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  • 読書記録 朝井リョウ「イン・ザ・メガチャーチ」①

    読書記録「イン・ザ・メガチャーチ」①

    著者:朝井リョウ

    出版社:日本経済新聞社

    初版:2025年9月

    70回目の投稿になります

    ちょっと前に「50回目だー」とか言ってた記憶がありますが、気付いたら70回目でした^^

    初めまして様も、いつも来ていただいているあなた様も、ありがとうございます

    私、コツコツ継続する力が意外とあるのかもしれません

    あとは、一度「これ」と気に入った物や事があれば、それを生活の一部に組み入れる感覚もあります

    このブログ、マラソン練習、料理などはもうだいぶ習慣化されているので、なにか新しい事に取り組んでみようかと考えている今日この頃です

    相変わらず、生き急いでます^^

    さて、今回紹介する本は、朝井リョウさんの「イン・ザ・メガチャーチ」です

    今年の本屋大賞を受賞した本で、私もその報道をきっかけに読んでみた感じです

    以前、「正欲」も紹介しましたが、最近は朝井リョウにどっぷりハマっています

    「イン・ザ・メガチャーチ」は、ストーリーも面白いし、3人の登場人物の心情も共感できるし

    でも読み進めると共感とは別の恐怖感や孤独感なども襲ってきて、読み終わった時、少し息苦しい感覚に襲われました

    たぶん、2回にわたって書いてみる事になると思います^^

    さて、この本は、「推し活」を大きなテーマとしてストーリーが進みます

    1人は推し活を仕掛ける側の音楽会社社員。もう1人は推し活にのめりこんでいく女性。もう1人はかつて推し活にのめりこんでいた女性

    私が面白い(というか恐ろしい)と思った事を、キーワードで書いてみたいと思います

    1つ目のキーワードは「物語」です

    仕掛ける側は、アイドルとしてデビューするグループのパフォーマンスやビジュアルそのものよりも、その前後の物語を強く打ち出します

    「取り込みたい対象は、共感能力が高く、自他の境界が曖昧な気質の人である。それらの人は自己のアイデンティティを相手に重ね合わせ、その物語性に魅了されていく。そのような経緯で応援するファンは離れづらい」

    こういう事を、戦略的に仕掛けていくんですね

    私含め、誰もがなにかに「ハマる」時には、こういった仕掛ける側がいるという事が興味深くもあり、怖くもありといったところでした

    私もたぶん、相手の物語性に感化されやすい気質を持っていると思います

    相手との共通点を見つけた時には嬉しくなるし、頼られると頑張ってしまうタイプでもあると思います

    「じゃあ、そうならないように気を付けよう」で終わらないのが朝井リョウでした^^

    次へどうぞ

    もう1つのキーワードは「視野」です

    私は、視野とは広ければ広いほどいいと思っていました

    実際、日常生活を送る上では(または、社会規範に沿った形で生きていくためにはと言った方がいいかな)、視野の広さはポジティブな言葉として用いられると思います

    でも、この本では、推し活にのめりこんでいくときに、「視野を狭くする」という言葉が何回もでてきます

    広くするんじゃなくて、狭くする、です

    「物語に没入するというのは、視野が狭まるということでもある。だから、お金を使いすぎている、自分のためにはならないとわかっていても行動を変えることができない。心配して声をかける人を敵認定して遠ざける。そういう事に目を向けずに推し活にのめりこむ。」

    それを本の中では「自分を使い切る」と表現しています

    もう1つのキーワードは「信仰」です

    いかにお金を落とさせるか、経済的に身を滅ぼしかねないほどの推し活を、宗教になぞらえて次のように書いています

    「本質的には無意味、低価値、無関係なものを、仕掛ける側が発信する物語性によって信者を視野狭窄に陥れ、価値が高いと思い込ませて本来の価値以上の対価を支払わせる」

    そして

    「中毒症状がある方が苦しくないのだ人生は。ずっと我に返ったまま生きるには、この世界は殺伐としすぎている。自分を使い切っている人には、外部からのジャッジが一切通用しなくなる」

    「結局皆、信じるものが欲しいんです。孤独の中で信じられそうなものに出会った時、人はその対象に強い共感や感情移入を試みます。その結果、時間や労力、お金を注ぎ込むようになる」と続きます

    でも一方で

    「理由も目的もなく、ただ一緒にいられる人がほしい」

    「自分以外の誰かと1つの物事を同じ目線で見つめることができる時間というのは、すごく貴重なのかもしれない」

    という感情も持ち合わせている

    こうなってくると、読み進める私の情緒は不安定です^^

    読んでいてドキドキしてきます^^

    私、現代作家では、「この作家さんが好き」というのはあまりありませんでした。しかし、今は朝井リョウさんにハマってます^^

    あるアーティストを好きになったら、それが5枚目のアルバムだったりすると1~4枚目のアルバムも遡って聴いたりするじゃないですか(私だけ?^^)

