません

    たぶんあなたが想像するより重くしてます^^タオルケットの上にかけ布団、その上に毛布かけます。そこまではまあわかりますよね。そこから私、その上に敷き布団乗せるんです^^それでも足りないくらい^^つぶされるんじゃないかというくらいの重さと圧迫感を感じると落ち着くんです

    だから、旅行でホテルとか泊まると、掛け布団が軽すぎて寝れないことがあります^^

    ここまで書いて気付きましたが、そういえば、このブログ、リアル世界で知っているお友だちが1人だけいました^^その方がこれ読んだらドン引きじゃないだろうか…大丈夫だと思うけど^^

    でも、これももしかしたらこういう場で発信できる程度の性癖と自分で判断しているとすれば、もっと言えない性癖を抱えているのかもしれません

    作品を読み終えて、あなたの欲もそれで大丈夫だよと伝えてくれているような気がして、うまく言い表せない安心感がありました

    すべての人に優しく手を差し伸べてくれるような作品だと思います

    最後に、私がすごく心に残ったセリフを2つ紹介して終わります

    1 「皆もともとたった独りで、家族とか友人とかがいる期間を経て、また独りに戻るだけ」

    2 同じ性癖同士、手を組む形で結婚した佳道と夏月。その性癖で逮捕された佳道に対し夏月が取り調べの検事に言う

    「いなくならないからって、伝えてください」

    「いなくならないから」って、シンプルだけどすごく素敵な言葉だと思いました。目線が長期に向いていて、関係性を長く続けていきたいという感じもいい。言われたらすごく安心すると思うし、大切な誰かに伝えたい言葉でもあると思いました

    読了した翌日、「イン・ザ・メガチャーチ」買いに行きました^^

  • 読書記録「懶惰(らんだ)の歌留多」

    読書記録「懶惰(らんだ)の歌留多」

    著者:太宰治

    出版社:角川文庫

    初版:昭和45年12月

    42回目の投稿になります

    今回は太宰治の中編「懶惰の歌留多」です

    表紙は「走れメロス」で、太宰中期の9作が収録されている中の1つです

    小説というよりエッセイに近い内容になっていると思います

    他には表題「走れメロス」の他、「富嶽百景」「東京八景」などがあり、太宰の一番調子のいい(と言ったら怒られる?^^)時期の作品集です

    その中で、なぜ「懶惰の歌留多」かと言うと、とにかく太宰がカワイイからです^^

    「懶惰(らんだ)」とは、「怠ける」の意で、太宰はこの作品の中で自らの怠惰を嘆き続けます^^

    ホントに、最初から最後まで嘆き続けます^^

    書き出しから既に「私の数ある悪徳の中で、最も顕著の悪徳は怠惰である。これはもう疑いをいれない。こと、怠惰に関しては、私はほんものである。」だって^^

    魚は骨があって食べるのがめんどくさいから嫌いとか、豆腐は食べるのが簡単だから好きとか^^そんな話が続きます

    おそらくこの時の太宰は締め切りに追われているのでしょう。「かるた」という枠を設定し「いろは~」の順に思いつくことを書いていきます

    い…生くることにも心せき、感ずることも急がるる

    ろ…廊下は暗い

    は…母よ、子のために怒れ!

    のようなタイトルを付け、取り留めもない感じで書いていきます(すでに2つ目の「廊下は暗い」の時点でちょっと面白い。ちょっと自由律俳句みがある^^)

    で、最初のうちは頑張って書いているのですが、だんだんと適当になっていくのがこれまた面白いです^^

    そして、最後は

    わ…われ山にむかいて眼を挙ぐ

    か…下民しいたげ易く、上天あざむき難し

    よ…夜の次には朝が来る

    と、タイトルだけ書いて急に終わります^^

    締め切りに間に合わなかったか、とりあえず文字数は埋まったのかはわかりません。出版社の担当さんに怒られている太宰を勝手に想像してしまいます^^

    ちなみに最後の記述は

    「もう四、五日余裕があれば。今日あたりはぎりぎりの締切日なのであろう。私はどんなことがあってもこの原稿を印刷所へ届けなければいけない。こんな苦しい思いをするのも、つまりは日常の怠惰の故である。こんなことでは確かにいけない。もって自戒とすべし」

    となっています^^

    これを読んだ担当さんの気持ちを想像するだけで笑えてきます

    近代文学が「難しそう」とか「とっつきずらそう」とか思って読まない人には、ぜひこれを読んでほしいですね

    太宰ってイコール「人間失格」とか「斜陽」のイメージが強いのか、「暗くて難解」みたいな感じで思われすぎているように思います

    「懶惰の歌留多」読んだら、太宰カワイイってなると思うんだけどな^^

    ページ数も30ページ程度。ケラケラ笑える近代文学、いかがですか?

