カテゴリー: 読書記録

  • ♯155 読書記録「最後の医者は桜を見上げて君を想う」

    読書記録「最後の医者は桜を見上げて君を想う」

    著者:二宮敦人

    出版社:TOブックス

    初版:2016年11月

    155回目の投稿になります

    今回は本の紹介です。「最後の医者は桜を見上げて君を想う」です

    病院が舞台の作品です

    作中には、福原さん、桐子さん、音山さんという3人の医者が出てきます。3人のキャラがそれぞれ個性的で、そのやり取りのおもしろさが読むペースを上げます

    最初は桐子さんの考え方をおもしろく読みました

    桐子さんは、合理的な考えを良しとする人で、余命わずかとわかった患者に対し、どう死にたいか、治療を諦めて残りの期間を有意義に過ごすべきではないかと伝えます

    家族に対しても、真剣にその死に向き合うべきだと言い、抗がん剤治療をやめるのも手だと伝えます

    そういう中で、死が早まったとしても家に帰るという選択をした患者の「俺は降りる。降りる事は逃げる事じゃない」という言葉はとても重みがあるなと思いました

    そして、音山さんです。合理的な桐子さん、手術の腕が抜群で最後まで患者を救う事を信条とする福原さんに対して地味な印象です

    ですが、私が一番感情移入したのが、この音山さんです

    音山さんは、「福原ほどの腕もない、桐子ほどの信念や哲学もない」と、自身の医師としての適性に疑問を持ちながら仕事をしていますが、ALSにかかってしまった女子大生まりえさんという女性患者の担当をする事で、彼女から自分の良さに気付かされます

    患者のまりえさんは、音山さんの良さを

    「一緒に悩んでくれること」と言いました

    これが、私がこの作品で一番刺さった部分です

    その人の課題を解決する事、考え方や方針を示す事は、医師としてとっても大事な事だと思います

    一方、「一緒に悩む」事は、それら2つに比べれば大した事ではないように思われます

    でも、つらい時に寄り添ってくれて、黙って背中をさすってくれるような事が、その人の支えというか立ち上がるきっかけになったりするかもしれません

    私も、自分が停滞していたり、少し気が滅入っているなと思ったりする時は、「○○すべきだ」という様な自己啓発本よりも、「こんな良い月をひとりで見て寝る」みたいな詩集とかに、じんわりとしたエネルギーをもらう事が多いです^^

