読書記録「読書から始まる」
著者:長田弘
出版社:ちくま文庫
初版:2021年5月
21回目の投稿になります
今回は詩人長田弘さんのエッセイ集「読書から始まる」です
エッセイ集とは書いていますが、長田さんの講演でのお話を文章化したものとのことです。読書のすばらしさ、言葉の大切さがひしひしと伝わるとても良い本でした
私は本が好きだし、言葉も大切にしたいなと思っていますが、私なんかとは比べ物にならないくらい深いところまで考えられていて、とても勉強になりました
私は、本に付箋を付けながら読むのですが、読み終わったとき、付箋だらけでちょっと本の上の方が分厚くなっていました^^
そして、この本の素晴らしいところは、それを簡単な言葉でわかりやすく書かれていることです。では、内容に触れてみます
「はじめに」のわずか4ページの中に
・本の魅力は、ここにある言葉を、ここにいない人に手渡すことができるということ
・その本をそれまで読んだことがない。にもかかわらず、その本を読んで、「私」という人間がすでにそこに読みぬかれていたというふうに感じる
・いい本は、その中に「いい時間」が流れている
といった、本への愛情がこれでもかと次々と表現されています。本が付箋だらけになるのもおわかりいただけるのではないでしょうか^^
特に私に刺さったのが5章「共通の大切な記憶」です
まず、本というものを「自分の時間をちゃんと使わないと機能しないメディア」と定義しています
12ページまで読んで、ちょっとどこかへいって戻ってきたら92ページまで進んでいたということはあり得ない。自分が1ページずつめくっていかないと進まない
当たり前だけどなるほどそうだなと思わされます。そして長田さんは、「だから、きちんと本に向き合おうとすれば、どうしたって自分の時間の使い方という問題にかかわってくることになる」としています
これは、自身の経験に照らしてみてもその通りだなと思いますね
まず、忙しくて心身ともに余裕がないと、本を読むという事の優先度が下がるし、読んだとしても心に残りづらい感じがします。
心に余裕(余白)がないから、いい本でも、内容が入ってくる余地が自分の心にない感じです。あまりうまく表現できないですが、ここを訪れる方ならこのニュアンスわかってくれるのではないかと思います^^
また、長田さんは、本を「自分にとってのみ大切な記憶というだけでは、どうにもならない」としています。これも大変興味深い話でした
つまり、自分と相手が同じ本を読み、それを共通の大切な記憶として保持していけることが、多様化、個別化した現代における本の価値であるということなのかもしれません
しかも、大事なのは「一緒に、ではなく共通の」であるとしています
私が読んだ本をあなたも読む、あなたが読んだ本を私も読む。読むタイミングが違っても、同じ場所にいなくても、そのような共通の大切な記憶の置きどころが本なのではないかと長田さんは言いたいのかなと読んでいて思いました
「本は共通の大切な記憶の場所」
すごく素敵な考え方だなと思いませんか^^ちょっと泣きそうになります^^
こんな感じで、本や言葉の素晴らしさ、そしてそこから生まれる人としての在り方みたいなものを優しく語りかけてくれる本です
この本の内容、そしてこの本とどのように出会ったかについてもう少し書きたいのですが、すでに1400字^^いつも1000字程度でと思いながら大幅にオーバーしています
続きは次回にしたいと思います
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