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  • 「ヒッチコック」ヨルシカ

    37本目の投稿になります

                                                                                               

    今回は、好きな歌紹介です。ヨルシカの「ヒッチコック」です

    アルバム「負け犬にアンコールはいらない」に収録されていて、明るく爽やかなメロディーラインなのに歌詞は考えさせられる、まさにヨルシカを象徴したような曲だと思います

    私がこの曲で好きな部分は「私」と「先生」のやり取りです

    「私」は「先生」に、人生相談という形で様々な考えや疑問をぶつけます

    「この先どうなら楽ですか?」「どうでもいいんですよ、生きてるだけで痛いんですよ」「そんなの君にしかわからないよなんて言われますか?」などなど

    そして、先生からの具体的な回答は詩の中からは窺い知ることはできません

    んで、ここからは私の想像なんですが、先生は、「私」のどの考えや意見に対しても回答していないんじゃないかと思います

    その態度は一見すると冷たいとか無関心とかとも取れます

    生徒の困り感に寄り添っていないじゃないか、と

    ただ、ここで私が思うのは、「私」の悩みに回答する事が、本当に先生として誠実な行為なのか?ということです

    もし先生自身も「私」と同じような困難さを抱えていた経験があったり、現在進行形で抱えていたりするのであれば

    「その悩みの大きさや深さは人それぞれだし、解決に向かうアプローチだって様々。それは本人が葛藤して見つけ出すしかない」

    と考えても不思議はないなと思ったりします

    実際、「私」は、ニーチェの哲学やフロイトの精神分析を読んだ事も窺えますし、もがいてなんらか行動しているように見受けられます

    それなら、「拙速に回答しない事」こそが最も誠実な態度であるという考えを先生は持っているのかななんて思ったりしました

    そうすると、ずっと口を閉ざしたままの先生の存在も、少し見え方が変わってくるかなと思ったりします

    このあたり、私もそれぞれの立場になった時は色々考えますね

    相談される立場の時は、誠実に答えようと思えば思うほどその場で回答せず「次会う時までにちょっと自分も考えてみるね」とか言って、即回答しない事があります^^

    そして、次会う時までに

    ・相手は何を求めていたか考えてみる。解決?共感?

    ・客観的な事実やデータを取る

    ・Aのような意見もあるし、Bという意見もあるよということを示す

    ・それを踏まえ私はこう思うという見解を用意する

    ・これらを聴いて、あなたはどう思う?と問う

    みたいな事をしたりします。反応は、様々ですね^^

    感謝される事もあれば「そういう事じゃねえんだよ」という顔をされる事もあります^^

    相談する側って「相談はするけど、自分の中で答えはある程度決まっている」っていうパターンもしばしばありますしね^^

    けっこう脱線しましたが、私は歌詞でも本でも、発言していない側が今どんな表情をしているのか、どんな感情を抱いているのかみたいな事を想像するのが好きだし面白いですね

    この辺が、映像化される映画やドラマではない「文章だから想像できる」面白さかなと思ったりしますね

    ヨルシカで作詞作曲されているn-bunaさんがこれを読んだら「そういう事じゃねえんだよ」と言われそうですが^^

    ちなみにですが、先日発売されたアルバム「二人称」にも再録バージョンが収録されています

    ボーカルsuisさんの声に暖かみが増したように感じられます。あと、リードギターの音が分厚くなっていてロックっぽい感じが増しているのも良いです

    聴き比べてみるのも面白いかもしれませんね^^

  • 友だち100人できるかな?

    36回目の投稿になります

    訪問者数、ビュー数共に少しずつではありますが増えてきており、嬉しい限りです^^初めまして様も、いつもご覧いただいている読者様もありがとうございます^^

    さて、今回は「友だち100人できるかな?」です

    先に言っておきますが、今回はしょうもないです^^最近重い話題が続いていたので、ちょっとライトな感じでいきます^^

    今の若い世代はわかりませんが、小学校入学くらいで、こんな歌教わりませんか?

    「1年生になったら♪1年生になったら♪友だち100人できるかな♬」

    希望に満ち溢れた歌でいいですよね。曲調も明るく、この時期にもぴったりな歌です

    しかし、しかしですよ。ここで私のグルグル考える変な癖(へき)が顔を覗かせます^^

    ・「友だち100人できたら、逆に大変じゃない?」

    いや~、あまのじゃくですね^^リアル世界で言ったらヤバい奴にされそうですが、ちょっと書いてみます

    友だち100人もいたら、大変じゃないですか^^

    話したり会ったり遊んだりするのも大変だし、一人一人にかける時間も薄くなってしまう気がします

    私は「広く浅く」より「狭く深く」タイプなので、互いの事を分かり合える人が1人でもいれば十分じゃないかと思ってしまいます

    ・「それって、自分を殺してない?」

    100人はそれぞれ考え方も行動も違いますよね。その100人と仲良くできるということは、それぞれの考え方や行動に自分が合わせるという事であり、それは他人軸なんじゃないかと思ったりする訳です

