ヨルシカ「噓月」

5本目の投稿になります。

投稿日時を指定できることがわかりました^^今後は、月曜日は内省、水曜日は音楽、金曜日は本みたいな感じでルーティーン化すると習慣になって続けやすいのではと思ったりしています。

今回は、好きな歌紹介です。ヨルシカの「嘘月」です。

ヨルシカは、4か月ほど前に出会った方から教わり、ハマりました。素敵なアーティストを紹介してくれたなあと、ホントに感謝しています。

文学モチーフの作品も多く、歌を聴いてその本を読むみたいなことを最近は繰り返しています。モチーフとなる作品は明治~昭和あたりのものが多く、それらは色褪せない普遍的な良さがあるので、ヨルシカの曲もこれからずっと聴き続けるだろうということは確信があります。歌詞が良くて、10年後とかに聴くと違った感情を抱きそうな感じもします。ここ数か月、読書熱も高まっていて、生活が豊かになりました。それくらいヨルシカとの出会いは鮮烈であり、良いものでした。

ヨルシカの良さは、改めて語るとして、さて「嘘月」です。

suisさんの声がとても澄んでいて、聴いていると涙出そうになります。40過ぎのオジサンなんですけどね^^あと、ヨルシカのバラードは、suisさんのブレスが聴こえます。イヤホンで聴いていると、目の前で歌ってくれているような感じがします。

この曲は、尾崎放哉の自由律俳句が出てきます。

「こんな良い月をひとりで見ている」

「愛を底が抜けた柄杓で呑んでる」

 この曲を知ってから尾崎放哉読んでみたところ、最高でした。彼の自由律俳句は、徹底的に「一人であること」に向き合っています。尾崎放哉全句集を読んでみましたが、彼とは友だちになれそうです^^尾崎放哉も後日紹介してみます。

嘘月ですが、歌詞は一人の淋しさ、切なさが漂うものの、「君」に対する深い愛のようなものも感じます。

尾崎放哉になぞって書いているのであれば、「僕」自身が病に侵されていて、「君」の記憶がどんどん薄まっていってるのかもしれません。そうではなく、もしかしたら「君」の方が亡くなってしまっているのかもしれませんし、ただなにか事情があって会えなくなった状況なのかもしれません。この辺りは、色々な解釈(想像)をして自分なりに楽しむのが良さそうです。

私は、人と話していると、話す内容に意識が向きすぎるのか、後でその人の顔をよく思い出せないことがしばしばあります。あれ、なんなんでしょうか^^共感してくれる方いますでしょうか^^

だから、「君の目を覚えていない」は、すごくよくわかります。

逆に、その人の声はずっと憶えていることが多いです。あの日、あの場所で、ケーキ食べながら○○のこと話したなぁはよく憶えているのに、その時の相手の顔はぼやっとしてしまうんですよね^^

ちょっと歌詞の解釈とは離れてしまったような気がしますが、共感できる気がします。

そして、最後の歌詞は「さよならすら云わないまま、君は夜になって行く」です。

私は、なぜか「これがこの人と会う最後になるんじゃないか」みたいに思う癖があります。自分にとって大切に思う人ほどそうです。

「さよならすら云わないまま」は、長い別れになるとは思ってなかったみたいな予期せぬ別れを窺わせます。

少し湿っぽくなりましたが、尾崎放哉の「ひとり」であるという淋しさと、それを補完するn-bunaさんの歌詞と美しい旋律、suisさんの包み込むような歌声がマッチした素敵な歌だと思います。

シングル曲ではありませんが、私は好きな曲です。ぜひ、聴いてみてください

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