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  • ♯98 習慣化に必要なのは、意欲より仕組み化では?

    98回目の投稿になります

    さて、今回は「仕組み化」について考えてみたいと思います

    すごくマニアックというか、感覚的な話になりますので、読み進める際はご注意ください^^

    まあ、こちらにいつも来ていただいている読者様はもう慣れていると思いますが^^

    私は、周囲の人から、「毎日よく頑張るね」的な事を言われる事があります

    マラソン練習、資格や検定の勉強、筋トレなどなど

    周囲の人は私を「意欲がある人」「意識が高い人」「継続力のある人」と思っているかもしれません

    でも、違います^^私は、めんどくさがりな面もあるし、ラクしたいし、怠惰だし、気を抜くと部屋とかすぐ荒れ始めるし^^

    という事で、私はいつからか、自分の意志や意欲を過信せず「仕組み化」「自動化」する事で継続する術を身に付けていきました

    私が実践している事例をいくつか書いてみます

    私が、いかに意欲というものを信頼していないか、ラクしたいかがわかると思います^^

    ・毎月貯金する

    これはもう「先取り貯金」に尽きます

    「1か月節約頑張ろう!そして、残ったお金を貯金しよう」だと、意志、意欲の問題になってきます

    1か月間、事あるごとに「節約節約」とか「これは買うべきか買わざるべきか」みたいな判断をするのって疲れます

    なので、給料日に「5万円先に貯金。あとの20万は次の給料日までに好きに使ってOK」とする

    そのために、給与は第1口座と第2口座に分け、第2口座に5万円自動入金されるようにしています

    さらにその5万を、NISA枠を埋めるために、毎月1日にインデックスファンドを自動購入するように設定しています

    あ、ちなみに、第1口座の20万もだいたい使い切らないので残額は貯蓄になるんですけどね^^

    これが、私のイメージする「仕組み化」の最もイージーなものです

    ・毎日勉強する

    私がここ数年、資産形成やFP、漢検などの勉強が習慣づいたやり方はこれです

    「出勤前、玄関に、その日やるページのテキストとノートを開いて置いておく」です^^

    玄関ってのが、ちょっと狂気じみていますね^^

    でも、これだと、帰ってきた時に絶対目に入ります。そして、これは人それぞれかもしれませんが、私は、未完了のタスクがあるとやってしまいたくなります

    心理学だと「ツァイガルニク効果」とかって言いますね^^

    帰宅後、着替える前にそのまま30分~60分お勉強です

    部屋着に着替えると、やる気がなくなりそうで怖いので、仕事の制服のままお勉強です^^

    もう1つ勉強で「仕組み化」している事があって、それは、「わざとキリの悪いところで終わらせとく」です

    漢字検定の問題が見開き40問あったら、35問とかでやめて〇つけまでして終わります

    そして翌日、キリの悪い36問目から始めます

    これはすごく感覚的な話なんですが、そのページの1問目から始めるのと、途中の36問目から40問目までやって、その勢いのまま次のページに突入するのでは、後者の方が心理的負担が少ない気がするんです

    ・朝ラン

    寝る前にトイレの前にランニングの服と道具を置いときます

    翌朝起きたら、トイレ行った時にそれが目に入る

    ランニングの服に着替えると「まあ、服着たし、走りますか」みたいになります^^

    これが、朝起きて、衣装ケースからTシャツ出して靴下出して、キャップと補給ゼリー用意して、サングラスはどこだっけ?…とかやってると、たぶんその作業の途中でめんどくさくなります^^