    それと同様に、今は「桐島、部活やめるってよ」から順番に読み進めています

    あー、マジで時間足りない^^1日が26時間くらいあったらいいのに^^

    今回は引用が多く、うまく紹介できなかった気がします

    次回は、「イン・ザ・メガチャーチ」の主な登場人物の1人、武藤澄香に焦点を当てて、私のこれまでと重ね合わせてゲロ吐きながら(表現が良くない^^)書いてみたいと思います

  • ヨルシカ「ポスト春」

    69本目の投稿になります

    最近は晴れていたかと思えば急に雨が降ってきたり、天気の変化が目まぐるしいですね

    昨日は急な雨で、マラソン練習していて、びしょ濡れになりました^^

    季節の変わり目、体調を崩さず元気に過ごしたいものですね

    今回は好きな歌紹介です。ヨルシカの「ポスト春」です

    先日リリースされたアルバム「二人称」に収録されている曲です

    穏やかなメロディーと、ボーカルsuisさんの優しく柔らかな歌い方が、聴いていてとても心地よいです

    しかし、歌詞はまあまあ過激なところもあります^^

    私、歌詞とメロディーにギャップのある歌がけっこう好きかもしれません

    歌詞はすごく落ち込んでいて暗いのに、メロディーはすごくアップテンポな曲とか^^

    私、最近ギターを練習しているのですが、今はこの曲を練習しています

    歌詞をルーズリーフに書いて、コードを書いて…とやっていると、いつも以上に歌詞を味わうことになります

    ヨルシカの歌詞はだいたい好きですが、この歌の歌詞はとても好きです

    その中で一番好きだったのが

    「批判も批評も雪」です

    頑張って言語化してみますね^^

    A「批判や批評って、出てきたときはワーッと盛り上がるけど、だんだんとなくなっていくと思うんですよね。人の噂も七十五日っていうことわざもありますし。今なら炎上っていう方が伝わりやすいでしょうか。そういうのってずっと同じ熱量で批判され続けるのってほとんどないし、批判する人も飽きて次のネタに移ったりしている気がします」

    たぶん私だったら、「批判や批評」という観点でブログを書くとしたらAのような感じで、154文字も使って長々と説明すると思うんですよね

    それをn-bunaさんは「雪」という1語で表現しました^^

    「天才だな」って思っています^^

    私、生まれも育ちも北海道です。雪って、すぐ解ける事もあれば、根雪となって数か月残る事もある。でも、春には必ず解けて見えなくなる

    それを批判や批評になぞらえて、「そのうちなくなるから気にしない」みたいなニュアンスを乗せて「雪」って表現するのオシャレすぎるでしょって思ってます^^

    もう1つ好きな所があって、それは

    「これからの僕たちは、解らなくていいものを解るための進化論に夢中」です

    これも現代社会を見ていると、わかる気がするんですよね

    最近って、はっきりさせたり明確にする事がいい事という風潮が強いような気がします

    そういう私も、このブログで言語化することを試みていますし、解像度を上げて自身や世の中の本質に少しでも迫りたいと思っています

    知識欲も大事だし、探求心や好奇心も大事だと思います

    でも、一方で、解像度を上げずにぼやけさせたままにしておいた方がいい事もあるような気がしています

    具体的に「これ!」とは言えないんですが、例えば人との関係性でも、相性の良し悪しなどはすごく直感的な事も多いし、それがなぜなのかっていうのはそのままにしておいた方がいいような気もします

    曖昧さを楽しむというか、干渉しすぎないというか…

    あ、なんかすごく抽象的な話になってしまいました^^

    「ポスト春」に戻ります

    この歌は、歌詞が具体と抽象を行き来している感じがしてすごく好きですね

    全然関係ないですが、からあげがとっても上手にできました^^

    マラソン練習の後に食べた揚げたてのからあげの画像を意味なく載せて終わりにします^^

    画像を載せる術を知ったので、無駄に添付したいだけという投稿者のエゴです^^

    いつもありがとうございます

    終わり!!

