カテゴリー: 内省

  • ♯78 真の優しさってなんだと考えたら、複雑な気分に^^

    78回目の投稿になります

    ヨルシカの「ヒッチコック」の歌詞に「幸せの文字が¥を含むのは何でなんでしょうか?一つ線を抜けば辛さになるのはわざとなんでしょうか?」という部分があります

    よく考えられた歌詞だなあと思って聴いていると、ある考えが浮かびました

    それは、幸せから1本抜くと辛さになるなら、辛さに1本足せば幸せになるということです

    「なにを当たり前の事を」と思ったかもしれませんが^^

    もし、今、辛い状況の人がいるなら、なにか小さな事(1本の線)がきっかけで幸せの方へ風向きが変わるのではないかと思ったりしました

    音楽聴きながらマラソン練習していると、こういう考えが浮かんでくるんですよね^^

    なんか、いい発見をした気になってます^^

    前置きが長くなりました。ここから本題です

    「優しさ」ってなんだと思いますか?すごく抽象的かつ人によってとらえ方が異なりそうなテーマを、2つの観点で考えてみました

    ・1つ目は、「雨天の友」です

    意味としては「辛いときに見捨てず支えてくれる友情こそ本物の友情である」です。私の好きな言葉です

    「まさかの友は真の友」ということわざもありますが、私は「雨天の友」の方がシャレてて好きですね

    私は、前職で心を病んで、全てほっぽりだして休職しました

    その後、1人だけ心配の連絡をくれた同僚がいたんですね

    その同僚は、自分も数年前にうつ病を発症していて、その辛さがわかるから連絡してみたとのことでした

    部署が違ったので挨拶程度の関係性でしたが、すごくすごくすごーく嬉しかったですね^^

    今は元気になった訳ですが、私はその事を忘れないし、もし身近な人が同じような状況になったら声をかけてあげられる人でありたいと思っています

    もし、誰かの力になれたら「適応障害になって良かった!」とさえ思うかもしれません^^

    ・2つ目は、「相談されたとき」です

    その相手がどうでもいい人、イヤだと思っている人に対しては、私は

    「そのままでいいと思うよ」とか

    「やりたいようにやるのがいいと思うよ」とか言います

    その方が、エネルギー消費が少ないし、会話があまり広がらない感じになるからだと思うんですよね^^

    一方、自分にとって大切だと思う人から相談を受けた場合、妙に力が入ってしまいます

    じっくり時間を使って対策を調べたり、どうしたらいいか自分なりの考えを一生懸命話したりします

    その結果、なにが起こるかというと

    「重めのアドバイスになって、なんかぎくしゃくした空気になる可能性がある」です^^

    相手は、話したいだけで回答を求めていないのでしょうか、またはガチの解決策を提示されてちょっとひいているのでしょうか^^

    こうなると、悲しい矛盾が発生します。それは

    どうでもいい人からは「私の気持ちを尊重してくれた。いい人」認定され、大切な人からは「そこまでじゃないんだけど。なんか重い人」認定されるというすごーく悲しい事態が発生します^^

    誰に対しても「そのままでいいよ」スタンスがいいんでしょうかね

    でもね、私はどうしても「そのままでいいよ」っていう回答は、不誠実な気がするんですよね

    特に、自分にとって大切な人に対しては

    読者様、どう思います?^^

    最近の私は、以前のビビりの自分とは真逆で「やらない後悔よりやる後悔」みたいな感じになっています(数年前とは別人のよう^^)

    変な空気になるリスクも抱えて、自分はこう思うという事を伝えようという気持ちに今はなっています

    仮にその時は響かなくても、もし5年10年経った時にふと思い出すみたいな事でもあれば、「それで本望だ」的なね^^

    という事で、ひとまずの結論としては

    ・優しさとは、相手が辛い状況の時に手を差しのべられる事

    ・相談の回答は、大切な人には「そのままでいいよ」とは言わずに、全力で回答を投げ返してみる。その結果、関係がおかしくなっても仕方ない^^

    この2つを行動指針にしたいと思います

    あなたは、「本当の優しさ」ってなんだと思いますか?

  • ♯77 「一度見限ると二度と戻らない」を再検証したら、解が出た^^

    77回目の投稿になります

    今回は「一度見限ると二度と戻らないを再検証したら解が出た」です^^

    ♯19にて一度書いたものを、自分なりにブラッシュアップというか改めて考えてみました。もしお時間ありましたら♯19も再読していただけると嬉しいです

    前回私は、二度と戻らない事の例として「ゆで卵になっちゃったらもう生卵には戻れない」って書いてます

    我ながらうまい事書いてんなーと思いましたね^^その思いは基本的に今も変わりないです

    では、なぜ改めて深掘ってみようと思ったかというと、最近ずっと考えてる「時間の大切さ」と「自分軸を持つ」が今回の事にも当てはまりそうと思ったからです。少し書いてみます

    まず1つ目の「時間の大切さ」についてです

    二度と戻らないという感情に行きつくまでには「その人に対して我慢してきたたくさんの時間」が存在すると思います

    友人、恋人、家族…

    「次は変わってくれるはずだ」という思いは、相手に期待する事であり、「変わってくれるという判断をした自分」を信じるということであり、それは、かけた時間が長ければ長いほど強くなるかもしれません