    児童向けの歌に何を言っているんだという感じですね^^

    作詞された詩人まどみちおさんに盾突くつもりも毛頭ありません^^

    でもね、私がちょっと思っているのは、世の中、「友だちがいること=良いこと」と考える向きがあるんじゃないかということです

    その考え自体は全く否定しません。ですが、それはあくまで考え方のひとつであり

    私は「友だちがいることはいいこと。だけど、いてもいなくてもいい。いなくても特に問題はない」と思うんですよね

    つまり、友だちがいないとか少ないとかっていうのはただの現象であって

    「友だちがいない=自分はダメな奴」というような、自己の価値に結び付けるような事はしなくていいんじゃないかと、40を過ぎたこの年齢になって思ったりする訳です

    しかも、学校を卒業して社会に出るとわかりますが、学生時代の「同じ年齢の数十人がクラスという集団で過ごす」という状況はとても歪(いびつ)です

    しかも高校なんて、受験によって階層化された均質な集団になりがちです

    そこを社会のすべてだと捉える必要はないと思うし、クラスで友だちできないなら、異端であることを誇っていいと思いますね^^

    このブログを読んでいる人で子どもはあまりいないとは思いますが、小学生、中学生、高校生の皆さん

    友だちは、いたらいたで素晴らしいことだと思うけど、いなくても全然大丈夫なんで^^

    私、友だちほとんどいませんけど、時間が足りないくらい楽しく充実した毎日過ごしてますんで^^

    もって生まれた特性や性格もあると思うのでね

  • Road to 北海道マラソン⑥

    35回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です

    19日の初レースまで1週間となりました!継続して、いい練習ができていると思います^^

    15週目(4月6日~4月12日)

    日付メニュー体幹トレストレッチあと
    4/6(月)朝ラン5キロ ※130分10分146
    4/7(火)ランニング8キロ往復 ※230分10分145
    4/8(水)休み30分10分144
    4/9(木)インターバル走6キロ ※330分10分143
    4/10(金)休み30分10分142
    4/11(土)ランニング11キロ ※430分10分141
    4/12(日)ウィンドスプリント ※530分10分140

    ※1…キロ6分30秒ペース。先週土曜日の22キロ走の疲れがまだ残っている感じがしたので、軽めに5キロ。朝ラン気持ちいい^^

    ※2…キロ6分20秒ペース。先週の疲労も抜けてきた

    ※3…外でインターバル走。キロ5分40秒で運動公園1周→250メートルジョグを5本。5分40秒の根拠は、来週のレースの後半に走りたいペース

    ※4…来週のレースを想定して走る。最初の1キロをウォーミングアップとしてジョグ。前半5キロを6分20秒ペースで、後半5キロを5分50秒ペースで走る。このくらいでいければ61分切れる^^

    ※5…運動公園で100mダッシュを5本

    【週の走行距離…30キロ 月間走行距離68キロ】※月間進捗率35%

    いよいよ来週は、初の大会参加です

    事務局からゼッケンと開催要項が届き、ほどよい緊張感が漂ってきています^^

    10キロの大会に挑戦してきます

    自分なりに練習を重ね、準備してきたつもりです。ベストを尽くしてきます^^

    いい年してワクワクドキドキしてます

    さて、今回の大会の目標を「松竹梅」みたいな感じで設定しました^^梅から順に書きます

    ・梅(一番良くないパターン)…とにかく完走(所要時間関係なし)

    ・竹(最低限達成したい目標)…63分を切る

    距離キロあたり平均ペース備考
    0~1キロ6分30秒6分30秒大会の高揚感に惑わされず、ゆっくり入る
    1~5キロ6分40秒6分37秒上りが続く。ここで力を使わない
    5~6キロ6分30秒6分33秒平坦。折り返し2回ある。転倒に注意
    6~9キロ5分50秒6分15秒下りが続く。徐々にペース上げたい
    9~ラスト6分00秒6分14秒ラスト平坦スパートかけたい
     63分00秒  

    ・松(達成できたら最高)…60分を切る

    距離キロあたり平均ペース備考
    0~1キロ6分20秒6分20秒大会の高揚感に惑わされず、ゆっくり入る
    1~5キロ6分30秒6分27秒上りが続く。ここで力を使わない
    5~6キロ5分40秒6分18秒平坦。折り返し2回ある。転倒に注意
    6~9キロ5分30秒6分02秒下りが続く。爆走したい^^
    9~ラスト5分30秒6分00秒ラスト平坦だが下ってきたペースで走る
     60分00秒  

    目標設定にあたっては、エントリーした1か月前は、キロ6分30秒で走って65分以内にゴールでした

    でも、最近は徐々に力がついてきていて、10キロまでならキロ6分10秒くらいで行けるようになりました

    このコースだと、最高にうまくいけば後半の下りで加速できれば60分切りもいけるかもしれません

    思い切って、当初の目標よりだいぶ設定を引き上げました(大丈夫か?^^)

    来週のブログで良い結果を報告できるよう頑張ってきます!