  • 月末ルーティーン~家計管理~

    68回目の投稿になります

    昨年、ファイナンシャルプランナー3級を取得しました

    きっかけは、転職でした

    メンタルを病んで休職した時は、視野が狭くなっていたのもあって、「この仕事をやめたらオレの人生もう終わり」的な感覚でした^^

    その時に私を救ったのが知らないうちに貯まっていた貯金でした(激務で使うヒマなかった説あり^^)

    仮に無職になっても数年は生きのびれるという安心感を覚えたとき、退職に踏み切ることができました

    そこから、お金の勉強を本格的に始める事になります

    NISA枠で投資信託積み立てたり、個人向け国債買ったり資産形成を進めることで、お金(資産)は精神安定に大きく寄与してくれています

    今回は、私の月末ルーティーンである「家計管理」について書いてみたいと思います

    • 家計管理その1…収入の把握

    ・会社員としての月給 

    ・副業収入 

    ・株や投資信託や債券の利益

    • 家計管理その2…支出の把握

    ・固定費(住居費、光熱費、親への仕送りなど) 

    ・投資信託(NISA)への積み立て 

    ・変動費(食費、日用品費、娯楽費など) 

    ・特定期にかかる大きめの支出(自動車税、NHKなど)

    • 家計管理その3…純資産の把握

    収入から支出を引いて月単位の収支と純資産額を出す

    これを月末のたびに自作のエクセルシートに打ち込んで、1円単位で算出します^^

    1円単位は、さすがに狂気じみてますよね^^

    さて、これが当ブログの「内省」のどこと関連するのかという事ですが、それは「支出」です

    私は楽天経済圏で生きているので、ほぼ全ての支出を楽天カードまたは楽天ペイで済ませています

    そうすると、アプリで「なににいくら使ったか」を月ごとに把握する事ができます

    その使いみちについて振り返るんです

    「自分は何にお金を使っているのか」それがつまるところ、自分の思想というか、何を重視して生活しているのかという指標の1つになる感じがするんですね

    考える点は次の3つです

    • その1…月収支を赤(マイナス)にしない

    →まず、「身の丈」を考えます

    収入以上の支出はしないと決めています

    今より資産がなかった若い時も「収入<支出」になった事はないと思います

    おばあちゃんも「シュンや、借金はしちゃいかん。借金は幸せが逃げるでな」と言っていましたので^^

    おばあちゃん、私、言いつけを守って生きてますよ^^

    最近はありがたい事に投資信託の収益がいい感じなので、NISAに積み立てるためのお金を先取りしてしまったら、後は頑張って使い切るようにしています^^

    よく言えば真面目な人生でしたが、裏を返せばあまり冒険しない人生だったなと思っているので

    自分の人生を取り戻すかのように、生き急ぐかのように体験や経験にお金を使っていますね^^

    • その2…価値のある支出、価値のない支出に分ける

    →これについては、支出の「額」ではないイメージです

    50000円の支出でも価値があると思えればそれで良し、100均の商品であっても無駄だったなと思えば反省します^^

    しかも買った物やサービスが価値あるものだったかって、少し時間が経過してからわかるものじゃないですか

    例えば、この本は何度も読む愛読書になったから価値ある買い物だったなとか、この服は買う時はいいなと思ったけど1回しか着てないじゃんとか

    そういう感じで「価値」を月末に仕分け、次回以降の買い物の際に思い出すようにしています

    • その3…価値の判断は変化しうる事を認識する

    →今までは価値があると思って買っていた物、利用していたサービスについても、定期的にその「熱」を客観視するようにしています

    経済の世界だと「損切り」とか「サンクコスト」とか言います

    今まで使ったお金や時間が多ければ多いほど、惰性で買い続けたり利用し続けてしまう事もあると思います

    使っていた時間やお金が無駄だったと思いたくないという心理的な抑制が大きいと、不要だとわかっていてもそれに目を背ける的な事もあるので、「これは本当に必要な支出か」を月末に冷静に考えるようにしています

    さてさて、色々と小難しい事を書いてきましたが、お金って生きるのに大切な要素だと思います

    お金がある事と幸せは必ずしもイコールにはならないと思います

    資産家でも孤独な人もいれば、貧乏してても夢に向かってキラキラしている人もいると思います

    でも、お金がある事と不幸せじゃないはイコールになる気がします

    なんやかんやお金で解決できる事もあるし、ある程度のお金がある事で選択肢や自由度が増えます

    仮に私が貯蓄0だったら、転職する決断もできずダラダラ仕事を続け、その辺で死んでたかもしれません^^

    だから、私にとって家計管理はメンタルを保つ重要なルーティーンになっているんです

    お金の事ってすごく大事な事なのに、親から教育を受ける事もないし、周りの人と話すのも少し抵抗がありませんか?