    また、一緒に悩む事をその人の良さであると感じ、伝える事のできる患者のまりえさんも、素敵な感性を持った魅力的な人だなあと思いました

    私も、人から相談される事はあるんですが、どうもアドリブが効かなくて、その時はあまりいい事言えないんですよね^^

    その人と別れた帰り道とかに「あれって、こういう風に伝えれば良かったなぁ」とか思うタイプです^^

    でも、そういう私でも、真摯に話を聞くとか、うまく解決策を示せなくても一緒の空間にいるとか、それだけで伝わる事もあるかもなあとかこの本を読んで思えました

    ストーリーは、病気の発覚やその進行、死へ向かう感情の変遷など、小説っぽい流れだなと思うところもありますが、出てくる登場人物がみなさん魅力的でおもしろい作品でした

    人から借りた本でしたが、自分では手に取らなさそうな本で、そういう意味でも良い出会いでした

  • 142 読書記録「ごめんなさい、もうこれ以上頑張れません」

    読書記録「ごめんなさい、これ以上頑張れません」

    著者:広岡清伸

    出版社:アスコム

    初版:2026年1月

    142回目の投稿になります

    今回紹介するのは、「ごめんなさい、もうこれ以上頑張れません」です

    いやー、ひっさしぶりにタイトルだけ見て手に取りましたね^^

    図書館の自習室で勉強して、その後館内をぶらぶらしていたら、月ごとの特設コーナーにこの本がありました

    私の住む自治体の図書館は、規模はそれほど大きくはないのですが、司書さんたちの工夫が感じられる素敵な図書館です

    今回の特設コーナーのタイトルは「季節の変わり目、しんどさを感じるあなたへ」でした

    担当者さん、話した事もありませんが、絶対心優しい人ですよね^^

    先日、館内の「ご意見コーナー」に

    「特設コーナーの本、いつも選書が良いです。読むと新しい世界が広がる本ばかりです。これからも楽しみにしています」と匿名で投書してみました

    これも陰徳の1つとしてカウントしました^^

    あ、前置きが長くなりました

    本は、精神科医の著者が、5人の診察の経過を通して、「休む」事をきっかけにリスタートする新たな人生を紹介しています

    その中の1人目、中学校教師をしていて壊れてしまった水野さんの話は、私自身の経験も合わさって、刺さる内容でした^^

    この本に通底している事、それは

    「絶対的プライドを、いかにして感じながら生きる事ができるか」です

    この本では、「絶対的プライド」を「私の人生と存在そのものに、価値と意味があると認識する事」と定義づけています

    大事な事なので、もう一度言いますよ^^

    「私の存在そのものに価値がある」

    これを読んで、泣きそうになったそこのあなた^^休息が必要かもしれません^^

    と、えらそうに書いている当の私も、30を過ぎるくらいまではこの言葉の意味がよくわからなくて

    ずっと「なにか良い事をしないと自分には価値がない。相手も認めてくれない」とか

    「不幸な状況なのは、自分がダメだからだ。まだまだ努力が足りない」とか思ってました

    ひどくなると

    「こんな苦しい状況なのは私には当然だ。逆に、私のような人は幸せになっちゃダメなんじゃないか」とか、しごく真面目に思ったりしていました

    この激ヤバな自己認識は、どこでどのように私の心に住みついたのでしょうか^^

    あの頃の私は、すごく狭い環境、価値観の中で生きていたんだなあと、今となってはわかります

    本に戻ります

    この「絶対的プライド」以外にも、本の中に出てくる著者の言葉が、とても優しく心に響きます

    「心の病になる人は、少しだけ人よりも想像力が豊かなのかもしれません」

    「責任感が強く、自分を後回しにしがちな人ほど無理を重ねやすい。まずは、自分の生活の確立を。それを忘れてはなりません」

    そして、この本では、頑張れなくなった人の周囲の人にもスポットを当てています

    その中で出てくるのが「共苦」という言葉です

    思いや痛みを言葉にして分かち合うことという意味のようです

    私は、自分がつらいとき、人に相談したり愚痴を言ったりしませんでした

    恥ずかしさ半分、自分でなんとかすべきという感情半分といったところでしょうか

    でもね、今ならわかるんですよ

    私がもし苦しむ人の近くにいる人の立場だとしたら、何でも話してほしいし、話す事は恥ずかしい事じゃないという事が

    「共苦」は、文字通り「共に苦しむ」と書きますが、その苦しみって悪くないんじゃないかと思うんですよね

    一緒に苦しむって事は、孤独ではないという事でもあると思うので

    「私は一緒にいるよ」

    私がこの先、私と同じような事で思い悩む人に出会ったとしたら、この言葉をかけてあげたいですね

    「一緒」の定義は様々ですが、物理的に一緒にいなくても「一緒」は感じられる場合もあると思うので