    ただ、冷静に考えると、かけた時間やお金や感情の大きさというものは、今までのものは取り返せないけど、これからのものは考え方次第で変えられるとも言えます

    つまり、その人にエネルギーを使う事の徒労に気付き、私の行動が変わるきっかけになれるかもしれない

    「他の事に時間を使った方がいい」と思うようになるかもしれない

    では、なぜ何も言わずに去るのか?それは、一度見限ると、とにかくその人に与えたくないし、与えられたくないと思うからかもしれません

    例えば、怒ったり泣いたり説明したりという行為をすると、もしかしたらそれが相手を改心というか変えるきっかけになってしまうかもしれないみたいに考えたりもします

    もうそういう気付きすらも与えたくないという感情がある事に気が付きました^^

    私、けっこう冷酷かもしれません^^

    こうやって心の中で損切りするのは、自らの精神を守るためだと思います

    怒るのは得意ではないし、怒りたくない。だから、少しずつ関係を薄くしていき、さっといなくなるのです

    そのあと、相手が「これからは変わるから」と言ってくることがあります

    若かりし頃の私は、そこで情が出て「わかったよ」と言って許して関係を継続した事もありました

    でも、その後、結局同じことの繰り返しになることがほとんどでした

    なので、今は、相手の申し出でやり直す事はなくなりました^^

    次に「自分軸を持つ」です

    期待しては裏切られ、期待しては裏切られ、を繰り返すと、自分がすり減っていくというか期待した自分がなんてバカだったんだろうという感情が湧きだし、それが自身のメンタルを低下させる要因になります

    でも、相手の行動は制御できないことを腹落ちして理解できていれば、期待するという感情も、裏切られてメンタルを低下させる感情も必要ない

    つまり、見限るとは「判断を他人に委ねずに自分で決める」というポジティブで主体性のある行為だと考えます

    じゃあ、その判断材料はなんなのかという事になります

    私は、やっぱり「発言より行動を見る」事じゃないかなと思います

    いくら優しそうな事や甘い事を言ってきても、実際相手が自分に対してどのような行動を取るか、または自分に対してどのような行動を取るよう求めるか

    行動の部分に本質が出るのではないかと思います

    それを評価軸にして自分で判断する

    あと、期待しては裏切られを繰り返す時って、視野というか見える世界が狭くなっている気もします

    世界は広いですから、疲弊してまで関係を続ける必要もないのかもしれません。しかもそういう時って、相手はそんなに疲弊していなかったりするしね^^

    私は、「一度見限った」という事実、その判断をした自分の方を信じたいと今は思います

    そもそも、相手との関係性で大事なのは、その人の前では自分は落ち着く、本音を話せるみたいなのが大事

    相手が怒るんじゃないかとか、機嫌を損ねないような行動を取らなきゃとか、そういう思考になっている時点で、心理的安全性がないというか、緊張状態にあると思うし、それって健全じゃない

    40も過ぎると、世の中には色々な人がいる事を知ります

    私が学んだことの1つは、「徹底したテイカー気質の人もいる」という事実です

    私は、相手になにかしてもらったら、感謝の気持ちでなにかお返ししたくなるし、実際お返しします

    心理学の用語で「返報性の心理」とか言いますね

    でも、世の中には、この感覚がまったくない人もいます

    つまり、お返し精神が全くなく、相手から受け取るだけ受け取ろう、もう少し過激に言うと、搾り取れるだけ搾り取ろうみたいな感覚の人もいるってことです

    ここを認識できないと

    「私がこれだけやっているんだから、相手もいつか私になにかを返してくれるだろう」

    っていうふうに思っちゃう気がします

    これも執着のひとつの事例かもしれません

    という事で、またまた長くなりましたが、私のひとまずの「解」としては

    ・状況を常に客観視して違和感を察知する

    ・自分の価値観を相手にも当てはめない事が大切。徹底したテイカー気質の人もいる

    ・発言より行動を観察する

    ・見限って消える事は、自分を守るためであり、主体的に判断を下すポジティブな行為である。逃げでもなんでもなく、自分を取り戻すための正当な行為であると認識し、罪悪感を持たない

    このような感じに落ち着きました^^

    書いていて思いましたが、私はせっかくの限られた時間は、本音で話せて、緊張状態にならない心理的安全性が担保された人と過ごしたいなと思いました

    いつもより感情が出すぎているかもしれません^^

  • 意味がわからないから☆1^^

    72回目の投稿になります

    最近は、読書、マラソン、ブログ、料理などうまく時間を使えている気がしていて、日々充実しています

    充実感があるからか、色々な事にチャレンジングになったし、一喜一憂せず冷静に物事を楽しめるようになった気がします

    10年前くらいの自分に声をかけられるなら「10年後、自由に楽しく生きてるから、なんとかやりすごせ!」と伝えたいですね^^

    あの時の、何かにおびえ、必要以上に気を遣い、自己犠牲を美徳とするというか「自分は幸せになる価値がない」みたいに思っていた自分はどこへ行ったんでしょう^^

    人間、数年で別人になるもんですね

    色々なきっかけをくれた人や本、あと自分に感謝ですね^^

    さて今回は「意味がわからないから☆1」です

    まずはこのタイトルの意味がわからないですね^^

    先月、咽頭炎になり家の近くの耳鼻咽喉科に行きました。そのときに気付いた事をもとに書いてみたいと思います

    ここ数年、耳鼻咽喉科にお世話になった事がなかったので、ネットで検索しました

    そして、自宅から最も近い医院を調べてみたところ、次のような文字が目に入りました

    「口コミ評価…☆1.9」

    いやいや、☆1.9は低すぎでしょ^^ヤバい病院なの?^^

    と思って口コミを見てみる事にしました

    「受付の人があり得ません。こっちを見ずに話すし、マイナンバーカードの提示がわからないと言ったらため息つかれるし。最悪でした(☆1)」

    「受付の人が不愛想で、腹が立ってきます。先生の対応は普通です(☆1)」

    こんな感じのが並んでました^^

    これに強烈に違和感を感じる私はおかしいですか?ここに来ていただいている読者様は、私と似た感覚の方が多いと思うのですが、今の世の中ってこんな感じですか?

    いやいや、ちょっと待ってくれと。病院は何しに行く所ですかと。つらい症状を治しに行くんでしょうと

    それなのに、評価の主軸が「受付の人の態度」なのはおかしくないですか?^^

    なんか、こういう「評価の観点」や「定義」がずれることで、おかしな方向へ行く事って、人との会話でもしばしばありませんか?