    そういう事も気軽にお喋りできる人がほしいですね^^

  • Road to 北海道マラソン⑭

    67回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です

    23週目(6月1日~6月7日)

    日付メニューあと
    6/1(月)休み95
    6/2(火)北海道マラソンコース試走 ※194
    6/3(水)ランニング8キロ ※293
    6/4(木)休み92
    6/5(金)ランニング8キロ ※391
    6/6(土)ランニング上り坂17キロ ※490
    6/7(日)休み89

    ※1…自転車で試走。詳細後述

    ※2…ビルドアップ走ラスト1キロ5分30秒

    ※3…キロ6分15秒ペースで

    ※4…上り坂をキロ7分でコツコツと。上り坂の方が、足(ヒザ)への負担が少ない気がする。脚力もつきそうなのでいい練習かも

    【週の走行距離…33キロ 月間走行距離200キロ】

    5月の月間走行距離目標…33キロ  月間進捗率21%

    ※6月は「できるだけ距離を踏む1か月」にする

    7月は30キロのレース、8月は本番の北海道マラソンがあるので、レース前は軽めの調整になる。距離を積むには6月が最適と判断。長距離を走る中で暑さにも対応していきたい

    【メモ】

    ・2日の北海道マラソンコース試走について

    →自転車でマラソンコースを試走

    コースマップを見ながら高低差や道路幅などを確認

    自転車とはいえ、42キロを一気に走るのは異常者^^

    コースの雰囲気わかって良かった

    新川通が、広―い道路でただただ直線だった^^

    北大の構内がジグザグだったりロータリーがあって走りにくそうだった

    そういう雰囲気が把握できるのが試走の良さだと思う

    可能なら、本番までに3~4回に分けて実際に試走してみたい

    ・スタートから5キロ…大通→すすきの→中島公園と都心部を走る。5キロまでダラダラと上る。コース全体でいっても上りはこの5キロまで

    ・6~10キロ…平岸通を下る。けっこう下る印象。たぶんここで調子に乗ってペースを上げない方がいい。札幌駅横の高架下で10キロ

    ・11~15キロ…創成川沿いを北24条まで北上し、左折。新川通へ。ほぼ平坦

    ・16~20キロ…新川通から一度新琴似2条通へ行き、再度新川通へ。ここもほぼ平坦

    ・21~25キロ…新川通。ただの直線。道路幅が広く景色も変わらないため、進んでいる感覚に乏しくなる。

    ・26~30キロ…新川通。26キロくらいで折り返し地点。新川通がキツイと言われているのは、体力的なものもあるが、たぶん精神的にやられるのもあると思う。中心部から離れるので応援も少なくなるのかな

    ・31~35キロ…新川通から新琴似2条通りへ。

    ・36~40キロ…再び新川通から北大構内を抜け赤レンガテラスへ。この5キロを元気に走れたらいいな

    ・41~ゴール

  • 読書記録 萩原朔太郎「月に吠える」

    読書記録「月に吠える」

    著者:萩原朔太郎

    出版社:新潮文庫

    初版:1945年10月

    66回目の投稿になります

    最近、ヨルシカモチーフの作品を3冊読みました

    「月に吠える」「夢十夜」「風の又三郎」です(ヨルシカの曲のタイトルとしては、それぞれ「月に吠える」「第一夜」「又三郎」となっています)