    そして、走り出す訳ですが、最初の5分くらいは動き出すことに慣れていないので体はしんどいです

    でも、5分くらいたつと、慣れてきて楽になってきます

    車と同じで、発進する時が最もガソリンを使い、60キロとか定速で巡行し出すとガソリン消費は少なくなるみたいなイメージです

    勉強も同じで、始めてしまえば軌道に乗って、30分の予定だったけどもうちょいやろうみたいな感じかな

    適当に挙げてみましたが、こんな感じでできるだけ仕組み化して生きています^^

    自分の脳をハックするような感覚です

    自分の脳をハックする(騙す)事については今いろいろ考えていて…

    あ、また長くなってしまっているので、この話題はまたいつか^^

  • ♯97 今週頑張った事 7/26

    97回目の投稿になります

    【北海道マラソンに向けて】

    30週目(7月20日~7月26日)

    日付メニューあと
    7/20(月)休み41
    7/21(火)休み ※140
    7/22(水)北24条~新川通朝ラン10キロ ※239
    7/23(木)ジョグ10キロ38
    7/24(金)インターバル走8キロ ※337
    7/25(土)坂ラン6キロ ※436
    7/26(日)ジョグ25キロ ※535

    ※1…18日の30キロレースの疲労ほぼなくなる

    ※2…札幌に泊まる用事があったので、北24条から新川通にかけて、本番のコースを10キロ朝ラン。雨降ってたけど、本番想定で走れてよかった

    ※3…キロ5分→2分レストを8セット。最後の1本だけ、4分30秒で走る

    ※4…上りは少し息が上がるくらいで、下りはゆっくり

    ※5…本番ペースのキロ6分20秒で25キロ。気温も涼しく走りやすかった

    週の走行距離…59キロ 月間走行距離155キロ

    7月の月間走行距離目標…180キロ  月間進捗率86%

    →順調に練習を重ねられている。どこかで新川通~北大のコースも試走したい

    【今週のクリエイティブ】

    ・図書館で長谷川あかりさんの「わたしが整うご自愛ごはん」「時間がない日ののせごはんとかけごはん」借りる

     →「たまごとツナののっけごはん」めちゃうま^^

    ・「煮卵」「鶏むねチャーシュー」など、数日保存できる常備菜を作り始める。疲れた時や、他の事に時間を割きたい時にすごくいい

    ・漢字検定2級の勉強…P50~63

     →部首に続き、四字熟語で再び撃沈^^「飛花落葉」「破邪顕正」2級は以前合格してるのに初めて知った四字熟語が多数。あれ?ホントに受かってた?^^

     →対義語・類義語はある程度正解。ちょっとホッとする

    ・今週読んだ本

     →朝井リョウ「どうしても生きてる」

     →宮沢賢治「風の又三郎」

     →芥川龍之介「舞踏会」

     →山崎元「経済評論家の父から息子への手紙」

     ジャンルは全然違いますが、4冊とも泣けます^^今週はたくさん読めた^^

    【今の脳内】※自分用備忘メモ

    ・北海道マラソンに向けた準備

     →ペース設定、暑熱対策、直前1週間の過ごし方

     →あと1か月で本番

    ・北海道マラソン後のランニングのモチベーション

     →10月の「札幌マラソン」エントリー

     →冬は?本州の大会出てみる?

    ・ブログを読みやすくしたい

    ・ブログもうすぐ100回

    →これについては自分を褒めます^^

    ・一般的に善と思われている事をロジックで否定してみる。逆に一般的に悪と思われている事をロジックで肯定してみる

    ・ボーナスの使いみちがない^^全てインデックスファンドへぶっこむ?^^

    ・お金の勉強を再度したら、お金の使い方の価値観が以前と少し変わってた

    ・速読?遅読?