  • 読書記録「無理をして生きてきた人」②

    読書記録「無理をして生きてきた人」②

    著者:加藤諦三

    出版社:PHP新書

    初版:2024年3月

    38回目の投稿になります

    先ほど、ランニングしていて「あ、これ書こう!」という事が閃いて、さっきまで憶えていたのに、どうにも思い出せなくてモヤモヤしています^^

    さて、今回は本の紹介ですが、前回に引き続き「無理をして生きてきた人」です

    今日初めてここに来られたという方は、①の方を読んでからお読みいただけるといいのかなと思います

    では、恐る恐る内容に踏み込んでみましょう^^

    ・「神経症傾向の強い親は、不機嫌で子を支配しようとする。家族がいつもニコニコしていることを求める。それは自分(親)と相手(子)の分離がなされていなくて、相手が自分の思い通りに動いて当たり前と思っている」

    また、グサグサ私を刺してきますね^^

    でも、これはその通りで、私は他者の顔色を窺う傾向が強いと思います

    もうちょい解像度をあげるとするなら「傾向が強かった」でしょうか^^今はあまり気になりませんが

    以前は、顔色を窺った結果、相手が機嫌悪そうだと「あれ、自分、なんかした?」みたいに思って、勝手に不安になったりしていましたね

    ・「あなたが今幸せでないなら、それは、自分の人生を自分の意志で選び取っていないからである」

    もうやめて~^^

    高校も大学も就職も、ロクに考えもせずレールに乗った私には、痛すぎるけれどありがたいお言葉でございます^^

    30代半ばでこの感覚に気付けて本当に良かった

    ・「あなたに『私はダメな人間だ』という自己イメージを持たせたのは誰?」

    誰ですか?^^

    でもね、このように「持たせたのは誰?」と書いてくれると、根本の原因はあなたではないんですよと言ってくれているようで、ホッとさせられます

    さて、第4章では、無理をして生きてきた人が前向きに生きるためのヒントが書かれています

    読みながら泣かないでくださいね。あ、泣いてもいいか^^泣いていいです^^

    ・「自分には価値がないという自己無価値感には根拠がない」

    →はい、その通りです。ありがとうございます^^

    ・「頑張る理由を自分に設定する。親の期待や周囲の人の期待に応えるために頑張るという事から離れる」

    ・「親を一人の人間として認知し、率直に評価する」

    →これで、私はだいぶ楽になりました

    最近わかった事ですが、母は私に「本を読め」と教えてきました。でも、実家の本があまり読まれた形跡のないものが多いことに気付き、質問してみたんです

    「母さんは、好きな作家いるの?」

    「一番好きな本は?」

    と。めっちゃごまかされました^^あ、この人、ほとんど本読んでないな?とわかった瞬間がありました

    別に母を卑下している訳ではありませんが、母というフィルターを外してみると、そんなすごい人でもないなというのが率直な印象ですね

    ・「相手からの攻撃は受け取らない」

    なにかの本で、悪口を箱のような可視化されたものとしてイメージする話がありました

    その箱(悪口)を受け取ってしまえばそれは私の属性になるから苦しい。でも、それを受け取らずにその辺に置いておけば、その箱(悪口)の属性は言った人のまま。だから後々苦しむのは悪口を言った人、みたいな話です