    どれも、過去に読んだことのある作品でしたが、再読してみると以前とは異なる感覚で読めた気がします

    それはおそらく、現在の自分の心情、知識、経験、年齢などが過去の自分と変容しているからだと思います

    今回は、萩原朔太郎の詩集「月に吠える」を取り上げてみます

    私は、詩の味わい方を知りません^^実際、読んでも「?」となる詩の方が多かったですし、いいなと思う詩も、どこがどういう風にいいのかという言語化が難しかったです

    でも、萩原朔太郎自身が、この本の序文で次のように書いてくれています

    「すべての良い叙情詩には、理屈や言葉で説明することの出来ない一種の美感が伴う。これを詩の『にほひ』という」

    「私の詩の読者にのぞむ所は、詩の表面に表れた概念や『ことがら』ではなく、内部の核心である感情そのものに感触してもらいたいということである」

    「リズムは以心伝心である。そのリズムを感知することの出来る人とのみ、私は手を取って語り合うことができる」

    ありがとう朔太郎^^この序文のおかげで、いい悪いとか、共感できるできないとかそういう事じゃなく

    「なんか気になる」「うまく言えないけど印象に残る」といった観点で読み進めることができました

    例えば「群衆の中を求めて歩く」です

    『見よこの群衆のながれてゆくありさまを

    このひとびとの群は建築と建築との軒をおよいで

    どこへどうしてながれ行こうとするのか

    私のかなしい憂鬱をつつんでいるひとつのおおきな地上の日影

    ただよう無心の浪のながれ

    ああ どこまでもどこまでもこの群衆の浪の中をもまれて行きたい』

    私、最近、歯医者に行ったり人に会ったりするために札幌の中心部をよく歩きます

    この詩に触れた後に行き交う雑踏を見ると、見え方が全然違ったりして面白いです

    私、なぜかわからないけど、一人でいるときよりも、たくさんの人がいる環境の方が淋しさや孤独感を覚える感じがするんです

    この詩を読んでなんかそれを思い出しました^^

    例えば「強い腕に抱かる」です

    『風にふかれる葦のように

    私の心は弱弱しくいつも恐れにふるえている

    女よ、おまえの美しい精悍の右腕で

    私のからだをがっしりと抱いてくれ

    このふるえる病気の心を静かに静かになだめてくれ

    ただ抱きしめてくれ私のからだを

    ひったりと肩によりそいながら

    私の弱々しい心臓の上に

    お前のかわゆらしいあたたかい手をおいておくれ』

    これを作者は相手の女性に言葉にして伝えられたのかなあ、いや思うだけで伝えられなかったんじゃないかな、みたいに勝手に感じたのと

    私がすごく印象に残ったのが「ひったりと」と「かわゆらしい」です

    なじみのある使い方だと「ぴったりと」だと思うんですが

    「ぴったりと肩によりそう」だと、肩どうしがぎゅっとくっついている感じがしますが「ひったりとくっつく」だと、触れてはいるが

    ぎゅっと感がなく、密着の温度感が低い感じがします

    「かわゆらしい」も「かわいらしい」より少し控えめで儚い感じがします

    なんかそういう表現が好きな作品でした^^

    萩原朔太郎は、序文で、人間というものをこうとも表現しています

    「思うに人間の感情というものは、きわめて単純であって、同時に極めて複雑したものである。」

    「人間は、一人一人にちがった肉体と、ちがった神経をもっている。我のかなしみは彼のかなしみではない。しかし、それはまた、世界の何人にも共通なものである。この特異にして共通なる個々の感情に焦点を当てる。そのとき、永久に我々は孤独ではない」

    →たぶん大学生くらいに読んだ時には、よくわからなかったような気がしていますが、今は彼の言いたい事がよくわかります

    文章を書く人って、孤独について突き詰めていく作業をする人が多いのかな

    序文の終わりは、次のような文章で締めくくられます

    「月に吠える犬は、自分の影を怪しみ恐れて吠えるのである。疾患する犬の心に、月は青白い幽霊のような不吉の謎である。犬は遠吠えをする。私は私自身の陰鬱な影を、月夜の地上に釘付けにしてしまいたい。影が、永久に私のあとを追ってこないように。」

    たぶんですが、ヨルシカの「月に吠える」の歌詞は、このあたりをメインに作られたのかなぁなんて思ったり

    私、以前、自由律俳句の尾崎放哉を紹介した時「尾崎放哉とは友だちになれそう^^」と書いたのですが、萩原朔太郎とも友だちになれそうです^^

    リアル世界の友だちも作ったら?と思いますが、まあそれはそれとして^^

    これを読んでからヨルシカの「月に吠える」を聴くと、また違った趣になりますね

    本の装丁もヨルシカコラボバージョンになっていていい感じです

    本屋さんのピックアップ本みたいに、正面をこちらに向けて本棚に置きたくなります

  • 「なごり雪」イルカ

    65本目の投稿になります

    情景を想像できる文章ってすごく好きなんです

    例えば川端康成『雪国』の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」

    例えば太宰治『富嶽百景』の「富士の頂角、広重の富士は85度、文晁の富士も84度くらい、けれども陸軍の実測図によると頂角は124度となり~」

    今回は、自分的に情景が浮かんで好きな歌を紹介します。イルカの「なごり雪」です

    1976年の曲だそうです。私の生まれる前^^

    父親が好きで、車でよくかかっていた記憶があります

    親の趣味で記憶に残る歌ってありませんか?^^

    私にとっては、この曲やBeatles、中島みゆきなどがそれにあたります

    駅のホームで「君」と別れる「ぼく」の心情を書いているのですが、歌詞の切なさと共に、景色が浮かぶんですよね

    あと、前にも書いたかもしれませんが、私が好きな歌詞って

    「直接的な表現じゃないけど、その心情が伝わる」

    なんです

    うまく言えないので、この曲で挙げてみます^^

    「動き始めた汽車の窓に顔をつけて 君はなにか言おうとしている 君に唇が『さようなら』と動くことが こわくて下を向いてた」

    別れを受け入れてはいるけど、でもやっぱり淋しいみたいな感情がよく伝わってきます

    「君が去ったホームに残り 落ちてはとける雪を見ていた」

    文をただ追うだけなら、「雪を見ていた」という事実を書いているだけですよね

    でも、とても切ない、悲しいという気持ちが痛いほど伝わりませんか?