    逆に、いくら一緒にいたって、なんか孤独を感じる事もあるし^^

    誰かと「共苦」ができたら、私もメンタル疾患になった「かい」があるというものです^^

    とてもいい本でした

  • ♯138 読書記録 ダニエル・キイス「アルジャーノンに花束を」

    読書記録「アルジャーノンに花束を」

    著者:ダニエル・キイス

    日本語訳:小尾芙佐

    出版社:ハヤカワ文庫

    初版:1978年

    138回目の投稿になります

    今回紹介するのは、ダニエル・キイスの「アルジャーノンに花束を」です

    大学生くらいの時に読み、そこから何度も何度も読み返している大好きな作品です

    ジャンルとしてはSFに分類されるみたいですが、一番好きな小説かもしれません

    読むたびに感じる事が異なるんですよね

    たぶん、私自身が重ねた年齢や経験、形成されてきた思想や価値観、読む時の心のありようなどがそうさせるのでしょう

    あ、終盤に向けて段々と経過報告を書けなくなっていく所は、どうしても毎回泣いてしまいます^^

    そして、日本語訳を付けている小尾芙佐さんってすごい方だなあっていつも思います

    この作品は、映画やドラマなどで鑑賞するよりも、活字で読んでこその作品ではないかと思います

    先日も読み返したのですが、その時思ったのは

    「チャーリーが幸せだったのは、どのタイミングだったんだろう」です

    手術により知能は劇的に向上していく

    でも、頭脳がどんどん明晰になっていく事は、見えなくていい事、知らなくていい事に気付いてしまうという事とイコールになる

    作中の

    「この知性が、私と、私の愛していた人々との間に楔(くさび)を打ちこむ。そうして私は、前にも増して孤独である」

    「言葉は時として、心を通わせる道ではなく、障壁である事を気づかせてくれる」

    「金や物を与える人間は大勢いますが、時間と愛情を与える人間は数少ないのです」

    このあたりは、頭脳が明晰になったチャーリーが、悩み苦しむ事です

    チャーリーとは境遇が全く異なりますが、私も、この感覚わかる気がするんですよね

    知識や経験が増えたり、メタ認知できるようになってくると

    理性的にふるまえたり、相手の感情が読み取れるようになってくる感じがします

    理性的であったり、相手の感情を読み取れるという事は、一見すると良い事のように思えますが

    一方で感覚が鋭敏になりすぎる事が、自身の発言や行動を躊躇させる事にもつながるんです

    例えば同性、異性に関わらず、いいなと思う人が自分の前に現れたとして

    「友だちになって」とか「付き合ってください」とか言う前に

    「付き合ったとして、私のこういう所を嫌われて終わりそうだな」とか

    「相手もすごくいい人だし、仲良くなればなるほど、辛い別れになってしまいそう」

    とか思って、行動に移す事をためらったりします

    最近はこういう事も少しずつ改善してきたと思いますが、根っこの部分では、人を信じきる事への恐れがまだある気がします

    そんな苦悩が、チャーリーの言動を通して追体験している感じがするんです

    いっそのこと、もっと知識や感情を乏しくしていった方が生きやすいのでは?とか思った時もありました

    ダニエル・キイスさんのもとには、「私もチャーリーです」というお手紙がたくさん届いたそうです

    この作品を読んでも、自身が勇気づけられたり、なにか生き方のヒントとなるようなものが見つかったりする訳ではありません

    でも、読み終わると、心に栄養が補充されるというか、満たされる感覚があります

    この本を読んだ事がある人と、感想の交流してみたいですね^^

    本の紹介、本来は金曜(昨日)の投稿でしたが、すっかり忘れていました^^

    1日遅れになってしまいました…スミマセン

  • ♯134 読書記録 梶井基次郎「桜の樹の下には」

    読書記録「桜の樹の下には」

    著者:梶井基次郎

    出版社:角川文庫

    初版:1925年1月

    134回目の投稿になります

    今回紹介するのは、梶井基次郎の「桜の樹の下には」です

    「桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか」

    という、なかなかインパクトのある書き出しから始まる本作^^

    桜の樹がこんなに美しいのは、なにかがあるはずだと、見えない地下の部分に思いを巡らせる

    桜の樹の下に死体がある

    そんな状況を見た事はないのに、文章を読むと、今見ているかのような質感というか、リアリティが感じられます

    特に好きなのが、屍体の養分が桜の美しさになっている事を想像させる次の記述です

    「俺には毛根の吸いあげる水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束の中を夢のように上がってゆくのが見えるようだ」