    楽しみな気持ちが大きいです^^

    「松」の目標目指して、根性出して走ってきます!

  • 読書記録「無理をして生きてきた人」

    読書記録「無理をして生きてきた人」

    著者:加藤諦三

    出版社:PHP新書

    初版:2024年3月

    34回目の投稿になります

    今回は書籍「無理をして生きてきた人」です

    著者の加藤諦三さんは社会学者であり心理学者として活躍する一方、本人も幼少期における親との関係性に悩んでいたという経験を持つ方です

    以前読んだ「求めない」という短編もとても良い本でした

    今回の内容は、私のような自己肯定感低めな人には刺激が強いかもしれません。グサグサ来るかもしれませんので、怖い物見たさで興味がある方のみ続きをどうぞ^^

    ※「」は著書からの引用です

    「今のあなたの悩みの核心は、過去の心理的に未解決な問題が変装して現れているにすぎない。あなたは、今の出来事で悩んでいるのではなく、心理的未解決な問題に振り回されている」

    いきなりけっこう刺激的ですね^^過去の心理的未解決な問題とはなにか

    著者は、その一つが「幼少期の親との関係における性格形成」であるとしています

    「親自身が神経症的で、自分の軸で生きていないと、生き方として行き詰まる。その行き詰まりを解消しようとするのが、他者への干渉なのである。最も身近なのは子である。子を操作したり、干渉したり、非難したりという形で自分の行き詰まり感を解消しようとする」

    「アメリカの心理学者シーベリーによると、神経症者とは、自分の能力を自分を成長させるためには用いないで、他人を巧みに操るために用いる人間をいう」

    小学生くらいのおぼろげな記憶ですが、こんな事がありました

    私が同じクラスの子に叩かれたとかで、相手と相手の親が家に謝罪に来るみたいな事がありました

    その時母は相手の親に「いえいえ、ウチの子も悪かったと思いますから。ウチの子もダメな所ありますし」的な事を言ったんですね

    え?ええっ?^^

    オレ、この件については何にも悪くないですけど…^^

    これは一例ですが、私の母は体裁を取り繕うことを大切にしている事がわかります

    今思い返すと、たぶん私は相手に怒ってほしかったんじゃないかと

    何ヘラヘラ笑って場を終わらせようとしてるんだと

    はっきり言うと、私の母は、自分のための人生ではなく人に見せるための人生を送っている。人に「あなたは偉い」「あなたはちゃんとしている」と思われることで自我を保つ

    さっきの件で言うと、笑顔で事を収める事が人としていい事だというか、そういう対応をする私素晴らしいみたいな感覚なのではないかと

    あ、ちょっと度が過ぎましたかね^^

    まあ、私の親世代(70代)は、今より多様性がなく同調圧力が強かった時代だとは認識しています

    一億総中流社会とか言われ、例えばキャリアについても「進学校→一流大学→有名企業→定年まで勤める」的なステレオタイプな生き方が良しとされていたと思います(今も、地方ではこの考え方が多分に生き残っていますが^^)

    なので、他と違う自分はダメみたいな感覚はわからなくもないんですが、俯瞰してみると、他者から見える自分を飾るより目の前の子を守ってやれよと思ったりしちゃいますね^^

    「愛されるためには、相手になにかを与えなければならないと考えてきた。お金か名誉を与えるか、あるいは労働奉仕か、服従することで相手の支配欲を満足させるか、迎合することで相手の無力感を解消させるか、なにかを与えないと自分は相手から愛されないと思い込んでいる」

    自己犠牲が強い人の特徴として、幼少期の家庭環境が指摘されていました。「期待に応えないと愛されていないと思ってしまう」家庭環境だと、そうなる恐れがあるというのです

    例えば、褒められる時が「テストでいい点を取った時」とか「親のいう事を聞いた時」などだと、頑張らないと愛情を感じられない「条件付きの愛情」が刷り込まれてしまうのではないかと