    あ、ちなみにその医院の先生は普通に親切で、処方された薬で良くなりました

    受付の方は事務的でしたが、全然気になりませんでした^^

    スミマセン、少し脱線します

    私、あまり接客に重きを置かないんです

    例えば深夜のコンビニの店員さんが、すごく元気に接客されているのを見ると

    「いや、もう少し省エネで、適当でいいよ~」って思っちゃいます^^

    人それぞれ重視するポイントが異なるんでしょうか

    似たような事で私が気になることを2つほど挙げてみます

    読者様方は共感していただけますでしょうか?それとも私の感覚がおかしいんでしょうか?読みながら判定してみてください^^

    ・アマゾンの商品サイトで☆1

    「DVD1枚が大きな段ボールに入って届きました。なんという過剰包装でしょうか。これならレターパックとかで十分です。エコじゃない!(☆1)」

    →私が世間知らずなだけかもですが、例えばアマゾンにおけるDVDのレビューは、作品の中身についてですか?それとも発送の良し悪しについてですか?^^

    私は前者だと思っているので、上記のレビューで☆1は、なんかかわいそうな気持ちになります^^

    ・書評で☆1

    「読んでみたけど、まったく面白くない。というより、内容が難しくて、意味がわからない。買って損した。(☆1)」

    →いやいや^^内容が難しくて意味がわからないから☆1って^^それは、ご自身の読解力が乏しいからではありませんかと

    ある意味、強いメンタルの持ち主という感じでしょうか?

    「良くない自分軸」と名付けてみました^^

    いや、私もありますよ。読み始めたけど、難解で何言ってるかよくわからん本が

    でもね、私は「あ、自分はまだこの本を読むレベルに達していない」って思うんですよね

    でも、考えようによっては、そういう理由で☆1を付けちゃえる人の方が生きやすい感じもしますね

    しょうもない事をダラダラ書いてスミマセン^^

    少し話題を変えます

    私は、口コミとかレビューとかを書いた事がありません

    というか、色々な事に思いを巡らせすぎてしまって、書けないという言い方が正しいと思います^^

    私の感じた事は、当たり前ですが「私の主観」なので、他の人に当てはまるかどうかはわからない

    なので、自分がいいと思ったものでも、他の人にとってはそうでもないかもしれない

    あ、でも、それよりも、商品やサービスを提供する側の事をより考えちゃうかもしれないです

    売る側が売りにしたい事と違う事を褒めても、それは販売戦略やブランディングと違うから嬉しくないんじゃないかとか思っちゃいます

    「お前1人の口コミなんて、そんな影響力ねえよ!」

    って誰か言ってください^^

    ここの読者様方だけは共感していただけると嬉しいです

    しょうもない話に1900字^^いつもホントにありがとうございます

  • 月末ルーティーン~家計管理~

    68回目の投稿になります

    昨年、ファイナンシャルプランナー3級を取得しました

    きっかけは、転職でした

    メンタルを病んで休職した時は、視野が狭くなっていたのもあって、「この仕事をやめたらオレの人生もう終わり」的な感覚でした^^

    その時に私を救ったのが知らないうちに貯まっていた貯金でした(激務で使うヒマなかった説あり^^)

    仮に無職になっても数年は生きのびれるという安心感を覚えたとき、退職に踏み切ることができました

    そこから、お金の勉強を本格的に始める事になります

    NISA枠で投資信託積み立てたり、個人向け国債買ったり資産形成を進めることで、お金(資産)は精神安定に大きく寄与してくれています

    今回は、私の月末ルーティーンである「家計管理」について書いてみたいと思います

    • 家計管理その1…収入の把握

    ・会社員としての月給 

    ・副業収入 

    ・株や投資信託や債券の利益

    • 家計管理その2…支出の把握

    ・固定費(住居費、光熱費、親への仕送りなど) 

    ・投資信託(NISA)への積み立て 

    ・変動費(食費、日用品費、娯楽費など) 

    ・特定期にかかる大きめの支出(自動車税、NHKなど)

    • 家計管理その3…純資産の把握

    収入から支出を引いて月単位の収支と純資産額を出す

    これを月末のたびに自作のエクセルシートに打ち込んで、1円単位で算出します^^

    1円単位は、さすがに狂気じみてますよね^^

    さて、これが当ブログの「内省」のどこと関連するのかという事ですが、それは「支出」です

    私は楽天経済圏で生きているので、ほぼ全ての支出を楽天カードまたは楽天ペイで済ませています

    そうすると、アプリで「なににいくら使ったか」を月ごとに把握する事ができます

    その使いみちについて振り返るんです

    「自分は何にお金を使っているのか」それがつまるところ、自分の思想というか、何を重視して生活しているのかという指標の1つになる感じがするんですね

    考える点は次の3つです

    • その1…月収支を赤(マイナス)にしない

    →まず、「身の丈」を考えます

    収入以上の支出はしないと決めています

    今より資産がなかった若い時も「収入<支出」になった事はないと思います

    おばあちゃんも「シュンや、借金はしちゃいかん。借金は幸せが逃げるでな」と言っていましたので^^

    おばあちゃん、私、言いつけを守って生きてますよ^^

    最近はありがたい事に投資信託の収益がいい感じなので、NISAに積み立てるためのお金を先取りしてしまったら、後は頑張って使い切るようにしています^^

    よく言えば真面目な人生でしたが、裏を返せばあまり冒険しない人生だったなと思っているので

    自分の人生を取り戻すかのように、生き急ぐかのように体験や経験にお金を使っていますね^^

    • その2…価値のある支出、価値のない支出に分ける

    →これについては、支出の「額」ではないイメージです

    50000円の支出でも価値があると思えればそれで良し、100均の商品であっても無駄だったなと思えば反省します^^

    しかも買った物やサービスが価値あるものだったかって、少し時間が経過してからわかるものじゃないですか

    例えば、この本は何度も読む愛読書になったから価値ある買い物だったなとか、この服は買う時はいいなと思ったけど1回しか着てないじゃんとか

    そういう感じで「価値」を月末に仕分け、次回以降の買い物の際に思い出すようにしています

    • その3…価値の判断は変化しうる事を認識する

    →今までは価値があると思って買っていた物、利用していたサービスについても、定期的にその「熱」を客観視するようにしています

    経済の世界だと「損切り」とか「サンクコスト」とか言います

    今まで使ったお金や時間が多ければ多いほど、惰性で買い続けたり利用し続けてしまう事もあると思います

    使っていた時間やお金が無駄だったと思いたくないという心理的な抑制が大きいと、不要だとわかっていてもそれに目を背ける的な事もあるので、「これは本当に必要な支出か」を月末に冷静に考えるようにしています