    それに通ずる言葉かなと思いました

    ・「人生行き詰まったと感じたら、今までの考え方の逆に行ってみる。既存の人間関係から脱し、新しい考えで新天地を開くことが自己を伸ばすことにつながる」

    →まさに、今、実践中です^^

    ・「自分を傷つける言葉を吐く人を観察する。たいていは、その人自身が劣等感が強く、虚勢を張らなければ自己を保てない人である」

    →余裕がある人って悪口言わないし、なんかどっしりとした感じありますよね^^

    ・「失敗は単なる経験である。不幸の原因ではないし、自己否定につながるものでもない。的確に分析し、次に進めばいいだけである」

    →ありがとう^^加藤さん優しい^^

    ・「『あなたは、あなただから愛される』と感じられる帰属意識が重要」

    →この本を好きな人たちで集まって話したいですね^^

    ・「『私は幸せになる』と声に出して言う。棺桶に入っても言う」

    →おもろい^^

    ・「こうでなければならない」などということは、人生にはほとんどない

    ・適切に対処できない事があったからといって、自分をダメな人間と思う必要はない

    ・ものを見る視点が変わってくれば、周囲のものはみな違って見える。

    ・自分を責めない

    どうでしたか?^^最後の方はもう2000字になりそうなのでコメントしませんでしたが、どれも暖かいですよね。どれもしっかり憶えておきたい言葉です

    最後に、親に対して少しフォローしておくと、ある程度の学力を付けてくれた事については感謝しています

    私が困難を抱えた時、本を読む力や、考える力がなければ、たぶん終わってたと思うんでね

    そこそこの進学校に行き、ベースの学力があったからこそ生き延びてこれた感覚が今はあります

    ま、そんなこんなで、自身の過去や内面をえぐってくれる良書でした^^

    なんかスッキリした^^

    過去最長になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!

  • 読書記録「無理をして生きてきた人」①

    読書記録「無理をして生きてきた人」

    著者:加藤諦三

    出版社:PHP新書

    初版:2024年3月

    34回目の投稿になります

    今回は書籍「無理をして生きてきた人」です

    著者の加藤諦三さんは社会学者であり心理学者として活躍する一方、本人も幼少期における親との関係性に悩んでいたという経験を持つ方です

    以前読んだ「求めない」という短編もとても良い本でした

    今回の内容は、私のような自己肯定感低めな人には刺激が強いかもしれません。グサグサ来るかもしれませんので、怖い物見たさで興味がある方のみ続きをどうぞ^^

    ※「」は著書からの引用です

    「今のあなたの悩みの核心は、過去の心理的に未解決な問題が変装して現れているにすぎない。あなたは、今の出来事で悩んでいるのではなく、心理的未解決な問題に振り回されている」

    いきなりけっこう刺激的ですね^^過去の心理的未解決な問題とはなにか

    著者は、その一つが「幼少期の親との関係における性格形成」であるとしています

    「親自身が神経症的で、自分の軸で生きていないと、生き方として行き詰まる。その行き詰まりを解消しようとするのが、他者への干渉なのである。最も身近なのは子である。子を操作したり、干渉したり、非難したりという形で自分の行き詰まり感を解消しようとする」

    「アメリカの心理学者シーベリーによると、神経症者とは、自分の能力を自分を成長させるためには用いないで、他人を巧みに操るために用いる人間をいう」

    小学生くらいのおぼろげな記憶ですが、こんな事がありました

    私が同じクラスの子に叩かれたとかで、相手と相手の親が家に謝罪に来るみたいな事がありました

    その時母は相手の親に「いえいえ、ウチの子も悪かったと思いますから。ウチの子もダメな所ありますし」的な事を言ったんですね

    え?ええっ?^^

    オレ、この件については何にも悪くないですけど…^^

    これは一例ですが、私の母は体裁を取り繕うことを大切にしている事がわかります

    今思い返すと、たぶん私は相手に怒ってほしかったんじゃないかと

    何ヘラヘラ笑って場を終わらせようとしてるんだと

    はっきり言うと、私の母は、自分のための人生ではなく人に見せるための人生を送っている。人に「あなたは偉い」「あなたはちゃんとしている」と思われることで自我を保つ

    さっきの件で言うと、笑顔で事を収める事が人としていい事だというか、そういう対応をする私素晴らしいみたいな感覚なのではないかと

    あ、ちょっと度が過ぎましたかね^^

    まあ、私の親世代(70代)は、今より多様性がなく同調圧力が強かった時代だとは認識しています

    一億総中流社会とか言われ、例えばキャリアについても「進学校→一流大学→有名企業→定年まで勤める」的なステレオタイプな生き方が良しとされていたと思います(今も、地方ではこの考え方が多分に生き残っていますが^^)

    なので、他と違う自分はダメみたいな感覚はわからなくもないんですが、俯瞰してみると、他者から見える自分を飾るより目の前の子を守ってやれよと思ったりしちゃいますね^^

    「愛されるためには、相手になにかを与えなければならないと考えてきた。お金か名誉を与えるか、あるいは労働奉仕か、服従することで相手の支配欲を満足させるか、迎合することで相手の無力感を解消させるか、なにかを与えないと自分は相手から愛されないと思い込んでいる」

    自己犠牲が強い人の特徴として、幼少期の家庭環境が指摘されていました。「期待に応えないと愛されていないと思ってしまう」家庭環境だと、そうなる恐れがあるというのです

    例えば、褒められる時が「テストでいい点を取った時」とか「親のいう事を聞いた時」などだと、頑張らないと愛情を感じられない「条件付きの愛情」が刷り込まれてしまうのではないかと