    読んでいて、これはありそうだと思いましたね^^

    我が家は、95点取ると「あー、5点間違ったねー。しっかり見直ししないとねー」でした

    幼少期はそれについて特に何も思っていなかったのですが、「〇がついた95点の方を褒められてもよかったのではないか」と今は思ったりしますね

    さてさて、ここでまだ本の半分くらいなんですよね^^

    ここまでお読みいただいたそこのあなた!憂鬱な気分になっていませんか^^

    私は吐きそうになりながら読んでいたのですが、これを読む事で、今まで深層心理にあった鬱屈した感情みたいなものにスポットライトを当てる事ができたかなとも思います

    続きは来週金曜に更新します。ある程度書いたのですが、来週の投稿は、これからの事に焦点を当てた前向きな感じで締めくくれそうです^^

    過去イチ闇深い投稿だったかもしれませんが、わかる人にはわかってもらえるのではないかと淡い期待を抱いて終わりにします^^

    いつもありがとうございます

  • 「くるみ」Mr.children

                                                                                                                     

    33本目の投稿になります

    今回は、好きな歌紹介です。Mr.childrenの「くるみ」です

    正直なところを言うと、ミスチルに関しては、シングル曲はまあ知っているかなくらいの「にわかファン」でして、詳しく語れるような知識を有している訳ではありません^^

    でも、この曲は、すごく心に響く感じがしてよく聴いています。Spotifyのマイプレイリストにも入っております

    ミスチルはファンも大変多いかと思いますので、その程度の人物の感想ということで、お手柔らかにお願いします^^

    この歌は、歌詞がなんとも素晴らしいです。当ブログの読者の方はどのような年齢層の方々かはわかりませんが、私と同世代の方には特に刺さるのではないかと思います

    学生の頃に聴いていて、最近また聴き始めた私のような人は、歌詞が全然異なって解釈できて泣けてくるんですよね^^

    先日カラオケで歌っていたら、危なく泣きそうになりました^^ひとりカラオケなんで、泣いても特に問題はないんですが^^

    私が一番好きなのは、2番のサビ「どこかで掛け違えてきて、気が付けば一つ余ったボタン、同じようにして誰かが持て余したボタンホールに出会う事で意味ができてならいい」です

    このような、自分だったら絶対思いつくことができないだろうなっていう言葉で、なんとなく自分が思っていることを言語化されている歌詞に出会うと

    「ありがとー!」

    って思いますね^^なんか語彙力が急になくなりました^^

    自分の劣等感とか困り感って人に言いにくいし、言いにくい性格が故に「こんな風に思うのって自分だけなんじゃないの?」って私は思いがちなんです

    そんな感情を持ちながらも、わかってくれる誰かがいてほしいなあみたいな感覚を「ボタンとボタンホール」っていう表現で表すのってすごいなって思いますね^^

    前奏、間奏で流れるピアニカ(またはハーモニカ?)の音も切なくて、郷愁を誘うんですよね

    この曲のMVもいいです。オジサン達が一生懸命生きてます^^私も彼らの感じに近づきつつあるので、これも若い時に見たMVの印象とは全然違って見えるんですよね^^

    「くるみ」って、特定の女性の名前なんでしょうかね?それともくるみの木を擬人化して語りかけているような感じなのでしょうかね?

    「希望の数だけ失望は増える」

    「出会いの数だけ別れは増える」

    私はちょっと「幸せ恐怖症」(←勝手に名付けました^^)的なところがあって、いい感じの時も「こんな幸せが続く訳ない」とか「この人とも、いつか別れてしまうのかな」とか思って、危うく関係を解消しそうになったりします^^

    こんな感情はここでしか吐露できません!ネットの匿名性はこういうところは役立ちますね^^

    良好な関係であればあるほど、ダメになった時のダメージのデカさを想像して、早めにやめちゃおうとする感じですね

    あ、でも、この頃はこの病気^^もだいぶ収まってきていると思います。これも自己肯定感とつながっている気がする^^

    やや脱線しました。ボーカルの桜井さんの優しく語りかけるような歌い方もとても柔らかくて好きです(最後のサビ前の「想像してみよう」のところとか)

    ここ数年の曲は追えてないのですが、久しぶりに「名もなき詩」とか「イノセントワールド」とか聴いたらすごく良かったです

    ミスチルは、Aメロが低音でサビが高音な歌が多くて、カラオケで歌おうとすると死にかけますね^^

  • 自己犠牲で自己肯定感を上げない

    32回目の投稿になります

    食べログ3.7より2.0くらいのお店の方が、ハズレも多いだろうけど、自分にドンピシャな店に出会えるのではないかと思ったりしている今日この頃です^^

    全然関係ない書き出しでスミマセン^^ちょっと内容が重めなので、ふざけた序文になりました^^

    さて、今回は「自己犠牲で自己肯定感を上げない」です

    だんだん書くネタもなくなっていくかと思いましたが、まだまだありそうです

    ジョギングしているときにふと思い浮かぶことが多い気がしています。忘れてしまうので、帰ってすぐメモに殴り書きする的な^^

    今はだいぶ改善した自覚がありますが、私は子どもの頃から、自己肯定感が低い人だったと思っています。原因はなんなんでしょう?今度深掘りしてみようかな^^

    自分に自信がないとき、私がやってしまっていたのが、タイトルにもある通り「自己犠牲による自己肯定感上げ」です

    自分自身にこれと誇れるものがなかったり(正確に言うと、たぶん人並みまたはそれ以上にできることがあったとは思いますが、その良さを自認できていない状態)、長所を見ずに短所にばかり目が向いてしまっていたりすると