    さてさて、色々と小難しい事を書いてきましたが、お金って生きるのに大切な要素だと思います

    お金がある事と幸せは必ずしもイコールにはならないと思います

    資産家でも孤独な人もいれば、貧乏してても夢に向かってキラキラしている人もいると思います

    でも、お金がある事と不幸せじゃないはイコールになる気がします

    なんやかんやお金で解決できる事もあるし、ある程度のお金がある事で選択肢や自由度が増えます

    仮に私が貯蓄0だったら、転職する決断もできずダラダラ仕事を続け、その辺で死んでたかもしれません^^

    だから、私にとって家計管理はメンタルを保つ重要なルーティーンになっているんです

    お金の事ってすごく大事な事なのに、親から教育を受ける事もないし、周りの人と話すのも少し抵抗がありませんか?

    そういう事も気軽にお喋りできる人がほしいですね^^

  • 長谷川あかりさん

    64回目の投稿になります

    少し前に「馬」というタイトルの文章を書いてみたんですが、それ以降、「スポーツベッティング」のサイトへ誘導するっぽいコメントが付くようになりまして、閉口しています^^

    「あ、コメント来てる!どれどれ」

    と思って開くと「スポーツベッティングの世界へようこそ!」的なスパムコメント^^

    設定でブロックできると思うので、なんとかします

    あ、先日の追いLINEがどうたらこうたら書いた投稿に初めてコメントが付きました^^

    嬉しいものですね^^ありがとうございます

    さて今回は「長谷川あかりさん」です

    料理家の方で、タレント業などもされているようですが

    長谷川あかりさんの作るレシピが、簡単なのにとっても美味しくて、しかも独創的なんです

    私、料理が好きで普段はほぼ自炊なんですが、何品か作ってみて、すっかり長谷川あかりさんのファンになってしまいました^^

    最近作ってみたレシピをいくつか書いてみます

    ・「ちくわとじゃがいものバター煮」

    材料は、ちくわとじゃかいものみ。調味料も塩と料理酒とバターだけ

    これを、じゃがいもが隠れる位の水量で煮ていく。煮る前に調味料も全部入れちゃう。水気が飛んだら塩で味を調えて完成

    特別な手順も調味料もなし。ですが、めちゃくちゃウマいんです^^ビックリします

    本人もYouTubeでお話をされていますが、入れてないはずのたらことかホタテとかの味がするんですよね^^

    たぶん、ちくわの主成分である「すり身」のダシが出てるのかな。バターのコクもあって最高です。週1くらいでヘビロテしてます^^

    あ、そうそう。やっと、写真の添付ができるようになりました^^

    今回は、実際に作った料理の画像を載せてみたいと思います

    こんな感じです

    美味しそうでしょ^^

    ・「塩マーボー豆腐」

    豆腐の水切り不要、油不要、使う調味料は豆板醤と塩だけ。豆腐だけでもOK。お好みでひき肉やえのき茸など入れてもいい

    これも、何も特別な工程はないのに、とっても美味しいです

    これを知ったら「もと」を買う必要ないですね

    今回は、冷蔵庫にひき肉もきのこもなかったので、ハムを細かく切って入れてみました^^

    私、先月このレシピを知ったんですが、歯の手術で柔らかい物しか食べれない日々が続いていたので、その時期に知りたかったですね こちらも、こんな感じです^^

    料理の周りが汚い^^

    ・「マグロとアボカドのドレッシング和え」

    マグロとアボカドを角切りにし、ドレッシングで和えるだけ。黒コショウかけてもいい

    あと、このレシピのいいところは、アボカドの食感がなめらかなので、マグロは安い赤身の方が美味しいということです

    ドレッシングも色々な種類でも美味しいです。私のオススメは「にんにくポン酢」かな

    これもめちゃくちゃ美味しかった^^

    最近は、SNSやYouTubeを見ながら長谷川あかりレシピを作るのが楽しいです

    料理って、私にとってはメンタルを整える趣味というか作業の1つです

    食材を切ったり、調味料を合わせたり、マルチタスクになるように手順を見通したりという事をしていると

    仮に悩みや疲れがあったとしても、作業に没頭することで忘れられる感覚があるんですよね

    「瞑想」とか「マインドフルネス」とか言う言葉がありますね

    呼吸を整えて、何も考えない「無」の状態を作ることがメンタルに良いみたいな

    私、それ、ダメというか向いてないんですよね^^

    「ハイ、座禅を組んで、ゆっくり呼吸して何も考えませんよ~」って言われてもね…

    考えちゃうんですけど^^

    これ、わかってくれる方いませんかね?^^

    ただ目を閉じて呼吸しているだけだと、なんか色々考えちゃうんです^^

    「さっき、○○さんに変な言い方しちゃったかな。後でLINEしておこうかな。でも、LINEだとニュアンス伝わらないから次会った時に話した方がいいだろうな。あ、ダメダメ、今は何も考えちゃいけない時間だった^^よし、考えない考えない。あれ?今、『考えないってことを考えちゃってる』んじゃね?^^」