    維管束^^生物で習ったな~とかちょっと思い出しましたが

    維管束という用語の具体性が、なんか生々しいというか、ホントに実際そうなんじゃない?的な感覚になったりしますね^^

    この作品を読んでいると

    実際に死体が埋まっているかどうかということが重要なのではなく

    「そう思う事で自分が納得できる」という部分が作者にとって大事な事なのだと思いました

    何事も見える部分と見えない部分があって、見える部分の華やかさは、見えない部分の残酷さによってバランスが取れている

    そのように解釈する事で自分が保たれるみたいな感じなのかな

    後半には「俺には惨劇が必要だ」「憂鬱が完成する時にばかり、私の心は和んでくる」という記述が続きます

    「檸檬」では、檸檬を握る事で「えたいの知れない不吉な塊」がゆるんでくると言ってましたよね^^

    でも一方で、心が和むのは憂鬱が完成した時とも言う

    矛盾と言ってしまえば簡単ですが、私はその不完全さが好きだなと思ってしまいます^^

    最近、本を読んでいると、こういう曖昧さや不完全さ、抽象的な表現などをそのまま受け取れるようになってきた感覚があります

    好き・嫌いとか、共感できる・できないとかじゃなくて、その人の考え方や表現としてそのまま受け止める的な

    これは私の浅い感想なので、もっと深い読み取り方もあるのだろうとは思います

    これを書いた時、梶井基次郎自身が病床の身だった事も、作風に影響しているかもしれません

    私ももっと年を取って、死のイメージが今より近づいてきたタイミングとかで読んだら、違った感想になるのかもしれませんね

    美しさと同時に、散る事の儚さもある桜を題材にした本作

    4ページほどで10分もあれば読めます

    ちょっとしたスキマ時間にいかがでしょうか^^

  • ♯117 読書記録「嫌われる勇気」②

    読書記録「嫌われる勇気」

    著者:岸見一郎・古賀史健

    出版社:ダイヤモンド社

    初版:2013年12月

    前回に続き、アドラーです^^

    前回までは「課題の分離」「何があったかではなく、どう解釈したか」「他者と比較しない勇気」などについて、本を基に私の考えなどを書いてみました

    今回はその続きです

    ・「ほんとうの自由」とはなにか

    アドラーは「自由とは、他者から嫌われる事である」と言いました

    これは、わざわざ嫌われるような生き方をしろとか、悪行を働けと言っているのではありません

    あなたが誰かに嫌われているという事は、それはあなたが、他者にどう思われるかよりも先に、自分がどうあるかを貫いている証拠である

    つまり「自由に生きている証」であると

    いやー、その通りですよね^^

    人それぞれ考え方や趣味嗜好は違います

    Aさん、Bさん、Cさん…全ての人に嫌われないようにするためには、それぞれの考え方に自分を合わせる事が必要であり、それってもう「自分がない状態」ですよね

    他者からどう見られるかという事ばかりを気にするという事は、自分の人生を生きていない事になるし

    「気にする」という事こそ、自分が傷つきたくないという自己への執着につながっているのかもしれません

    だって、関係が壊れる事だけを恐れて他者と関わるのは、心理的安全性がないというか、すごく不自由な感じがします

    そのパワーバランスを、その人と一生続けるの?って思っちゃいますし^^

    本のタイトルでもありますが、この「嫌われる勇気」こそ、評価の軸を他者から自分へ取り戻す事なのかもしれません

    ・「横の関係」

    アドラーは「叱ってはいけない・褒めてもいけない」と言いました

    「よくできたね」「すごいね」

    こういう褒めるという行為には「能力のある人が、ない人に下す評価」という側面があると

    褒めたり叱ったりするのは、アメを使うかムチを使うかの違いでしかなく、背景にある目的は「相手を操作すること」であると

    アドラーはこのような縦の関係を否定し、横の関係、つまり意識の上では対等であるという関係の健全さを主張しました

    このあたり、すごく興味深いです

    叱るのが相手を操作する事を目的とするのは何となく私も理解できます

    でも、褒める事も相手を操作する事につながるというのは、すごく新鮮な価値観でした

    でも、これを読んでなるほどなと思ったのは、大学で勉強した「支配と社会心理(うろ覚え^^)」みたいな内容です

    ヒトラーは、ナチスドイツ政権下で、聴衆に対して時にはドイツ人の優越さを説き、時には現状のダメさをこっぴどくこき下ろし、洗脳といっていい熱狂状態に陥らせ支配しました

    この「褒めたりダメ出ししたり」の振れ幅を大きくするのも、縦の関係に基づく支配の1つなのかなと思ったり

    横の関係とは、「それはあなたの課題」と課題の分離をした上で、できることを一緒に考える

    そして、課題に立ち向かい、行動に移す勇気を持たせる

    これをアドラーは「勇気づけ」と呼んで、自身の個人心理学の最も重要な概念としたようです

    他者の課題に介入したり自分も背負ったりするのではなく、あくまで行動するのは相手、私はその勇気づけをする存在であるという事なのかなと思ったりしました

    これを読んで、私も横の関係を意識した人間関係を作っていきたいなと思いましたね^^

    いや、この資本主義が君臨する世の中、たぶん普通に生きていれば縦の関係になると思うんですよね

    「ありのままのあなた」の存在自体をお互い認め合った上で、それぞれの課題に対してできる事を考え、それぞれが行動する

    そんな関係性を築ける人に出会えたらいいなと思いますね

    あ、出会えたらいいなだと他責っぽくなるから、自分が実践していけばいいんですね^^

    今日も長くなっちゃったんですが、まだ

    「自己肯定」ではなく「自己受容」

    「信用」ではなく「信頼」

    こんな内容も残ってまして、もう少し書いてみたいと思っています

    という事で、次回もアドラー紹介にお付き合いください^^

    全くの別件ですが、いよいよ明後日、北海道マラソンに挑戦してきます

    1月からコツコツ努力を重ねたひとつの集大成

    昨日、最後の練習を終え、体調はすごくいいです

    しかも、当日の天候も「曇り・最低16度、最高24度」という、願ってもないくらいの最高の天気になりそうです^^

    まずは完走ですが、4時間30分切りという目標目指して、精一杯頑張ってきます!

  • ♯109 読書記録 江戸川乱歩「人でなしの恋」

    読書記録「人でなしの恋」

    著者:江戸川乱歩

    出版社:創元推理文庫

    初版:1926年10月

    109回目の投稿になります

    あなたは、幼少の頃から手放さず、ずっと愛着を持っていた物や人形はありますか?