    自分を犠牲にするくらい誰かや職場に尽くすことで「必要とされている感」を求めに行ってしまう事がありました

    でも、これって、ホントにいい事?みたいな問いを、この場で自分に投げかけてみます

    相手の言う事を断らずに聞いたり(ひどい時には自分からすすんで何かを提供するような挙動を見せたり)、時間外勤務を倒れる寸前まで頑張ろうとしたり、という事を以前はよくしてしまっていました

    自分を犠牲にして相手を優先することは美徳のように見えます

    特にそれが、一見すると人助けのように見える行為だったり、職場の危機を救うように見える行為だったりすると、その行為自体を否定されることはほとんどありません

    自ら気付いてブレーキを踏まない限り、どんどんエスカレートしてしまいます

    考え方の角度を変えると、相手を優先しすぎることは、自分のことを全く顧みていないことになります

    相手がテイカーだったり、ブラックな職場だったりすると、この構図はどんどん深みにはまっていく感じがします

    貸したお金なんて返ってこないし、過労で倒れたら取り返しのつかない事になることだってある

    他者や職場に振り回される事は、その時その時を考えれば、最も安易というか流された消極的選択であるように今は思えます

    つまり、自分の考えを押し殺し、主張せず尽くすことは、言い換えると相手と勝負していないというか事態を先送りしているだけという気がします

    気持ち的な借金がどんどん膨らみ、返済が滞ったままという感覚といいますか…

    「ノー」と断ることへの罪悪感、勇気のなさが原因なのかもしれません。もう少し深掘りすると、「ノー」と言えないという事は、自分を大切にしていないことにもつながるのではないかと思ったり…

    この辺りは、堂々巡りするだけで、明確な正解みたいなものを見出しづらい感じなんですよね

    だから、臨界点を越えると、ある日突然いなくなるみたいな事になるんですよね^^

    やっぱり「あの人(職場)に必要とされている自分に価値がある」っていう感覚は、いびつだなと思いますし、「変だな」と思えるメタ認知を獲得できて良かったなと今は思えますね

    これについては、最近読んだ本があります

    社会学者であり心理学者の加藤諦三さんの本で「無理をして生きてきた人」という本です

    長くなるので金曜日の書籍紹介で詳しく書こうと思いますが、自分の事、自分の母親の事がドンピシャで書いてあって、吐きそうになりながら読了しました^^

    もし、このブログをお読みのあなたが同じような感覚(過度な自己犠牲による自己肯定感上げ)を抱いているとするなら、私は

    「あなたは存在しているだけで十分尊い」と伝えたいですね^^

    たぶん、そういう生きづらさを抱えている人って、真面目で優しい人なんですよ

    だから「存在しているだけで十分」という言葉も「努力しなくていいって事ですか?それってダメじゃないですか?」みたいに思っちゃう気がするんです。以前の私がそうだったので^^

    重たい内容でごめんなさい^^

    最後までお付き合いいただきありがとうございました!続きは金曜日に^^

  • Road  to  北海道マラソン⑤

    31回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です。自分用なので、お付き合いいただける方のみ続きをどうぞ!

    14週目(3月30日~4月5日)

    日付メニュー体幹トレストレッチあと
    3/30(月)ランニング8キロ往復 ※130分10分153
    3/31(火)休み30分10分152
    4/1(水)ランニング8キロ往復 ※230分10分151
    4/2(木)休み30分10分150
    4/3(金)ランニング8キロ往復 ※330分10分149
    4/4(土)ランニング22キロ ※430分10分148
    4/5(日)休み30分10分147

    ※1…キロ6分30秒ペース。ラスト2キロを5分40秒で走る。レース当日の下りをこのペースで走りたい

    ※2…30日と同じ感じで走る。ほどよい負荷がかかっていい練習になっている

    ※3…キロ6分ペース。走れた。レースペースを上げようか悩み中

    ※4…豊平川河川敷を走る。5月3日の大会の雰囲気を味わう。気温13度と暖かかったのもあって、ランナーが多く、いいモチベーションで走れた。自己最長距離の22キロを、キロ6分30秒くらいのペースで気持ちよく走れた。後半ペースを上げるネガティブスプリットも成功!「このブログで紹介するなぁ」とか「身近な人に○○キロ走ったとか話す(宣言する)よなぁ」とかすると思うと頑張れます。負けず嫌いな自分の性格を利用する的な?^^