  • ♯96 読書記録「東大うつ」②

    読書記録「東大うつ」②

    著者:西岡壱誠

    出版社:ベスト新書

    初版:2026年7月

    96回目の投稿になります

    前回紹介した「東大うつ」の2回目になります

    前回は、東大に合格して前途洋々に思える学生の一定数がうつを発症するケースと原因について紹介しました

    すごく簡単にまとめると

    ・親の勧めで受検した場合、自分の人生を自分で選び取るという経験がなく、合格後に不安が押し寄せる

    ・受験は数値で成果がわかる。でも入学後は目標や興味を自分で見つけないといけない。正解がない世界に不安を感じる

    ・挫折経験のなさ、評価軸の少なさ、反抗期のなさが、うつになる人に多く見られる傾向

    これが、私にも当てはまるなあなんて思いながら読みました

    今回は「じゃあどうすればいい?自分だけだと無理な時の処方箋」として、うつから抜けたエピソードを中心に、こちらも構造的に書いてみたいと思います

    1 休学する

    受験勉強を頑張ってきた人は、立ち止まらず走り続けてきた場合が多い。それはイコール「自分の人生と向き合う時間が少なかった」のではないかと筆者は言います

    私の経験からも、それはすごく的を射ていると思います

    それまでは「ドラクエ的世界」というか、次のミッションがわかりやすい世界で生きてきました。次は洞窟から○○というアイテムをゲットしてくる、次は○○というボスを倒す、次は~というように

    でも、大学では(40を過ぎた今でも^^)マインクラフトの初期のフィールドに落とされたような感じで、どこへ行っても何を建築しても、または何もしなくてもいいですよとなるイメージです