    どちらかと言うと女性にその割合は多いのかもしれませんが、私にもありまして、それは「タオルケット」です^^

    しかも、新品じゃなく、使い古して洗濯を何度もして手ざわりがケバケバになったやつです^^

    ちょっと変態っぽい感じになりましたが、そのケバケバをさすっていると安心するんです

    「急にお前の癖(へき)を語り出してどした?^^」と思われたかもしれませんが、今回紹介する「人でなしの恋」のお話の肝が、まさにこの「愛着のある人形」なのです

    話は、京子という19歳の女性が、門野(かどの)という男に嫁入りした所から始まります

    門野は「家に引っ込みがちで女嫌いという噂もあり」、京子は心配していたが、門野は京子に優しく、しばらくは「夢のような新婚生活」を送ります

    しかし、半年ほどたった頃から京子は違和感を抱きます

    夜な夜な離れの土蔵に行く門野

    浮気相手がいるのではと、こっそり後を追う京子

    そこで、門野が愛していたのは…

    この先、書いちゃっていいんでしょうか?^^

    まあ、核心に触れない程度なら大丈夫でしょう^^

    門野が愛していたのは女性の人形でした

    「私は京子を愛そうと努めたのだけれど、悲しい事に駄目なのだ。若い時から馴染みを重ねたお前の事が、どうしても私にはあきらめ兼ねるのだ」

    と人形に語りかける門野

    京子は悲しい思いを抱きつつも、門野の苦悩も理解しようとして話は終わって…

    いかないんです^^

    「さて、私の懺悔話と申しますのは、実はこれからあとの、恐ろしい出来事についてでございます」

    江戸川乱歩の小説でゾッとするのは、終盤でこの「実は」という表現が出てきたときです^^

    これ以降の内容は書きませんが、私は京子の気持ちもわかるし、門野の気持ちもわかるしで、読み終えてすごく複雑な感情になりました

    こちらへお越しの読者様なら、なんとなく結末が想像できた方もいそうな気がします

    あと、離れの土蔵の戸に耳をそばだてて中の様子を窺おうとする場面や、夜の描写がとーーーっても緊迫感があって面白いです

    タイトルの「人でなし」も、読み終わるとダブルミーニングになっている事がわかります

    欲求を前にした時の人間の複雑な心理がむきだしに描かれています

    私はこれを23時頃に読んで、ちゃんと眠気が醒めました^^江戸川乱歩、おそろしや

    30分程度で読めるボリュームです

    読者様もいかがですか?面白さは保証いたします^^

  • ♯105 読書記録「いつまでもデブと思うなよ」

    読書記録「いつまでもデブと思うなよ」

    著者:岡田斗司夫

    出版社:新潮新書

    初版:2007年8月

    105回目の投稿になります

    タイトルにもある通り、内容はダイエット本です

    筆者が提唱するのは「レコーディングダイエット」

    食べたものをとにかく記録し、摂取カロリーを把握する

    摂取カロリー<消費カロリーの状態を続けることで体重を減少させていく経過が書かれています

    ちなみに私、183センチの63キロという痩せ体型です^^ダイエットは不要なガリガリな人間です^^

    じゃあなぜこの本を読むのかというと、この本がただのダイエット本ではなく、生き方、考え方の本質を書いている本だと思うからです

    いくつか抜粋して紹介してみます

    ・ダイエットの失敗とは「やせない事」ではなく「続けられない事」なのだ

    →「継続は力なり」ということわざって、その通りだなって最近ホントに実感します。続けられているうちは失敗じゃない的なね^^

    ・ダイエットは、その成功が誰かを傷つけたりしない。誰かの勝ちは他者の負けを意味しない

    →こういう概念好き^^

    ・レコーディングダイエットは、自分の人生をコントロールできる事につながる。自分の成功イメージを持ち、それを実際に変える事でかなり高いレベルの自己コントロールを身に付ける事が可能だ

    →確かにダイエットって成功イメージに自分を近づけていく作業って感じですね。見た目も変化するし、コントロール感を味わいやすいのかも。私が今取り組んでいるマラソン練習も同じ感じかもしれません

    ・カード破産する人は自分の借金の総額を知らない。収入がいくらで支出がいくらで利息が何%かを知らない。記録する事はそれらを可視化する行為である

    →資産形成の本にも同じことが書かれています。まずは現状を正しく把握するっていうのは、どんな事に対しても大事なんですね

    ・レコーディングダイエットが成功できれば、それが様々な副次効果を生む。この自己コントロールというのは、体重管理だけではなく、お金や仕事、人間関係や自分の将来など広範囲の事に応用可能だ。なにかに迷った時、目標があるのにうまくいかない時は、要素を書き出してみよう

    ・悩みや迷いを書いてみる。書き出したからといって、無理に答えを見つけなくていい。文字にして客観的に見られるようにするだけでいい。するとある日、いくつかの悩みが同じパターンであるとか、なにをやらなければいけないかとか、そういう事がわかる日が来る

    ・悩みや問題に、毎日答えなんて出さなくてかまわない。毎日答えが出せるなら、悩んだり困ったりしていない。逃げないで、押しつぶされないで、ただひたすらレコーディングを続けてみよう。なぜそんな問題に巻き込まれたのか?なぜ自分はそれが欲しいのか?レコーディングを続けていると「自分の内面」が見えてくる

    →ね。ただのダイエット本じゃないでしょ^^記録する事で見えてくるのは「自分の内面」だと。つまり、自分自身と対話する事で自己理解が促進され、自分を客観視できるようになり、最終的には自信をもって生きる事につながるのかななんて本を読みながら思いました