    【週の走行距離…48キロ 4月、月間走行距離38キロ】※月間進捗率19%

    4月の目標走行距離を195キロに設定

    初の大会参加が2週間後にせまってきました。今のところ、いい準備ができているのではないかと思っています

    アシックスの「Run Keeper」というアプリを愛用しています

    アプリを起動して走り始めると、キロごとのラップタイムと合計タイム、平均ラップまで教えてくれます

    日によって、自分の感覚と実際のペースが合わないことがあります。例えば「今、6分30秒で走ってるな」と思っていても、1キロ経過したときに「1キロ経過、6分10秒」みたいに言われることがあります。(しかもほとんどが想定より速く走ってしまっているパターン^^)

    なので、ペースの把握にとても重宝しています

    また、1回ずつのアクティビティも保存してくれて後で振り返れます。GPS計測なので走った経路のアップダウンもわかります

    しかも、無料!

    課金すればもっと専門的な数値も把握できたり、ランナーどうしで共有できたりするみたいですが、私にはこれで十分です

    ありがとうアシックス!

    今度、ランニングシャツの1枚でも買わせてもらいますわ^^蛍光ピンクとか派手なやつ買ってレース出ようかな^^

    4月19日(日)の10キロの大会の後は

    4月25日(土)に北海道マラソン事務局主催の10キロ練習会に参加(人見知りですが、ランニングフォームを見てくれるとのことなので、意を決して行ってきます^^)

    5月3日(日)に豊平川ハーフマラソン参加です

    他者と順位を争わず、自己の目標にどれだけ近づけるかという取り組み方は、今の自分に合っていると思います

    今の世の中、相対評価で溢れているので、絶対評価でいったほうが精神衛生上いい感じです^^例えばキロ6分ペースというのも、出場者の中でいえば半分より下位にあたります

    たぶん本番もみんなどんどん先へ行くでしょう。でも、それは大きな問題ではないというか、「自分は自分。あくまで自分の立てた目標を達成できるか」が大事

    これって「自分軸をしっかりさせる。自分なりの価値観を確立する」みたいな今の自分が大事にしたい感覚と似ています

    あれ?内省の投稿日じゃないのに気付いたら語り始めてました^^

    このあたり、今度、詳しく書いてみたいと思います

    では、今日も最後まで読んでいただきありがとうございます!

  • 読書記録「DIE WITH ZERO」

    読書記録「DIE WITH ZERO」

    著者:ビル・パーキンス

    出版社:ダイヤモンド社

    初版:2020年9月

    30回目の投稿になります

    今回は書籍「DIE WITH ZERO」です

    直訳すると、「ゼロで死ね」ということになります

    冒頭で「アリとキリギリス」の話が出てきます。著者は問うてきます。「あなたはアリですか?キリギリスですか?」と。そして「アリは、いつ遊ぶことができるのでしょう?」と

    いきなりハッとさせられます。私はこれまで、アリ的な生き方をしてきた自覚があります

    コツコツ節約し、なにかあった時の備えにしようとお金を貯金してきました。その感覚が、この本を読むと変わります

    私は、親や学校の教育により、勤勉に働き倹約に励むことが美徳であるという考えを意識しすぎてきたのかもしれません。言い方を変えれば刷り込まれてきたのかもしれません

    この本は、真面目に生きてきた人ほど刺さる気がします^^

    著者は「キリギリスはもう少し節約すべきだし、アリはもう少し今を楽しむべきだ」と言います

    ただ生きるのではなく、十分に生きる。経済的に豊かになるだけではなく、人生を豊かにする方法を考える

    そういう本です。内容とそれに対する気付きを紹介してみます

    「大切なのは、自分が何をすれば幸せになるかを知り、その経験に惜しまず金を使うことだ」

    この言葉は、私の価値観に大きな影響を与えたと思います。私は今40代なので、大学卒業後20年ほど働いてきました。あまり浪費もせず貯金してきた訳です

    しかし、考えてみると「なんのための貯金?」という意図がありませんでした。漠然とした「将来のため」「なにかあった時のため」というものは、今思うとただの思考停止だったように思います