    みたいな^^難儀な人間ですわ^^

    私はたぶん、一生「悟り」みたいな境地には行けないですね^^

    だから、料理のような「作業」をしている方が、包丁を扱ったり火加減を見たりという程よい集中状態を必要とするので、他の事を考えなくていいんですよね

    少し脱線しました^^料理って、節約になるし、好きな具材で好きな量作れるし、ジジイになってもできるし^^

    いい趣味だと思います

    今日も「ちくわとじゃがいものバター煮」作るんだ^^

  • 追いLINE、ダメ、ゼッタイ^^

    60回目の投稿になります

    いつもありがとうございます

    さて今回は「追いLINE、ダメ、ゼッタイ」です

    何かの標語になってたような^^薬物乱用かなんかだっけ

    まあ、タイトルはいいとして、今回は私のLINEについての考えを、主観や偏見たっぷりに書いてみたいと思います

    LINEというのは、扱うのが難しいツールだと思います

    文字による伝達のため、放った言葉のニュアンスや温度感が伝わりにくい面があると思うからです

    対面だと相手の表情でわかる部分もあるし、電話でも声のトーンなどでわかる部分もあると思います

    LINEにはそれがない。だから、必要以上に重く受け取られてしまったり、相手の真意を読み取りにくかったり、などという事が起こりやすいものだと思います

    ここまでは何となく共通理解が図られているかと思います

    ここから、私のLINEの使い方含め、追いLINEについての考え方を書いてみるので、「あなた、変ですよ^^」と思った方は、ぜひご意見いただければと思います^^

    ・「既読無視」という概念がピンとこない^^

    たぶん私がLINEを「なんとなくの会話のやり取り」ではなく「連絡手段」と考えているからだと思います

    自分が送信した内容に、既読が付きますね。こちらからすると、「あ、読んでくれたんだな」ってなるじゃないですか

    だから、私、返信不要ですって思っちゃうんです

    だから、既読無視って普通でしょって^^

    これ変ですか?^^

    「既読=よし、伝わった!」みたいな感覚なんです^^

    仲を深めるのは、会った時に、会話を深掘っていくことで共感や親しみやすさを育むことしか基本無理だと私は思っています

    もちろん、リアルタイムでやり取りする事もありますよ。でも、それは、なにか連絡に付随する内容になりがちですね

    「何してるー?」とか「今ヒマなんだけど」みたいな使い方は皆無ですね^^

    例えば、「22日に約束してたカラオケ、予定通り15時に歌屋○○店で予約するね。不都合あれば返信ください」

    こんな感じで送ります。だから、相手が読んで、特に問題なければ返信いらないって思うんです。だから、既読がついた時点で「相手には伝わった。ミッション完了」みたいに思っちゃうんです^^

    変ですかね^^

    ・普段は、基本「通知オフ」^^

    私、やり取りする人は少ないんですが、基本は通知オフにしています

    なぜかと言うと、自分が読書していたり、こうやってブログを書いたりしている時に通知音が鳴ると、集中が途切れてしまう感覚があるからです

    特に、読書していて本の世界に没頭している時などは、急に現実世界に引き戻された感覚になってしまうので、オフにしています

    LINEを、受動ではなく能動的に使いたいというのもあると思います

    だから、キリのいいタイミングで自らLINEを開いて通知の有無を確認したい、という事で通知オフですね

    ホントに緊急なら電話来るだろうと思っています

    これも変なのかな^^

    ・「?」で終わる質問を投げない

    私から「?」が付く形でのLINEはなるべく送らないようにしています

    理由は、返事を相手に求めているように感じるからです

    気にしすぎと言われる事もありますが、私は、先ほど書いたように、LINEの通知音で自分の集中が途切れるのを嫌うのと同じように、相手の時間を奪いたくないと思ってしまいます

    優しい方などは「気にしないで質問していいよ。その方が楽しいし」などと奇特な事を言ってくれますが、やはりちょっと抵抗がありますね^^

    だから、基本こちら発信では質問を投げない使い方をしています

    そりゃあ友だちもいないし、「私の事、大事に思ってないでしょ」とか言われる訳だ^^これを書いてて色々思い出しました^^

    えーと、大変申し訳ないですが、本題の「追いLINE」の話題に行く前に、すでに1700字です^^

    続きは次週にしようかとも思いましたが、もう少しお付き合いいただけます?^^

    「いいよ」という声が聞こえた気がしたので、続行します^^

    さて、「追いLINE」です(やっと本題^^)

    調べてみると、追いLINEの定義は

    「一度LINEを送り、相手からの返信が来る前に、再度メッセージを送ること。『おーい』『返信まだ?』のように返信を催促する事も。一般的に良くない行為として使われる」とのことです

    なんかすごい話ですね^^自分にはこの感覚が全くないのですが、先日、知人と話の流れで追いLINEが話題となったので(どんな話の流れで?^^)考えてみます

    まず、送信したんですよね。んで、相手から返信がないと

    私なら、追いLINEする前に相手の状況を考えると思いますが、どうなんでしょう

    「忙しいんだろうな」とか「まだ気付いてないのでは」とか「どうでもいいと思われてるかな」とかかな?

    でも、仮に最後のパターンだとしたら、悲しくはあるけど仕方なくないですか?

    それって、それまでのLINEの内容が重かったとか、会った時に魅力が感じられなかったとか、そういう今までの自分の言動で「返す価値ナシ」または「優先度低い」って判断されたって事だし

    追いLINEが嫌われるのって、もしかしたら、送信側の自分本位さが透けて見えてしまうからなのではないかと思ったりしてきました

    あと、返信ペースって人それぞれな気がします

    相手が1日くらい返事しないタイプなら、待つしかないですよね

    私の知人には「LINEは1日1回21時にしか開かない。そこで通知を確認してばーっと返す」という人もいます

    私だって、仕事中は基本見ないし、3時間くらいぶっ通しで読書したりするからその間は見ないし

    それを催促してしまうという事は、やはり自分本位な感じがしてしまいますね

    なんか、結論出た気がします^^追いLINEがダメなのは「自分本位」だからです^^相手を尊重できない余裕のなさから来る行為だからです。以上です!!