    今回は引用が多めになりましたが、ダイエットしたい人にも、悩みがあってそれが大きな毛玉になってこんがらがっている人にも、すごくオススメできる本だと思います

  • ♯96 読書記録「東大うつ」②

    読書記録「東大うつ」②

    著者:西岡壱誠

    出版社:ベスト新書

    初版:2026年7月

    96回目の投稿になります

    前回紹介した「東大うつ」の2回目になります

    前回は、東大に合格して前途洋々に思える学生の一定数がうつを発症するケースと原因について紹介しました

    すごく簡単にまとめると

    ・親の勧めで受検した場合、自分の人生を自分で選び取るという経験がなく、合格後に不安が押し寄せる

    ・受験は数値で成果がわかる。でも入学後は目標や興味を自分で見つけないといけない。正解がない世界に不安を感じる

    ・挫折経験のなさ、評価軸の少なさ、反抗期のなさが、うつになる人に多く見られる傾向

    これが、私にも当てはまるなあなんて思いながら読みました

    今回は「じゃあどうすればいい?自分だけだと無理な時の処方箋」として、うつから抜けたエピソードを中心に、こちらも構造的に書いてみたいと思います

    1 休学する

    受験勉強を頑張ってきた人は、立ち止まらず走り続けてきた場合が多い。それはイコール「自分の人生と向き合う時間が少なかった」のではないかと筆者は言います

    私の経験からも、それはすごく的を射ていると思います

    それまでは「ドラクエ的世界」というか、次のミッションがわかりやすい世界で生きてきました。次は洞窟から○○というアイテムをゲットしてくる、次は○○というボスを倒す、次は~というように

    でも、大学では(40を過ぎた今でも^^)マインクラフトの初期のフィールドに落とされたような感じで、どこへ行っても何を建築しても、または何もしなくてもいいですよとなるイメージです

    そうすると、私のような人は、経験のなさに自信のなさがプラスされて身動きが取れなくなってしまうのです

    筆者は「休学して自分を見つめる事は大切だ」「休学という決断をするということが強さだ」と言います

    休学によって回復できた新倉さんという方が出てきます

    彼女はうつになった時、何もできなかったが、麻雀の動画だけはボーっと見ることができたそうです

    新倉さんは、麻雀に「新しい世界を見た」と感じた

    勝ち負けはその場の手牌と判断で決まり、負けても人格が否定されるわけでもない

    麻雀では「勝負を降りる」のも戦略のうち。今の局で負けても次で挽回すればいい

    人生も麻雀と同じトータルで勝負と思えた時、気が楽になったそうです

    私は、苦しみながら休学しなかった人ですが、40を過ぎるとそれなりに色々な経験を重ねてくるので「人生はトータルで勝負」という感覚は痛いほどよくわかります

    今も、少し優柔不断な所があったり、ささいな事で自信を失いそうになる時もありますが、奮い立たせてくれるのは過去の経験な気がします

    適応障害だった時はすごくしんどかったですが、今は、もしこれから同じ症状の人に出会ったら、良きメンターになれるだろうなという自信があるし

    そういう風に役立てたら、適応障害になった事自体も、今まで生きてきた自分も肯定できそうな気がします

    なんか、熱くなりました^^次行きます

    2 親子仲の回復

    親から子へ「条件付きの愛」しか示されていない場合にうつが起きやすいと筆者は指摘します

    100点だと褒められる、少し点数が低いと顔が曇る

    そのような評価軸な親だと、子は、かけてもらったお金、かけてもらった時間に大きなストレスを感じ、壊れるまで走り続けてしまう

    また、子がうつになる親の特徴としては「子どもを同一視する」という事も挙げられています

    親の人生観を子に投影してしまう。自分が成功していれば自分と同じように、自分が挫折したなら自分のようにはならないようにと、自身の理想を子に押しつける

    もう少し大人になれば、親という存在も客観視できるようになるが、大学生くらいだとまだそれは難しい

    これも、私の事を振り返っても大きいと思います

    私は、自分自身の短所を「減点思考」だと思っています

    今はだいぶなくなりましたが、以前は95点のテストが嬉しくありませんでした

    「あー、5点ミスっちゃった。復習しとかないと」って本気で思ってました

    今思うと「いやいや、正解できた95点分をまずは褒めましょうよ^^」となるんですけど、そういう視座がなかったんですね

    そして、勝手に憂鬱になってました

    でも、それも、人のせいにするのは申し訳ないけど言います

    「母親のせいです」と^^

    母がテストの点数を見た時のリアクションはまさにそれでした

    そうすると、学生でつらくなった時に、実家が「安心して帰れる場所」じゃないんですよね

    私は、そういう育ちだった事もあってか、人と対する時は、その人のいいところを見たいなって思います

    大したアドバイスや正解を語る事はたぶんできないけど、「この人には相談してみたいな」って思ってもらえるような「落ち着ける場所」になりたいなって思ったりします

    また長くなってしまってます^^

    私見ですが、私は、人生で一番大変なのは大学生じゃないかと思います

    高校生までは、衣食住とお金の問題は気にせず勉強してればいい

    就職してからは、稼がなきゃいけないけど、仕事が終わればある程度時間は自由

    でも大学生は、大学での勉強というメインがあって、その他にバイトで生活費を稼いだり、進路や就職を考えないといけなかったり。それに一人暮らしが重なると家事、自炊、行政手続きなどものしかかる