    ちょっと前に「カワイイって褒めることができない」的な投稿をしましたが、それにも少し通ずる部分があるかもしれません^^

    歌詞に「愛してる」「好きだ」「淋しい」「つらい」などの直接的な表現を用いずに、でもそういう心情がすごく伝わるような歌詞が出てくる歌が好きですね

    特にこの「なごり雪」は、余計な部分が全てそぎ落とされた、これしかないという別れの曲な感じがして好きですね

    どうしても、少し影のある曲、多様な解釈ができそうな曲、ハッピーエンドではない曲を求めてしまいますね

    夏フェスでタオルをブンブンまわすような曲にはなかなか食指が動かず^^

    まあ、無理に聴かなくていいと思うのでね

    もう死んでいるんですけど、父の音楽の趣味はなかなかいいんじゃないかと、なかなかやるなと上から目線で評価しています^^

    切ないけど、暖かい気持ちにもなれる曲です

    別れの季節ではないですが、意図せず不意に訪れる別れもあります

    ぜひ、聴いてみてください^^

  • 長谷川あかりさん

    64回目の投稿になります

    少し前に「馬」というタイトルの文章を書いてみたんですが、それ以降、「スポーツベッティング」のサイトへ誘導するっぽいコメントが付くようになりまして、閉口しています^^

    「あ、コメント来てる!どれどれ」

    と思って開くと「スポーツベッティングの世界へようこそ!」的なスパムコメント^^

    設定でブロックできると思うので、なんとかします

    あ、先日の追いLINEがどうたらこうたら書いた投稿に初めてコメントが付きました^^

    嬉しいものですね^^ありがとうございます

    さて今回は「長谷川あかりさん」です

    料理家の方で、タレント業などもされているようですが

    長谷川あかりさんの作るレシピが、簡単なのにとっても美味しくて、しかも独創的なんです

    私、料理が好きで普段はほぼ自炊なんですが、何品か作ってみて、すっかり長谷川あかりさんのファンになってしまいました^^

    最近作ってみたレシピをいくつか書いてみます

    ・「ちくわとじゃがいものバター煮」

    材料は、ちくわとじゃかいものみ。調味料も塩と料理酒とバターだけ

    これを、じゃがいもが隠れる位の水量で煮ていく。煮る前に調味料も全部入れちゃう。水気が飛んだら塩で味を調えて完成

    特別な手順も調味料もなし。ですが、めちゃくちゃウマいんです^^ビックリします

    本人もYouTubeでお話をされていますが、入れてないはずのたらことかホタテとかの味がするんですよね^^

    たぶん、ちくわの主成分である「すり身」のダシが出てるのかな。バターのコクもあって最高です。週1くらいでヘビロテしてます^^

    あ、そうそう。やっと、写真の添付ができるようになりました^^

    今回は、実際に作った料理の画像を載せてみたいと思います

    こんな感じです

    美味しそうでしょ^^

    ・「塩マーボー豆腐」

    豆腐の水切り不要、油不要、使う調味料は豆板醤と塩だけ。豆腐だけでもOK。お好みでひき肉やえのき茸など入れてもいい

    これも、何も特別な工程はないのに、とっても美味しいです

    これを知ったら「もと」を買う必要ないですね

    今回は、冷蔵庫にひき肉もきのこもなかったので、ハムを細かく切って入れてみました^^

    私、先月このレシピを知ったんですが、歯の手術で柔らかい物しか食べれない日々が続いていたので、その時期に知りたかったですね こちらも、こんな感じです^^

    料理の周りが汚い^^

    ・「マグロとアボカドのドレッシング和え」

    マグロとアボカドを角切りにし、ドレッシングで和えるだけ。黒コショウかけてもいい

    あと、このレシピのいいところは、アボカドの食感がなめらかなので、マグロは安い赤身の方が美味しいということです

    ドレッシングも色々な種類でも美味しいです。私のオススメは「にんにくポン酢」かな

    これもめちゃくちゃ美味しかった^^

    最近は、SNSやYouTubeを見ながら長谷川あかりレシピを作るのが楽しいです

    料理って、私にとってはメンタルを整える趣味というか作業の1つです

    食材を切ったり、調味料を合わせたり、マルチタスクになるように手順を見通したりという事をしていると

    仮に悩みや疲れがあったとしても、作業に没頭することで忘れられる感覚があるんですよね

    「瞑想」とか「マインドフルネス」とか言う言葉がありますね

    呼吸を整えて、何も考えない「無」の状態を作ることがメンタルに良いみたいな

    私、それ、ダメというか向いてないんですよね^^

    「ハイ、座禅を組んで、ゆっくり呼吸して何も考えませんよ~」って言われてもね…

    考えちゃうんですけど^^

    これ、わかってくれる方いませんかね?^^

    ただ目を閉じて呼吸しているだけだと、なんか色々考えちゃうんです^^

    「さっき、○○さんに変な言い方しちゃったかな。後でLINEしておこうかな。でも、LINEだとニュアンス伝わらないから次会った時に話した方がいいだろうな。あ、ダメダメ、今は何も考えちゃいけない時間だった^^よし、考えない考えない。あれ?今、『考えないってことを考えちゃってる』んじゃね?^^」