    って乱暴に終わるとアレなのでもう少し^^

    でも、基本はやっぱり「相手を思いやる」ってのが大事な気がしますね

    送る相手の生活リズムや仕事の状況、性格などなど

    例えば、「ピアノは夜8時以降弾いてはいけません」みたいなのあるじゃないですか

    それって、隣近所に迷惑だからその通りだと私も思います

    でもね、LINEにおいてはそうとも言えないんじゃないかと思うんです

    例えば送る時間。80歳のおばあちゃんには朝6時に送ってもOKだけど、夜11時に送っちゃダメだと思うんです^^早寝早起きだからね^^

    でも、夜勤の友人には夜11時に送ってもいいと思うんです。逆に午前中は寝てるだろうからやめようみたいな

    例えば送る文の長さ。一般的には「長文LINEは嫌われる」とか言いますね

    でも、長文LINEの応酬を楽しめる共通理解が2人にあるのなら(レアケースかもだけど^^)送ってもいいと思うんです

    だって、好きな人から長文LINE来たら嬉しいでしょ^^私は文字のコミュニケーションが好きなので、長文LINEは歓迎です

    なので、極論を言えば「追いLINEしてもウザがられないような関係性を事前に築いた上で楽しくLINEする」が最適解なのかもしれません

    相手がどんな状況かを考えて、相手を尊重する態度が大事なんじゃないかなと思いますね

    それか、LINEにそこまで心奪われなくてもいいくらいに時間を割ける趣味や勉強に取り組んでみるとか

    うん、なんか、色々勉強になりました^^私も追いLINEはしないけど、LINEの使い方、改めて確認してみようと思いましたね

    今回の内容は賛否ありそうなので、気になる点があれば教えていただければと思います

    2900字になってしまいました^^いつもスミマセン

  • 「こっちは客だぞ!高い金払ってんだぞ!」について^^

    56回目の投稿になります

    大正、昭和くらいの文豪の本を読んでいると、見慣れない漢字、熟語、慣用句、表現を目にします(梶井基次郎「檸檬」の「驟雨(しゅうう)」みたいなイメージ。ちなみに驟雨とは、突然の雨、にわか雨のこと。しゃれてますよね^^)

    そういう言葉を書き留めています

    漢字検定は、高校3年生か大学生くらいに取得した2級で止まっているので、準1級チャレンジしてみようかなと思案中です。難易度高いのかな?

    さて、今回は「こっちは客だぞ!高い金払ってんだぞ!」についての考察です

    私、バスの運転手を仕事としています

    先日1泊2日の貸切の業務中にこんな事がありました

    (一般道を走行中)

    客の代表者(以降「客」)「おい!この先に○○っていう写真撮れる所あるみたいだから、ちょっと寄ってくれや」

    私「申し訳ありません。行程表にない所は基本的に寄れません。駐車場の有無も確認できませんしちょっと難しいですね」

    客「バーっと降りて写真撮ってすぐ戻ってくるから、道路に停めときゃいいじゃん」

    私「社の規則上、ちょっと難しいですね。これ以降の行程がずれ込むと、夕食の時間に差し支えますし」

    というやり取りの後に発せられたのが、今回のタイトル

    「こっちは客だぞ!高い金払ってんだぞ!言う事聞けや!」だったんですね^^

    私が思う「客と従業員の関係」について、少し考えを書いてみたいと思いますね

    私は、客と従業員の立場は「対等」だと思います

    客が提供するものはお金です。お金を支払う代わりになんらかの物またはサービスを受けます

    従業員が提供するのは物またはサービスです。その対価としてお金を受け取ります

    それは、支払いがあった時に「このサービスに対してこの金額」という契約が成されたとされます

    という事は、「客だから」という理由で何でも言う事を聞く必要はないし、「金を上乗せするから」と言われて契約以上の事を提供する必要もないはずなんです

    そういう意味で両者の関係は「対等」であると私は思います

    私で言えば、私はお金をいただいてお客さんをA地点からB地点に安全に運ぶのが仕事

    C地点に寄るのは業務外です

    それは「3000円あげるから」と言われてもお断りしないといけないんです

    でも、お客さんの中には、金を払っているから「客の方が立場が上」と考えて、なんでもかんでも要求してしまう人も、残念ながら一定数いる感じなんですよね

    そういう方は、働いたことないのかな?^^逆の立場になればわかりそうな感じもするんですがね

    あと、「予算をケチる客ほど要求が多い」というのも、この業界あるあるです^^

    この行程だと2泊3日ですよという行程を1泊2日に無理やり詰め込む

    そして各行程の滞在時間が短くなり集合時間に集まらない

    行程が遅れ始める

    高速道路を120キロで行けとか言い出す^^

    断ると「高い金払ってんだぞ!なんとかしろ」とか言う^^

    あ、もう1個あるあるありました

    「高い金払ってる」って言う客は最安のプランである事が多いです^^

    高いプランを選ぶ方で料金の高さを言ってくる人ってホントいませんね

    あ、なんか、ただの仕事の愚痴みたいになっちゃいましたね^^スミマセン

    まあ、先ほどのような事を言ってくる客(あえて客と呼びます^^)って、なんか布石というか前兆があるんですよね

    先ほどの例だと「タメ口」ですね。「おい!」の段階で、ああ、何となくヤバそうだなと思います

    あとは、時間にルーズ、バス車内の至る所にゴミ放置、こちらの挨拶を無視、などなど^^

    やっぱり、お金や時間、気持ちなどの余裕が大切なんでしょうかね

    自分が客側としてサービスを受ける立場の時は、従業員の方の仕事ぶりに感謝できる気持ちを持ち続けたいものですね(年齢性別の差別はいけませんが、できない要求をするのって、50代以降くらいの男性が多いんですよね。私もあと10年もすればそのゾーンに足を突っ込むという自戒の意味も込めて^^)

    もちろん、契約した条件が受けられない時は苦情を言っていいと思います

    例えば、お弁当がホームページの写真と違って実物はすごくしょぼかったとか

    それは契約不履行なので言うべきだと思います

    それ以外の過剰な要求は、少なくなるといいなと思いますね

    働く人はロボットではなく、感情のある人間なんでね

    人によっては、働く事で自分が受けたストレスを、客の立場になった時に発散してしまう人もいるのかな

    それか、強く言って要求が通った事があって、そういう良くない成功体験で味を占めちゃっているとか?