    そうすると、私のような人は、経験のなさに自信のなさがプラスされて身動きが取れなくなってしまうのです

    筆者は「休学して自分を見つめる事は大切だ」「休学という決断をするということが強さだ」と言います

    休学によって回復できた新倉さんという方が出てきます

    彼女はうつになった時、何もできなかったが、麻雀の動画だけはボーっと見ることができたそうです

    新倉さんは、麻雀に「新しい世界を見た」と感じた

    勝ち負けはその場の手牌と判断で決まり、負けても人格が否定されるわけでもない

    麻雀では「勝負を降りる」のも戦略のうち。今の局で負けても次で挽回すればいい

    人生も麻雀と同じトータルで勝負と思えた時、気が楽になったそうです

    私は、苦しみながら休学しなかった人ですが、40を過ぎるとそれなりに色々な経験を重ねてくるので「人生はトータルで勝負」という感覚は痛いほどよくわかります

    今も、少し優柔不断な所があったり、ささいな事で自信を失いそうになる時もありますが、奮い立たせてくれるのは過去の経験な気がします

    適応障害だった時はすごくしんどかったですが、今は、もしこれから同じ症状の人に出会ったら、良きメンターになれるだろうなという自信があるし

    そういう風に役立てたら、適応障害になった事自体も、今まで生きてきた自分も肯定できそうな気がします

    なんか、熱くなりました^^次行きます

    2 親子仲の回復

    親から子へ「条件付きの愛」しか示されていない場合にうつが起きやすいと筆者は指摘します

    100点だと褒められる、少し点数が低いと顔が曇る

    そのような評価軸な親だと、子は、かけてもらったお金、かけてもらった時間に大きなストレスを感じ、壊れるまで走り続けてしまう

    また、子がうつになる親の特徴としては「子どもを同一視する」という事も挙げられています

    親の人生観を子に投影してしまう。自分が成功していれば自分と同じように、自分が挫折したなら自分のようにはならないようにと、自身の理想を子に押しつける

    もう少し大人になれば、親という存在も客観視できるようになるが、大学生くらいだとまだそれは難しい

    これも、私の事を振り返っても大きいと思います

    私は、自分自身の短所を「減点思考」だと思っています

    今はだいぶなくなりましたが、以前は95点のテストが嬉しくありませんでした

    「あー、5点ミスっちゃった。復習しとかないと」って本気で思ってました

    今思うと「いやいや、正解できた95点分をまずは褒めましょうよ^^」となるんですけど、そういう視座がなかったんですね

    そして、勝手に憂鬱になってました

    でも、それも、人のせいにするのは申し訳ないけど言います

    「母親のせいです」と^^

    母がテストの点数を見た時のリアクションはまさにそれでした

    そうすると、学生でつらくなった時に、実家が「安心して帰れる場所」じゃないんですよね

    私は、そういう育ちだった事もあってか、人と対する時は、その人のいいところを見たいなって思います

    大したアドバイスや正解を語る事はたぶんできないけど、「この人には相談してみたいな」って思ってもらえるような「落ち着ける場所」になりたいなって思ったりします

    また長くなってしまってます^^

    私見ですが、私は、人生で一番大変なのは大学生じゃないかと思います

    高校生までは、衣食住とお金の問題は気にせず勉強してればいい

    就職してからは、稼がなきゃいけないけど、仕事が終わればある程度時間は自由

    でも大学生は、大学での勉強というメインがあって、その他にバイトで生活費を稼いだり、進路や就職を考えないといけなかったり。それに一人暮らしが重なると家事、自炊、行政手続きなどものしかかる

    それはそれはストレス過多で大変な毎日。イヤになったり何かに逃げたくなったりしますよね

    筆者の「終わりに」の文も良かったです

    「あなたが壊れたのは、あなたが弱かったからではない」

    「止まっても、休んでも、あなたの存在は肯定される」

    しんどい思いをしている学生にも、その親にもためになる本なのではと思いました

    私も、この本を読んで、しんどかった大学時代を肯定するという再定義ができました

    いつも長くてスミマセン^^

  • ♯95 全身麻酔をしてみて思った事

    95回目の投稿になります

    私、昨年交通事故(一応書いておくと、こちらの過失0の完全なもらい事故です^^)で右の顔面を強打し、頬とあごの骨を骨折、歯も右側をほとんど失う事となりました

    そして、歯については、インプラントを入れる事にしました

    あ、のっけから重い話でスミマセン^^

    無事、今日、インプラントの治療が終了し、制限なく飲み食いできるようになりました^^

    あ、別に不幸自慢をしたい訳でも、共感を求めたい訳でもありません

    書いてみたいのは、インプラントの手術をする時に行われた「全身麻酔」についての考察です

    今、思い返すと、けっこう新鮮な体験だったなと思ったので、記録がてら書いてみます

    インプラント治療は、インプラントに変える部分の歯を全て取り除きます。私で言えば、右半分をほぼ抜いて、そこに上下各2本のインプラント体を骨に埋め込む

    その時の手術で行われるのが全身麻酔です

    手術台に横になり、麻酔担当の医師から説明を受けます

    そして、麻酔が点滴を通して体内に入ってきます

    そこから、手術終了まで約2時間の記憶がまったくありません^^

    「あー、意識がぼんやりしてきたな」とか「視界がモザイクになっていく」みたいな感覚は皆無^^

    グラデーションで意識が薄れていくのではなく、パッと遮断された感覚です

    意識を取り戻したときは、看護師さんに名前を呼ばれ、目が覚めた感じでした

    そして、その時には、手術箇所の歯はきれいに抜かれ、インプラント体も埋め込まれていました

    10分ほどで意識もはっきりし、看護師さんと会話のやり取り、脈拍、瞳孔の動きなどを確認され、問題なしという事で手術は無事終了となりました

    ここまでが事実と状況の説明になります

    ここからが内省になります^^

    まず考えたのは、「その2時間は、私は生きているといえるのか?」という事です^^

    体は生きているのはわかります。呼吸もしているし心臓も動いてますから

    でも、意識はない。という事は、その2時間は存在していない事になるのではないか?