    読んでいて、これはありそうだと思いましたね^^

    我が家は、95点取ると「あー、5点間違ったねー。しっかり見直ししないとねー」でした

    幼少期はそれについて特に何も思っていなかったのですが、「〇がついた95点の方を褒められてもよかったのではないか」と今は思ったりしますね

    さてさて、ここでまだ本の半分くらいなんですよね^^

    ここまでお読みいただいたそこのあなた!憂鬱な気分になっていませんか^^

    私は吐きそうになりながら読んでいたのですが、これを読む事で、今まで深層心理にあった鬱屈した感情みたいなものにスポットライトを当てる事ができたかなとも思います

    続きは来週金曜に更新します。ある程度書いたのですが、来週の投稿は、これからの事に焦点を当てた前向きな感じで締めくくれそうです^^

    過去イチ闇深い投稿だったかもしれませんが、わかる人にはわかってもらえるのではないかと淡い期待を抱いて終わりにします^^

    いつもありがとうございます

  • 読書記録「DIE WITH ZERO」

    読書記録「DIE WITH ZERO」

    著者:ビル・パーキンス

    出版社:ダイヤモンド社

    初版:2020年9月

    30回目の投稿になります

    今回は書籍「DIE WITH ZERO」です

    直訳すると、「ゼロで死ね」ということになります

    冒頭で「アリとキリギリス」の話が出てきます。著者は問うてきます。「あなたはアリですか?キリギリスですか?」と。そして「アリは、いつ遊ぶことができるのでしょう?」と

    いきなりハッとさせられます。私はこれまで、アリ的な生き方をしてきた自覚があります

    コツコツ節約し、なにかあった時の備えにしようとお金を貯金してきました。その感覚が、この本を読むと変わります

    私は、親や学校の教育により、勤勉に働き倹約に励むことが美徳であるという考えを意識しすぎてきたのかもしれません。言い方を変えれば刷り込まれてきたのかもしれません

    この本は、真面目に生きてきた人ほど刺さる気がします^^

    著者は「キリギリスはもう少し節約すべきだし、アリはもう少し今を楽しむべきだ」と言います

    ただ生きるのではなく、十分に生きる。経済的に豊かになるだけではなく、人生を豊かにする方法を考える

    そういう本です。内容とそれに対する気付きを紹介してみます

    「大切なのは、自分が何をすれば幸せになるかを知り、その経験に惜しまず金を使うことだ」

    この言葉は、私の価値観に大きな影響を与えたと思います。私は今40代なので、大学卒業後20年ほど働いてきました。あまり浪費もせず貯金してきた訳です

    しかし、考えてみると「なんのための貯金?」という意図がありませんでした。漠然とした「将来のため」「なにかあった時のため」というものは、今思うとただの思考停止だったように思います

    もう少し深掘りすると、何に金を使うことが価値あることなのか、つまり自分の軸がない状態だったと思います

    特に「お金の使い方」については、金額、その対象、目的などすごく試行錯誤して、今実践している感覚がありますね

    この20年を取り返すかのように、今はアクティブに動き回っています^^

    人見知りの性格はそんなに改善されていないので、最初の壁を突破するのが大変だったりするわけですが^^

    「節約ばかりしていると、そのときにしかできない経験をするチャンスを失う」

    今、よく思うのは「人生で最も大切なものは時間である」ということです

    仮に1000万円残して死んだ場合、私は、1000万円分余計に働いて死んだことになるのではないか

    そんな事を、この本を読んでいて思った訳です

    私は数年前にかなりブラックな職場から転職した訳ですが、もし前職を60歳、65歳まで勤めた場合、その年齢まで仕事に捧げるような人生になっていた訳です

    いくら退職金が何千万円みたいな世界であっても老化した自分にそんな金必要か?と思ったり…

    70歳になった時にマラソン走れるか、車で日本1周できるか、ステーキ食べて美味しいと思えるか(なんか例がだんだん稚拙に^^)

    「勇気を出して、もっと自分に忠実に生きればよかった」

    これは、余命わずかで緩和ケア病棟に来た患者が残す後悔の言葉第1位だそうです(ちなみに2位は「こんなに働きすぎなければよかった」だそうです)

    これは非常に示唆深いと思います

    親だって友人だって突き詰めれば他人であり、自分の人生は自分で責任を取り、楽しむしかない

    誰かに用意された人生を生きる事は、結局、自分で自分を大切にしていない事になるのではと最近はよく思います

    ただ、これは、40代の自分だから刺さった内容かもしれません。年代によって、未婚か既婚か、資産の保有状況、生活レベルなどによって読み方が変わってくるような気がします。学生の頃なら「そんなこと言ったって、経験に使う金がない」と多少無理しても働いたかもしれないし