    そう考えると、契約内のサービスは真摯に提供するけど、それ以上の事は毅然と断るという従業員(会社)側のきっちりとした線引き(態度)も必要なのかもしれませんね

    最後、少しまとまりがなくなった気もしますが、思った事を書いてみました

    読者様方も色々なお仕事をされていると思いますが、共感していただける部分があれば幸いです

    生きづらい世の中ですが、なんとか手を取り合って乗り切っていきましょう^^

  • 外見を褒める事ができません^^

    52回目の投稿になります

    最近、Spotifyのアイコン変わりましたよね^^

    よく見るとミラーボールですが、緑の虫がこっちに口を開けているみたいな感じがして、タップする時ちょっと躊躇します^^指を噛まれそうみたいな

    そんなしょうもない事考えてる40代男、絶対イヤですよね^^これもここだから言える事ですね^^

    さて、今回は「外見を褒める事ができません」です

    先に言いますが、今回のはあまり共感してもらえなさそうな気がしています。なぜなら自分でも「それはどうなの?」と思う部分もあるからです^^

    あまり期待せず続きをお読みください

    例えば女性に会うとして、会った時「かわいいね」「綺麗だね」と言えません^^

    「かわいいなあ」「綺麗だなあ」と思ってはいます^^

    なぜ言えないのかを自分なりに考察してみました

    まずは、褒める事自体が恥ずかしいという事ではなさそうです。外見以外の部分は普通に褒める事ができます

    では、なんなのか?

    これは、私は、外見を褒める事を「タダ」とか「軽い」とか思っているからじゃないかと

    もう少し詳しく書いてみますね

    「かわいい」って褒めるのって、その場ですぐ言えちゃうから、なんか軽い感じがしちゃうんですよね

    それなら、相手と会話する中で発見した内面の素晴らしさ、努力している事に対しての尊敬などを言葉に出して褒めたいと思ってしまいます

    「その考え方って自分にない感覚でカッコイイ」とか「相手を思いやる気持ちが素敵だね」とか「○○を教えてくれて楽しかったありがとう」とかは全然言えます

    それと、自分が褒められる側になったと仮定した時に、「カッコイイ」とか「その時計(服、靴)ステキ」とかってあまり嬉しくないのもあるかもしれません

    「褒める」という事がすごく大事な行為だと思いすぎているんでしょうか

    でも、外見を褒めるのって、今の若い世代とかだと男女問わず美容整形やスキンケアなどお金や時間をかけてしっかりされている方も多いので、それは私が言う所の「努力」になりますよね

    そう考えれば「かわいいね」も日頃の努力を褒めている事になるような気もしてきます

    あれ?今回の内容、過去イチしょうもない気がしてきた^^

    会った瞬間にふわっと軽く「○○ちゃんかわいいね!」とか言える人を見ると、羨ましいとは思いませんが、なんか感心しちゃいますね^^

    この件に限らず、私はもっと色々適当でいいんでしょうね

    これの亜種として、「どっちが似合うかな?」問題もあります^^

    女性が私に「ねぇ?髪長いのと短いの、どっちが似合うかなあ?」と聞いてきた場面です

    その時の私の脳内はこんな感じです

    「自分の好きにしたらいいと思うけど。あ、でもこれそのまま言ったら波紋を起こしそう。どうでもいいっていう意味合いじゃないんだよ。ほら、ファッションとかオシャレとか全く見識のない私が判断すべきじゃないんじゃない?そもそも私といる以外の時間もある訳だからやっぱり自分で決めた方がいいような…」

    などと考えた結果、「どっちも似合うと思うよ」などという、なんの毒にも薬にもならない事を言ったりします^^

    でも、「本当に心から○○の好きにしたらいいと思うんだ」と言ったら地獄になりませんか?^^

    同じような事例として、服を一緒に見に行った時の「これとこれ、どっちが似合うと思う?」も私にとっては難題です

    たぶん微分積分の方が簡単だと思います^^

    「え?これ、本当に50:50で悩んでる?実は70:30くらいでどっちかに傾いていて、それをオレに後押ししてほしいみたいな感じになってない?それだとしたら正解を選ばないといけないよね。個人的には左だけど、ファッションセンスないからどうしよう」

    で、「どっちも似合ってるよ」になる訳です^^

    書けば書くほど40代男の悩みじゃないですね^^もうやめます

    もう解決法はわかっているんです

    それは「頭の中でぐるぐる考えている事全てを相手にさらす」事です^^

    それで、「あなたはそういう人だもんね^^」と笑って流してくれる人と関係性を深めていくしかないと思っています

    または、ありがたい事に相手が私の事を好きだと思ってくれていて、私の意向に沿いたいという事なのであれば「髪、短い方がいいよ」とか「左の服がいいよ」とか言えばいいんです