    みたいな^^難儀な人間ですわ^^

    私はたぶん、一生「悟り」みたいな境地には行けないですね^^

    だから、料理のような「作業」をしている方が、包丁を扱ったり火加減を見たりという程よい集中状態を必要とするので、他の事を考えなくていいんですよね

    少し脱線しました^^料理って、節約になるし、好きな具材で好きな量作れるし、ジジイになってもできるし^^

    いい趣味だと思います

    今日も「ちくわとじゃがいものバター煮」作るんだ^^

  • Road  to  北海道マラソン⑬

    63回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です

    22週目(5月25日~5月31日)

    日付メニュー体幹トレストレッチあと
    5/25(月)休み30分10分95
    5/26(火)ランニング8キロ ※130分10分94
    5/27(水)ランニング8キロ ※230分10分93
    5/28(木)ランニング8キロ+ウィンドスプリント ※330分10分92
    5/29(金)休み30分10分91
    5/30(土)休み30分10分90
    5/31(日)ランニング30キロ ※430分10分89

    ※1…キロ6分ジョグ。最後1キロだけ、5分30秒で

    ※2…前日と同様

    ※3…仕事の昼休憩が2時間あったので、職場の横の空き地でウィンドスプリント(ダッシュ)70m×10。事務のおばさまに目撃され、なぜか見守られる^^「頑張ってるねー」だそうです。おばさま、おばあさまにモテる今日この頃です^^

    ※4…4時間30分体を動かし続ける(詳細は下記)

    【週の走行距離…47キロ 月間走行距離153キロ】

    5月の月間走行距離目標…186キロ  月間進捗率121%

    ※5月の走行距離目標は達成。ただし、距離を達成できればOKという感じでもないのはわかってきたので、その時その時に必要なメニューを考えて取り組んでいきたい。でも、月間進捗121%はよく頑張ったと自分を褒めてみる^^

    【メモ】

    ・31日のランについて

    →色々な道を走った方が楽しそうとの理由で、始発のJRに乗って隣の市へ。そこから家まで帰るという意味わからん企画を立ち上げる^^マラソン完走のとりあえずの目標を4時間30分としているので、今回は「4時間30分体を動かし続けて30キロ」を目標とする

    具体的には、前半の2時間30分をキロ10分のペースでウォーキング(15キロ歩く)、後半の1時間40分をキロ6分40秒ペースでラン(15キロ走る)ラスト20分は再びウォーキング