    周りから見たら明らかに生きているのはわかります。しかし、私の意識の問題としては、その2時間この世界に存在していたと言えるのかということです

    付いて来れていない方は、ここで離脱していただいてもかまいません^^スミマセン

    続けます

    先述したように、麻酔の時は、グラデーションではなく意識は急に途切れました

    その時の状況について思いを巡らせると、自分が死ぬとき、これでいいんじゃないかと思ったんです^^

    ここで言う「死ぬ」は、交通事故や自殺ではなく、年老いたり病気になったりして死ぬ事と定義します

    一般的には「病気になる→余命宣告→治療→衰え→死ぬ」みたいな流れだと思いますが

    余命宣告を受けて、身辺整理や死後の手続きなどを終えて、「もうやり切った」「あとは死を待つだけ」となった場合

    今回の全身麻酔のような形で死を迎えるのってアリだなと思いました

    私、今は、自分の人生を自分でコントロールしている実感がありまして

    それは、キャリアやお金、時間、世間体や社会常識などに対する自分なりの解(マインド)が再構築されたからですが

    他人の言動はコントロールできないからあれこれ考えすぎないとして、自分の事は全てコントロール下において、自分で意思決定したいと思うようになりました

    そうすると、今回の全身麻酔のような形で人生を終えるのって、コントロールできてるなって思うんです

    病気の最後の方って、体も満足に動かないんだろうし、痛いんだろうし、QOLはめちゃくちゃ低いんだろうなって思います^^

    だったら、ある程度の段階で「あ、僕、ここまででいいんで、点滴投入しちゃってください。今までありがとうございました」

    みたいな終え方、いいんじゃないかと思ったりしました

    日本では安楽死については認められていないし、生命尊重や自己決定権など専門家でも見解が分かれるような難しく多様な議論があるので、そこには言及しません

    もしかしたら、私が書いた方法での死に方も、広義では「自殺」に含まれるのかもしれません

    それに、いざ70歳とかになって死が現実的になってきたら「わしゃ、1分1秒でも長く生きたいんじゃ」とか言い出すかもしれないし^^

    こんなことを、札幌の歯医者から帰る道中、運転しながら考えたりしていました

    あ、「殺す」とか「死ぬ」とかって、SNS上でははじかれやすいから、あまり使わない方がいいって言われたばっかりだった^^

    まあ、いっか^^書きたい事を書こう^^

  • ♯94 死にたくなるのは暇だからじゃね?説について^^

    94回目の投稿になります

    さて、今回は「死にたくなるのは暇だから?^^」です

    いつにも増して、穏やかではないタイトルですが、この仮説をできるだけ軽やかに考察してみたいと思います

    現在、私はとても充実した日々を送っていると、自分で自信をもって言えます

    本を読み、勉強し、マラソンの練習をし、レシピサイトを見ながら自炊、たまにギターの練習などなど

    でも、かつての自分(5年くらい前まで?)は「死にたい」って定期的に思う派でした^^

    あ、ちなみに今はそんなに思いません(少しは思うの?^^)

    昔の私と今の私では何が違うのか?考えてみるに、それは

    「やりたい事が明確でそれに集中しているから。そして、それを今後もやり続けていきたいという未来志向があるから」

    といった所でしょうか

    少しカッコつけましたかね^^

    1つ例示してみます

    私は今、マラソン練習を頑張っています。先日も30キロのレースに出ました

    30キロは私のペースでは3時間程度かかります。27キロくらいでは息もあがって脚もかなり疲労を感じました

    でも、ゴールを目指して1歩1歩走っていました

    その時に、息をハアハアさせながらふと思ったんです

    「さすがに今、死にたいって思ってないな」ってことに^^

    死にたいって思う時って、他者からすごくイヤな事をされたとか、自分の許せない面が顕在化してきたとか、SNSで他者と相対的に比較をしてしまう事で落ち込んだりするときだなって思ってたんですけど

    その1つ前の段階として「暇だから」ってのがあるんじゃないか

    もしそうであるなら、時間も忘れるほど何かに熱中できるものがあればいいのではないか

    そして、それは、他者との比較で価値を感じる事ではなく、自分の成長にフォーカスできる事だとなおいいのではないかと思ったりしました

    さっき「未来志向」と書いたのは、例えばマラソンだと「来年のこの大会では○○分で走りたい」とか「いつかフルマラソンで4時間切りしたい」みたいな、他者を介在しない目標があるといいのではと思ったからです