    もう少し深掘りすると、何に金を使うことが価値あることなのか、つまり自分の軸がない状態だったと思います

    特に「お金の使い方」については、金額、その対象、目的などすごく試行錯誤して、今実践している感覚がありますね

    この20年を取り返すかのように、今はアクティブに動き回っています^^

    人見知りの性格はそんなに改善されていないので、最初の壁を突破するのが大変だったりするわけですが^^

    「節約ばかりしていると、そのときにしかできない経験をするチャンスを失う」

    今、よく思うのは「人生で最も大切なものは時間である」ということです

    仮に1000万円残して死んだ場合、私は、1000万円分余計に働いて死んだことになるのではないか

    そんな事を、この本を読んでいて思った訳です

    私は数年前にかなりブラックな職場から転職した訳ですが、もし前職を60歳、65歳まで勤めた場合、その年齢まで仕事に捧げるような人生になっていた訳です

    いくら退職金が何千万円みたいな世界であっても老化した自分にそんな金必要か?と思ったり…

    70歳になった時にマラソン走れるか、車で日本1周できるか、ステーキ食べて美味しいと思えるか(なんか例がだんだん稚拙に^^)

    「勇気を出して、もっと自分に忠実に生きればよかった」

    これは、余命わずかで緩和ケア病棟に来た患者が残す後悔の言葉第1位だそうです(ちなみに2位は「こんなに働きすぎなければよかった」だそうです)

    これは非常に示唆深いと思います

    親だって友人だって突き詰めれば他人であり、自分の人生は自分で責任を取り、楽しむしかない

    誰かに用意された人生を生きる事は、結局、自分で自分を大切にしていない事になるのではと最近はよく思います

    ただ、これは、40代の自分だから刺さった内容かもしれません。年代によって、未婚か既婚か、資産の保有状況、生活レベルなどによって読み方が変わってくるような気がします。学生の頃なら「そんなこと言ったって、経験に使う金がない」と多少無理しても働いたかもしれないし

    少なくとも私には良い方の影響を与えてくれました

    あとがきで、

    「だから、挑戦しよう。人生を最大限に充実させ、たった一度の人生を価値あるものにしよう」とあります

    私はこの本を読んで、明らかに行動が変わり、チャレンジングになりました

    また、チャレンジした結果、自分にとって良い変化をもたらした事が多かった事を実感しています

    チャレンジしなければできなかった体験、出会えなかった人、たくさんあります。このブログだってチャレンジの1つで、予想以上にたくさんの方に読んでいただいている訳ですし^^

    30代くらいまで、ずっと自分の事が好きになれませんでしたが、今の自分は好きですね^^

    スミマセン…。気付けば1800字も^^

    いつも、ありがとうございます

  • GARNET CROW「call my name」

    29本目の投稿になります

    今回は、好きな歌紹介です。GARNET CROWの「call my name」です

    GARNET CROWは、コナンの主題歌になっていた事で知っている方も多いと思いますが、私は解散してから聴き始めました

    赤い公園と同じパターンです^^ライブの映像とかYouTubeで見たりすると、もっと早く知ってライブとか行きたかったなあと思いますね

    GARNET CROWは、歌詞が哲学的かつ抽象的なものが多く、いろいろな解釈を試みる事ができて私は好きです

    曲調も暗め^^と言ったらファンに怒られそうですが、どの曲もちょっと影がある感じで、一人でゆっくり聴くとすごくいい感じです

    そんな中でも一番好きなのが「call my name」です。歌詞がすごくいいんですよね

    「ひとりになることが怖いくせに、一人が一番落ち着いていた。そんなお互いの心ん中、当たり前のように存在していたね」

    私は、人間は本質的には「ひとり」だと思っていますが(過去になんかあった?^^)、でも誰かと分かり合える時間を過ごす事はすごく意義あることだとも思います。共感できる歌詞です

    「君と歩いてく日々に、偶然重ね続けて、運命の輪にしてくそんなイメージ」

    すごくオシャレ^^

    今まで紹介してきた歌もそうなんですが、自分だったら絶対思いつかないだろうなというフレーズを見ると感心するし、いいなあと思いますね

    人との出会いは偶然で、一度きりなのか歩みを共にするのかはわかりません

    また、歩みを重ね始めたとて、それはいつまで続くかもわかりません。自分の気持ちが冷めるかもしれないし、相手がそうなるかもしれないし、お互いが望まなくても不意に別れることになるかもしれません

    そんな中でも、希望をもって重ねるひとつ一つの出来事が輪になっていくっていう感じの歌詞がすごくいいんです

    「輪」っていうのがいいんです^^しつこいですね^^

    さて、ここで、当ブログに来ていただいているあなたに問いたい歌詞があるんです^^それが、2番の冒頭です

    「四六時中君の事ばかりを考えてるわけもなく」

    私は、曲を聴くときはたいてい運転している時なので、歌詞を見ずに聴いているんですね。だから、歌詞カードを見ずに聴いていると

    「四六時中君の事ばかりを考えてる、訳もなく」だと思っていました

    つまり、意味もなくずっと君の事を考えているよっていう風に捉えていたんです

    でも、歌詞カードだと

    「四六時中君の事ばかりを、考えてるわけもなく」っぽいんですよね

    つまり、ずっと考えてるんじゃないんだよって言ってるっぽいんです(違ってたらごめんなさい)

    これって、文節をどこで区切るかで考えてる度合いが全然違いますよね^^

    2通り解釈できそうですが、お読みいただいているあなたは、どう思いますか?