    感想は「かなりキツイ^^」。現在21時。子鹿です^^

    最後の5キロは、キロ6分40秒ペースを維持するのも大変だった。翌日以降の筋肉痛の様子を見て、今後の実施頻度を決めていく

    マラソンに全然関係ないけど、今日は日本ダービーでした。馬券は買わなかったですが、いいレースでした^^いつか、一口馬主になるのが夢です^^

  • 読書記録 千早茜「あとかた」

    読書記録「あとかた」

    著者:千早茜

    出版社:新潮文庫

    初版:2016年2月

    62回目の投稿になります

    最近、女性作家さんの本をよく読むようになりました。それまでは、「女性作家=内面のドロドロを描く」みたいな勝手なイメージで敬遠していました

    私は、大変なお子ちゃまでした^^大いに反省しています^^

    千早茜さん、以前「眠れない夜のために」という短編集を読みました。今回は2冊目です

    すごくいい本でした

    「あとかた」は、「ほむら」「てがた」「ゆびわ」「やけど」「うろこ」「ねいろ」の6つの短編からなる本です

    そして、連作の形になっていて、それぞれの短編の主人公が別の短編でも登場します

    ある話では一人称として、ある話では二人称として登場し、少しずつ相関がわかっていくような作りになっています

    例えば千影さんという人物は、「やけど」では気高く自立した女性に見えるが、一人称視点での「ねいろ」では孤独で繊細な女性として描かれていたり

    視点の変化が楽しめる小説にもなっています

    私は、「やけど」が印象的でした

    スミマセン、少し内容に触れます

    サキという名の家出をしてきた女の子の話です

    付き合う男に様々な傷をつけられ、それをSNSにアップする

    「くれるものはなんだって受け入れる」と、優しさやお金やプレゼントだけでなく、暴力やセックスや束縛もちゃんと受け入れる

    同級生の松本や、アイリッシュパブで出会った千影さんに出会うことで少しずつ感情が変化していくというストーリーです

    最後、千影が吸っている煙草を取り上げて、自ら手の甲に火を押し付ける場面があります

    それを彼女は、「生まれて初めて自分でつけた傷、この痛みを抱えて生きていく」と言います

    私の説明力がないためあまり伝わらないと思いますが^^読んでいてドキドキというかゾクゾクします

    私でいうと「この本を読むと、あの人を思い出す」みたいな事と近いのかな

    しかも自分の体についた傷だから、いつなん時でも見ることができる

    はたから見たらそれは「痛そうな傷」だけど、本人にとっては「消える事のない愛情や信頼の証」みたいな感じなのか

    「共感できる・できない」みたいな評価を簡単に下せないというか、下さない方が読後感がいい本だなと思います

    登場人物それぞれが心に重みのようなものを抱えていて、理性と欲、劣等感とつながりたい気持ちなどが複雑に混ざり合っていく

    本のタイトルが「あとかた」なのも、読み終わった後ではしっくりくる気がします

    人は、何も遺していないと思っても、何らかの痕跡を相手に遺しているのではないか

    もしそうなら、素直に自分をさらけ出した方が、相手の中に「あとかた」として濃く遺るのかななんて思ったりしました

    手の甲に煙草の火を手の甲に押しつける度胸はなさそうだけど^^もうちょっとライトなやつで痕跡遺してみようかな^^

    各話40ページほどで、量的にも読みやすいです

  • 「花束を君に」宇多田ヒカル

    61本目の投稿になります

    今回は、好きな歌紹介です。宇多田ヒカルの「花束を君に」です

    スミマセン、今日はやや真面目です

    Aメロの「普段からメイクしない君が薄化粧した朝」

    葬儀の日の朝、納棺師がやってきて、おばあちゃんの顔に化粧をしていきました

    事故での急な別れだったので、頬やおでこに紫のアザがありましたが、化粧で綺麗な白色になりました

    「納棺師すげー」と思いながら見ていました^^

    2番サビ「花束を君に贈ろう 言いたいこと言いたいこと きっと山ほどあるけど 神様しか知らないまま」

    年齢は90歳を過ぎて、だいぶ衰えは見えていましたが、まだボケる事無くしっかりしていました

    なので、死が目の前にあると想定していませんでした

    少なくとも、家か病院のベッドで見送るイメージでしたね

    出棺の際の花を敷き詰める際に「まだ言いたいこと色々あるはずだぞ」と思いながら見送りました

    同じ事故で父も母もケガで入院中だったため、孫の私が葬儀を取り仕切ったんですよね^^

    面識ない親族や知人が弔問に来た時にお喋りするの、嫌でしたね^^

    そういう役割もあって、葬儀中は全く泣かなかったのですが、全部終わって家帰ってきたあとに、ちょっと泣いた記憶があります

    思えば、人前で泣くことはほとんどないかもしれません。一人でこっそりタイプ^^

    この経験があって、自分が大切だと思う人に対しては「これが最後かもしれないぞ」と思うようになります^^

    太宰治の「斜陽」にこんなフレーズがあります

    『ご無事で。もしこれが永遠の別れなら、永遠にご無事で。』

    すごくいい文ですよね^^こんな短文で鮮やかに自分の気持ちが書かれてある。ちょっと泣きそうです^^

    だから相手からすると「あれもやらなきゃ。これも言わなきゃ。」みたいになって、なんか知らんけど生き急いでいる人になっているかもしれません^^

    最後のサビ「どんな言葉並べても 君を讃えるには足りないから」

    いつもメンタルが安定していて、優しい人だったなと思います

    親との関係が今いちだった私をいつも助けてくれました

    年老いてからも、読書、編み物、詩吟、書道など色々な事に挑戦する姿がかっこよく、私もそんな人になりたいと思っています

    私がカラオケで苦労しないのも、おばあちゃんが詩吟の道場に連れていってくれたおかげです。(あ、苦労しないのは歌唱に関してで、立ち回りに関しては苦労しています^^)

    これは、宇多田ヒカルさんが母に贈った歌とされています

    私はそれを、大好きだったおばあちゃんに贈ります

    そろそろ消化していいだろと思うのですがね

    誰かに吐露したくなってしまうので、この場をお借りしました

    今日はスッキリ1000字です^^成長しました