読書記録「東大うつ」
著者:西岡壱誠
出版社:ベスト新書
初版:2026年7月
92回目の投稿になります
先日訪れた札幌の書店で偶然見つけた本です
この本は、軽い気持ちでカフェで読み始める本ではありませんでした。私の幼少期からの生き方、大学時代の憂鬱が書かれていて、危うく泣きそうに^^
タイトルは「東大うつ」となっていますが、受験勉強を真面目に頑張って、ある程度の大学へ合格した人なら、大いに共感できると思います
私は北海道の小さな国立大学で、東大とは比べるべくもないですが、たくさんの気付きのある本でした
タイトルが目を引くように「東大うつ」となっていますが、「大学うつ」として読んでも問題ないと思います
この本のいいところは、うつになった人を個人の問題とせず、構造の問題としているところです
そこがすごく救われます
- うつ発症のケース
・受験は、努力が数値として帰ってくる。でも、入学後は「次の目標」がなくなる。「で、次なにをすればいいんだろう?」と思ったら何の意欲もわかなくなった
・親の勧めで東大を受験したIさん「自分の人生を自分で選ぶという回路が一度も起動しないまま大人になってしまった私は、初めてその回路を必要とした瞬間に、立ち尽くしてしまった」と回想した
→すごく良くわかります。私も今思い返すと親の期待を背負わされて、教師を目指すというレールに乗りました
そうすると、肝心な所で踏ん張りがきかないというか、頑張れない感覚がありました
どこかで「他責」というか「真剣になれない」というか…
言語化が難しいですが、自分の気持ちに向き合わず大学生になってしまった感がありました
第2章 7人のケースから見える「うつになりやすい人の特徴」
- 挫折経験の少なさ
勉強という分野で失敗しにくい。これが意味するものは、新しい何かへの挑戦をしなくなるという事。勉強が「失敗しない安全な場所」になる。その結果、挫折経験がないまま東大へ行くことになる
- 評価軸の少なさ
勉強ばかりの人は、自分の価値を測る物差しが勉強に一本化されやすい
大学に入り、就活が始まり、正解が見えなくなった瞬間に「勉強を頑張ってきた自分」という軸が揺らぐ
そして心が不安定になる
勉強以外の経験がある人は崩れにくい
趣味、アルバイト、恋愛、ゲーム、釣り、料理。「勉強以外の場所にも、自分がいていい」と感じられる人は、1つの軸がうまくいかなくなっても、別の場所で呼吸をする事ができる
- 反抗期のなさ
成績が安定して良い、学校の先生からも高評価、親のいう事をきちんと聞くいわゆる「いい子」。理想的な成長過程に見えるが、これが落とし穴
親や先生の期待に応えられる能力があるという事は、自分で考えて選ぶという必要がなかったという事
小中高時代にうまくいきすぎた結果として、自分で考えて方向転換する訓練、反抗してでも道を変えるという経験を積めなかった
これに一人暮らしなど環境の大きな変化も重なると、自分がどこに進めばいいのかわからなくなってしまう
- 就活期にうつが出現しやすい
高校までの世界は、指標がとても明確。偏差値、順位、合否。どれも「次に何をすればいいか」を数値で教えてくれる
しかし、大学以降は成功の定義が一気に曖昧になる
私のように単科大学(教育大学)へ進んだ感じだと、進路の軌道修正は非常に難しいです
ただでさえ決断した経験が少ないのに、「先生を目指すのをやめる」事は、進路変更ではなく「無」とか「闇」みたいな感覚になりました
教育実習へ行って、先生に向いてないかもというのはぼんやりわかっているのに、だからと言って他の道も見えない
「引き返せないところまで来てしまった」感が大学3~4年の時の私の素直な感情だったと思います
まさに、以前紹介したヨルシカの「ヒッチコック」の心象風景ではないでしょうか
「そんなの君にしかわからないよなんて言われますか?」ってね^^
結局私は、30代半ばまで自分を騙しつつ仕事を続け、その後ぶっ壊れる訳ですが^^
それなら大学時代にぶっ壊れといた方が良かったのか?なんて今俯瞰して見ると思ったり思わなかったりしますね(どっち?^^)
続きは次回です
今回の本は、わかる方にはすごく刺さるのではないかと思います。ピンときてない方ごめんなさい^^
次回は、「じゃあどうすればいい?自分だけだと無理な時の処方箋」として、うつから抜けたエピソードを中心に、こちらも構造的に書いてみたいと思います
最近、自ら心をえぐられに行っている気がします^^Mなのでしょうか?
でも、自分を再構築する大事な作業である気がしています
重い気持ちになった方、ごめんなさい
もう少し、私の内省にお付き合いください^^

コメントを残す