    こんな風にいろいろ解釈を膨らませる事ができる歌詞っていいですよね

    コード進行もC→D→Bm→Emとすごくシンプルです。それなのに印象的なメロディーになっていると思います

    ぜひ聴いてみてください^^

  • 考察「あごマスク」

    28回目の投稿になります

    先にお断りしておきますが、今回の投稿は、過去イチしょうもない内容になっておりますので、読まなくてもけっこうでございます^^

    ホントにしょうもないです。読んだところで得るものは特にございません。あなたの貴重な時間を奪わないよう先に申し上げておきます^^

    今回の内容は、「あごマスク」についてです

    2020年のコロナ禍くらいから、あごマスクの人の思考が気になっています^^「本人に聞けよ!」と思われるかもしれませんが、自分と思考回路が異なりそうな人と関わってもいいことなさそうなので聞けません^^

    あ、全くバカにしている訳ではありません

    現代社会は多様性を尊重する世の中ですので、様々な価値観があっていいと思っています。あくまで私の疑問という形で書いてみたいと思います

    また、反論も大いにけっこうです。この場で疑問を解消できれば素晴らしいことでございます

    では、本題

    私、あごマスクの人を見ると、純粋に「え?どこを守っているの?」って思ってしまうんです^^ちなみに鼻を出してマスクしている人も、ほぼ同義です

    マスクは、次のような用途で用いられるものだと私は思っています

    1,他者からの感染を防ぐ

    2,自分から他者への感染を防ぐ

    3,鼻、喉の保温、保湿

    4,顔を隠したい

    1つ目2つ目については、マスクってどちらかというと、自分から他者へ感染させない事がメインみたいですね

    また、N95のような医療用マスクでないと、感染防止効果はそんなにないなんて事も聞いたことがあります

    私は、冬には3つ目の理由で付けることもありますし、仕事中には4つ目の理由で付けることもあります

    しかし、ここであごマスクです。私が純粋に疑問に思っていることをいくつか書いてみます

    ・感染防止効果0だよ~

    ウィルスは鼻や喉から侵入し、粘膜から感染します。当たり前ですね^^コロナ禍の時などは、目から感染するなんていう報道も目にしました

    あごを一生懸命守っても、あごからは感染しませんよ~って思っちゃいます^^

    ・無理して付けなくてもいいんだよ~

    2020年、緊急事態宣言が出され、外出時にはマスクの着用が求められました

    正確には義務ではなかったのですが、お店や病院、公共交通機関などはマスクの着用を義務付ける所ばかりだったので、実質義務みたいなものだったと記憶しています

    仮にその時なら感覚的に理解もできるんです

    マスクはしたくない(または必要性を感じない)でも、着用を求められる。反抗心というか、アンチテーゼというか、「ここ(あご)にマスクしてるからええやろ」的な事でのあごマスクなら、ある程度合理性はあるかなと思ったりするわけです

    でも、今は、着用は完全に任意です。私も、自分が体調不良の時以外はほとんど着用していません

    だから、あごにマスクするならしなくていいのになって素朴な疑問が出てきちゃうんです^^

    ・場面によって上げたり下げたりしてる?

    でも、バスとか地下鉄とか、「今が付ける時でしょ?」っていう時もあごマスクっていう人もいるんですよね。肌感覚ですが、あごマスクの方は、常にあごマスクっていうイメージがあります

    あと、あごマスクって、上げ下げすることであごに付着しているウィルスを口内に取り込むことになり、あまり衛生的でないともいいますよね

    う~ん、謎が深まる^^

    ・あご寒いのかな?

    これか?これなのか?^^

    ごめんなさい^^あの、バカにしているつもりは全くないんです

    私、人間観察しちゃう癖があるんです

    5歳くらいの我が子のえりあしだけ長くして髪染めてるお父さんとか、車高低くして排気ふかしてコンビニ入るときにバンパーこすってる若者とか、私の価値観では理解不能な方を見ると、「なぜそういう挙動を取るんだろう?」「どういう考え方なんだろう?」って気になって考えちゃうんです

    こんなしょうもない事に1500字も使ってしまいました^^

    最近、重めの内容が多かったので、ふざけた訳ではないのですが、私の中でクリクリクリクリ考えてもうまく消化できなかった話題を投げてみました

    貴重なお時間を取っちゃってゴメンね^^

    これに懲りず、またお越しください