    それはそれはストレス過多で大変な毎日。イヤになったり何かに逃げたくなったりしますよね

    筆者の「終わりに」の文も良かったです

    「あなたが壊れたのは、あなたが弱かったからではない」

    「止まっても、休んでも、あなたの存在は肯定される」

    しんどい思いをしている学生にも、その親にもためになる本なのではと思いました

    私も、この本を読んで、しんどかった大学時代を肯定するという再定義ができました

    いつも長くてスミマセン^^

  • ♯92 読書記録「東大うつ」

    読書記録「東大うつ」

    著者:西岡壱誠

    出版社:ベスト新書

    初版:2026年7月

    92回目の投稿になります

    先日訪れた札幌の書店で偶然見つけた本です

    この本は、軽い気持ちでカフェで読み始める本ではありませんでした。私の幼少期からの生き方、大学時代の憂鬱が書かれていて、危うく泣きそうに^^

    タイトルは「東大うつ」となっていますが、受験勉強を真面目に頑張って、ある程度の大学へ合格した人なら、大いに共感できると思います

    私は北海道の小さな国立大学で、東大とは比べるべくもないですが、たくさんの気付きのある本でした

    タイトルが目を引くように「東大うつ」となっていますが、「大学うつ」として読んでも問題ないと思います

    この本のいいところは、うつになった人を個人の問題とせず、構造の問題としているところです

    そこがすごく救われます

    • うつ発症のケース

    ・受験は、努力が数値として帰ってくる。でも、入学後は「次の目標」がなくなる。「で、次なにをすればいいんだろう?」と思ったら何の意欲もわかなくなった

    ・親の勧めで東大を受験したIさん「自分の人生を自分で選ぶという回路が一度も起動しないまま大人になってしまった私は、初めてその回路を必要とした瞬間に、立ち尽くしてしまった」と回想した

    →すごく良くわかります。私も今思い返すと親の期待を背負わされて、教師を目指すというレールに乗りました

    そうすると、肝心な所で踏ん張りがきかないというか、頑張れない感覚がありました

    どこかで「他責」というか「真剣になれない」というか…

    言語化が難しいですが、自分の気持ちに向き合わず大学生になってしまった感がありました

    第2章 7人のケースから見える「うつになりやすい人の特徴」

    • 挫折経験の少なさ

    勉強という分野で失敗しにくい。これが意味するものは、新しい何かへの挑戦をしなくなるという事。勉強が「失敗しない安全な場所」になる。その結果、挫折経験がないまま東大へ行くことになる

    • 評価軸の少なさ

    勉強ばかりの人は、自分の価値を測る物差しが勉強に一本化されやすい

    大学に入り、就活が始まり、正解が見えなくなった瞬間に「勉強を頑張ってきた自分」という軸が揺らぐ

    そして心が不安定になる

    勉強以外の経験がある人は崩れにくい

    趣味、アルバイト、恋愛、ゲーム、釣り、料理。「勉強以外の場所にも、自分がいていい」と感じられる人は、1つの軸がうまくいかなくなっても、別の場所で呼吸をする事ができる