    少なくとも私には良い方の影響を与えてくれました

    あとがきで、

    「だから、挑戦しよう。人生を最大限に充実させ、たった一度の人生を価値あるものにしよう」とあります

    私はこの本を読んで、明らかに行動が変わり、チャレンジングになりました

    また、チャレンジした結果、自分にとって良い変化をもたらした事が多かった事を実感しています

    チャレンジしなければできなかった体験、出会えなかった人、たくさんあります。このブログだってチャレンジの1つで、予想以上にたくさんの方に読んでいただいている訳ですし^^

    30代くらいまで、ずっと自分の事が好きになれませんでしたが、今の自分は好きですね^^

    スミマセン…。気付けば1800字も^^

    いつも、ありがとうございます

  • 読書記録「LIAR GAME」

    読書記録「LIAR  GAME」

    著者:甲斐谷忍

    出版社:集英社コミックス

    初版:2005年年9月~

    26回目の投稿になります

    今回はマンガ「LIAR GAME」です

    天才的な頭脳を持つ秋山深一と、「バカ正直のナオ」と呼ばれるほど人を信じては裏切られを繰り返す神崎直が、騙し合いでマネーを奪い合うゲームに参加することになるというストーリーです

    人の心理、追いつめられた人が取る行動、裏の裏の裏を読もうとする策略など、読んでいてとても面白いです

    少数決ゲーム、入札ポーカー、密輸ゲームなど、作者のゲーム設定が面白く、どうやったらこんな設定が思いつくのだろうと感心させられます

    私が一番好きな場面は、4巻の冒頭の秋山と直の会話です

    直が「みんなのことを信じなければなりませんね」と言った事に対し、秋山が言うセリフがあります。それは

    「人は、疑うべきだよ」です

    人を疑うとは正確には「その人間を知ろうとする行為」であると彼は言います

    逆に、信じるという言葉は高尚に聞こえるが、それは「相手を知ることの放棄」であると

    信じるという何となく良さげな言葉の裏にあるのは「無関心」であると

    初見で読んだとき、ひとつひとつの言葉がグサグサと刺さったのを憶えています^^

    秋山は、信じるとは「究極の思考停止状態」なのではないかと直に問うわけですが、それはそのまま自分(読者)に問われているような感じがします

    当ブログをお読みいただいたいる皆さん、いかがですか?「疑う」って良くないイメージありませんか?

    私もLIAR GAMEのこの部分を読むまではそう思っていました

    でも、これを読んでから、自分の価値観として

    「好きの反対は、嫌い」ではなく

    「好きの反対は、無関心」

    であると思うようになりました

    また、私も含め、完璧な人などいないのだから「この人のいう事だから間違いない」とか「あの人のいう事だからダメに決まっている」などと決めつけるのではなく、その人の1個1個の事を分けて考えることが「いい意味で疑う」事になるのではないかと思ったりしました

    特に、これまでの経験上、いったん好意を覚えた人に対しては、どんなことでも良い方に考えがちになる事もありました

    盲信しすぎずフラットに見るということが、考えようによっては相手を尊重する事になるのかもしれません。この辺は、まだ正直よくわかりません^^人間関係、むずいね^^

    このマンガは、秋山と直が様々なゲームに巻き込まれながら、何度も何度も思考のどんでん返しがある難解かつ爽快なストーリーです

    秋山が切れる頭脳で勝ち上がっていくんですが、その要所要所で直の素直さや実直さを必要とする場面もあり

    お互いの足りないところを、お互いが補い合っている感じがあって、そういうところも作品の魅力かなと思います

    私は、人と親しくなる時は、親しくなっていく過程においては共通点を見出したくなります

    数学の集合でいうとA∩Bみたいな重なり合う部分について盛り上がっていくイメージです

    でも、ある程度仲良くなったなと思ったら、その人がもつ、自分とは違う感性や思考について興味をもっていくようになるし

    自分がそれまで見せていない部分も見せてもいいかなと思ったりします。A∪Bみたいなイメージです

    秋山と直は、性格も考え方も違いますが、違うからこそお互いを信頼し尊重している感じが、巻が進むごとに表現されている気がします

    最終巻の終わり方が唐突で、大人の事情で急に終わった感もありますが、私はとても好きな作品です

    登場人物が、競馬の騎手の名前をもじっていて、作者、たぶん競馬好きなんだろうなと思わされます^^