    ただそれだけなんです^^

    でも、それもなんか相手を支配しているような感覚になってしまって気後れしてしまうんですよね

    「自分なんかが、そんなそんな」みたいな

    こんなしょうもない話題に長々付き合っていただきスミマセン

    今日も1700字^^

  • 他者に期待しない

    48回目の投稿になります

    昨日のハーフマラソンから一夜明け、足が生まれたての子鹿です^^プルプルしてます

    フルマラソンだと私はどうなってしまうのでしょうか^^

    さて、今回は「他者に期待しない」です。またまた重くなりそうなタイトルですができるだけライトに書いてみたいと思います^^

    「ま、そんなものだろうな」

    という感情がいつも頭の片隅にあります。例えば約束が守られなかったとき、例えば相手の発言と行動が一致していないとき、例えば嘘をつかれたとき

    そういう時には、怒りよりも先ほどの言葉が浮かびます

    なので、最近は、不義理な事があっても怒る事は全くと言っていいほどなくなりました。怒らなさ過ぎて逆に怖いと言われることもあります^^

    この前、この「怒り」について少し考えるタイミングがありました

    私はなぜ、他者に対して「キレる・怒鳴る」という行為をしないのかという事についてです

    「オレはこんなに怒っているんだぞ」という事を相手に伝えるためには、キレたり怒鳴ったりするのが最もわかりやすいとは思います

    でもね。私はそれ以上に「怒鳴るという行為を自分自身が良しとしていない」みたいな感覚があるんですよね

    だから、怒鳴るより、急にその人の前から姿を消すみたいな動きをしちゃうんですよね^^

    すごーくカッコつけて言うと「怒鳴ることは自分の美学、美意識に反する」みたいな感じです^^

    カッコつけてますねー^^

    話を戻します。自分の中での「他者に期待しない」というのは、言い換えると「自分がコントロールできない領域については、関心を持たない」という感じでしょうか

    そのように考えれば、期待するという行為自体が、不確定なものに自分の想いを託す事になり、それは良くも悪くも執着や依存を生み出してしまう遠因になるような気がするんです

    執着や依存は、相手が上の立場になりやすく、過度な自己犠牲によるいびつな関係になりやすいですし

    だから私は必要以上に期待しないのかもしれません

    人間関係で言うと「来る者拒まず、去る者追わず」といったところかもしれません

    でも、私はお釈迦様ではありませんから、不義理な事に出会った時は、それなりにイライラするし、失望します

    イヤな思いを必要以上に感じないようにするための予防的措置みたいな感じで、「他者に期待しない」のがいいと思おうとしているのかもしれません

    この辺りは、まだ自分の中で結論が出ず揺れている感じですね

    孔子は「40にして惑わず」と言いましたが、私は惑ってばかりです^^不惑には程遠いですね^^

    少し角度を変えて考えてみます。それは、「じゃあ、何に期待するのか?」という事です

    それは「自分」なんだろうなと最近は思っています

    自分のなにに期待するのか?

    それは、自分の可能性、頑張る姿勢、ダメな所も受け入れる強さ的な事でしょうか

    環境や状況的には不遇で、抜け出す事が難しい状況でも、考えたり自分を励ましたりすることについては誰もが平等にできると思います

    あ、これ、すごくいい表現ですが、フランクルの「夜と霧」に書いてありました^^とってもいい本だったので、後日紹介します

    長々と書いてきましたが、他者に期待しない事の最も大きな効用について書いて終わります

    それは、「考え方や価値観が合う人に不意に出会ってしまった時の感動がエグい」という事です^^

    急に仮面外してさらけ出したくなります^^

  • カフェでテイクアウトできない^^

    44回目の投稿になります

    今朝、私が住む地域でまあまあ大きめの地震がありました

    震源に近い訳ではなかったのですが、私の住む自治体では震度4という事でした。緊急地震速報はドキッとさせられますね

    私は運輸(交通)系の仕事をしているので、朝からダイヤが乱れ、忙しい1日でした。地震の時、私は出勤途中でした。(しかも朝ラン中でした^^)どこにいても「今、災害が起こったら?」みたいな想定も大切なのかもしれませんね

    さて、今回は「カフェでテイクアウトできない」です^^

    急にゆるい内容です^^何となく共感してもらえなさそうな雰囲気が漂っていますが、書いてみますね

    商品やサービスを購入するとき、私は購入金額の内訳に考えを巡らせる変な癖があります

    例えば美容室で髪を切って支払った代金が5000円だとしたら、「3000円は店員さんの人件費、500円はシャンプーや顔剃りなどの消耗品費、500円は土地やテナント費、200円は水道光熱費、あと300円は…なんだ?」みたいに^^

    ちょっと気持ち悪いですか?^^

    今日は、この考え方が前提の話を書くので、ついて来れなさそうな方は離脱していただいてもかまいません^^スミマセン

    この考えをカフェのコーヒーに適用する訳です

    例えばスタバでスターバックスラテを飲むとします。トールサイズで500円です

    そうすると、私はこんな風に考えてしまうんですね

    「イートインとテイクアウトで、どうして価格が一緒なの?^^」と

    私にとってカフェのコーヒーを飲むという行為は「店内の雰囲気を楽しみながら、本を読んだり、PCで作業させてもらったりする事」が大きな要素なんです

    店内の雰囲気込みの500円なんです

    この感覚、わかっていただけますか?^^

    好きな文庫を持って、コーヒーと本以外なにも自分を妨げる事のない状況で読書を小1時間楽しむ

    最近は「サードプレイス」なる言葉もあって、家と職場(学校)以外の第3の場所として、素になれる場所の1つとしてカフェがあるように思います

    私なんかは、職場では分厚い仮面をかぶっていますし^^それは友人であっても家族であっても、本当の素の自分で付き合う事ってほとんどないんです

    だから、誰も自分の事を知らないであろう場所で、誰にも邪魔されず本を読める場所というのが貴重なんです

    こういう考え方もあって、カフェは場所を味わうものでしょ?っていうのが「テイクアウト=もったいない」になるのかもしれません

    私は500円のうち、400円くらいを「場所代」として支払っている感覚なんです^^

    今、我に返りましたが、これただのケチなオジサンの話になってます?^^

    あと、これも今思いつきましたが、やっぱりネットの匿名性って使い方次第でいいものでもありますよね

    例えばリアル世界の知人にこの件を話してしまうと、その人と出かけて「カフェ寄る?」的な話になったときに、相手の心の中で「あ、こいつ、テイクアウトしたくない人だ!」って思われるの、イヤじゃないですか^^

    あと、これって全然「内省」じゃないですね^^オジサンの変なこだわりに読む時間取らせてスミマセンでした

    最近、投稿内容の振れ幅が大きい気がします。好きにやってるブログだから、ま、いっか

    なんか今日の内容、すごく不毛な感じがする…。でも、もう20:30だ。いいや、投稿しちゃえ!

    これに懲りず、またお越しください^^