    • 反抗期のなさ

    成績が安定して良い、学校の先生からも高評価、親のいう事をきちんと聞くいわゆる「いい子」。理想的な成長過程に見えるが、これが落とし穴

    親や先生の期待に応えられる能力があるという事は、自分で考えて選ぶという必要がなかったという事

    小中高時代にうまくいきすぎた結果として、自分で考えて方向転換する訓練、反抗してでも道を変えるという経験を積めなかった

    これに一人暮らしなど環境の大きな変化も重なると、自分がどこに進めばいいのかわからなくなってしまう

    • 就活期にうつが出現しやすい

    高校までの世界は、指標がとても明確。偏差値、順位、合否。どれも「次に何をすればいいか」を数値で教えてくれる

    しかし、大学以降は成功の定義が一気に曖昧になる

    私のように単科大学(教育大学)へ進んだ感じだと、進路の軌道修正は非常に難しいです

    ただでさえ決断した経験が少ないのに、「先生を目指すのをやめる」事は、進路変更ではなく「無」とか「闇」みたいな感覚になりました

    教育実習へ行って、先生に向いてないかもというのはぼんやりわかっているのに、だからと言って他の道も見えない

    「引き返せないところまで来てしまった」感が大学3~4年の時の私の素直な感情だったと思います

    まさに、以前紹介したヨルシカの「ヒッチコック」の心象風景ではないでしょうか

    「そんなの君にしかわからないよなんて言われますか?」ってね^^

    結局私は、30代半ばまで自分を騙しつつ仕事を続け、その後ぶっ壊れる訳ですが^^

    それなら大学時代にぶっ壊れといた方が良かったのか?なんて今俯瞰して見ると思ったり思わなかったりしますね(どっち?^^)

    続きは次回です

    今回の本は、わかる方にはすごく刺さるのではないかと思います。ピンときてない方ごめんなさい^^

    次回は、「じゃあどうすればいい?自分だけだと無理な時の処方箋」として、うつから抜けたエピソードを中心に、こちらも構造的に書いてみたいと思います

    最近、自ら心をえぐられに行っている気がします^^Mなのでしょうか?

    でも、自分を再構築する大事な作業である気がしています

    重い気持ちになった方、ごめんなさい

    もう少し、私の内省にお付き合いください^^

  • ♯88 読書記録「日本一周すると10万円貯まる本」

    読書記録「日本一周すると10万円貯まる本」

    著者:不明

    出版社:日本貯金本普及協会^^

    初版:不明

    88回目の投稿になります

    アホ回です^^

    今回紹介するのは「日本一周すると10万円貯まる本」です

    表紙はこんな感じ

    中を開くとこんな感じ

    500円硬貨を埋め入れる箇所が見開きで20か所、これが10ページ分あるので、全ての穴を埋めきると10万円貯まりまっせという本です

    私、大学生くらいからこれを始めて未だに続けています^^

    私、自己肯定感は低め(最近は高め^^)ですが、この「これと思ったことを淡々と続ける力」はホントに人並み外れてると思います^^

    このブログも、たぶん末永くやっていくと思うので、よろしくお願いします

    一応ルールとしては

    ・500円玉を生み出すような買い方をする

    例えばお会計が600円の時は、1100円出して500円のお釣りを生み出したりします^^

    自販機あまり使わないけど、使う時はあえて1000円入れてお釣りで500円玉ゲットしたり。たまに全て100円玉で返ってきて自販機を見つめ返したり^^

    なにか買い物をして500円玉ができたら「あ、あの本に入れよう」って思って使わないでおく。そして、帰ったら本に入れるみたいなのが習慣化しています

    ・ゴールするまでは取り崩さない

    →無駄にストイック^^

    ・達成したら、その10万円は好きに使う

    →たいていは旅行になりますね。一度10万円の時計を買ってみたんですけど、まったく心が躍りませんでした^^自分が「物欲ないマン」だという事がわかりました。7万円くらいでリセール出来てホッとした記憶があります^^

    実はこの本、埋めきっては取り出し、埋めきっては取り出しを繰り返し、もう20年くらい使い続けています^^

    日本貯金本普及協会さんへ

    もう少し弱く作って、何回か使ったらへたってくるようにしないと、新しいの売れないですよ^^ユーザーとしては嬉しいですけど^^

    500円玉を全て埋めきって持ち上げると、相当ずっしりします。2キロくらいあるんじゃないかな。立派に凶器です^^

    あと、この本を作ったのが「日本貯金本普及協会」って^^

    名前おもしろすぎです^^

    検索したらホームページあって、そこに「両替手数料無料の裏技」とか載ってておもしろい^^

    なんか人生楽しく生きてる人たちって感じがします^^

    最近の悩みは、500円玉貯金のペースが著しく低下している事です

    なぜなら、投資を始めた5年ほど前から私は楽天経済圏で生きるようになったからです

    楽天銀行、楽天カード、楽天ペイ、楽天証券…。キャッシュレス生活が浸透し、本当に現金を使わなくなりました

    使うのは、近所の個人経営の魚屋さんくらい^^

    「日本一周」というコンセプトのため、各ページには、各都道府県の観光地やご当地のフードなどのミニ情報が載っています

    この本を「読書記録」として載せていいのかという葛藤はありましたが、「ま、いっか」という事で^^

    前回が乱歩の「人間椅子」だったので、ライトな物も織り交ぜていかないとね^^

    あなたも500円玉貯金、一緒にいかがですか^^

    ちなみにこの本、表紙をひっくり返すとブックカバーっぽくなります

    「家族にバレずにこっそり貯めたい時にオススメ」だって^^

    しかも、ダミーでうすーく「日本文学全集」って透けるような感じにしてある^^写真で伝わるかな?

    では、また次回です^^