    「1位になりたい」とか「半分より上に行きたい」とかだと他者が介在して相対的になっちゃうので、そうじゃないイメージです

    目標を自分のビフォーアフター的に設定する事で、将来の自分を見るのが楽しみになってきて、「生きてた方がおもろそうやな」って思えるんです^^

    少し脱線します

    私、大事な人と会ったり、旅行へ行ったりする時って、その時ももちろん楽しいけど

    その日までに色々計画を練ったり、準備したり、当日を妄想したりする事の方が楽しかったりします^^

    この感覚、当ブログへお越しの方、おわかりいただけませんかね^^

    例えば1か月後に人と会うなら、何話そうかなとか、お土産買おうかなとか、車キレイにしとこうかなみたいな事がマイルストーンみたいになって充実しだすので、あんまり死にたくなくなります^^

    あ、マイルストーンはちょっとカッコつけました^^ワードとして使ってみたかっただけです^^

    話を戻します

    一方、たぶん、あまりよろしくないパターンとしては、「暇だ→SNSをなんとなく見る→華やかな他者(面識あるない問わず)の生活が目に入る→自分と比較してしまう→へこむ」スパイラルに陥る事なのかな

    現代は、YouTubeもXも再生数、インプレッション数で収益が出るので、アップする内容もより過激に、より極端になってきている感じがします

    しかも、一度タップすると、それがアルゴリズム化されて関連動画がどんどん出てくるので、気を付けないと見える世界がどんどん狭くなって先鋭化されやすい

    すごく華やかな生活を送っていそうな人、キラキラした場所で着飾っている人も、発信していない時は地味な生活かもしれません

    死にたいって事は、自分の事を「価値ある存在」と思えていないから?

    価値がないと思うのは、価値ある生活を送っていないから?

    じゃあ、価値ある生活って何?お金?家?権力?

    みたいに考えていくと、「自分で価値設定をする」って事が大事な気がしてきます

    例えば私の月収は、手取りで25万程度です(もう少し欲しい^^)

    支出が月20万円なら幸せかもしれないし、月50万円なら不幸せかもしれない

    「私は、何をしている時が自分らしいと思えるのか」

    「私は誰といる時、無理がなく、自分が好きな自分でいられているのか」

    死にたくなった時には、自分なりの「生活」「好き」「楽しい」のベースラインを内省してみて、他者の目をいったん外してみるのがいいのかもしれません

    なんかうまくまとまっていない気がします

    スミマセン^^

  • ♯93 今週頑張った事 7/19

    93回目の投稿になります

    【北海道マラソンに向けて】

    29週目(7月13日~7月19日)

    日付メニューあと
    7/13(月)ジョグ8キロ48
    7/14(火)レースペース10キロ ※147
    7/15(水)ジョグ8キロ46
    7/16(木)休み45
    7/17(金)休み44
    7/18(土)札幌30Kレース43
    7/19(日)休み42

    ※1…キロ6分20秒ペースで

    週の走行距離…56キロ 月間走行距離152キロ

    7月の月間走行距離目標…180キロ  月間進捗率86%

    18日のレース結果(メモ)

    ・前日夜は豆腐と肉とご飯を多めに食べる。生まれて初めてすき家の牛丼2個食べました^^(1つは普通の牛丼、もう1つはごはん部分が豆腐になっているライト牛丼みたいなやつ)カーボローディングを試してみる

    ・気温23度。ここ数日よりだいぶ涼しい。走りやすかったけど、30度とかで北海道マラソンに近い状態で走ってみたかった気もする

    ・大会関係者のテンションが高い^^ちょっと苦手^^

    ・最初3キロまで6分30秒ペースのペースメーカーにつく。ただ、かなりの集団でペースも若干上下するので走りにくい

    ・だんご状態で給水ゾーンに行くと、かなり危険^^急な進路変更、急な停止…。車の運転と一緒だなと思いながら走る^^

    ・3キロ以降はペースメーカーから離れ、単独走へ

    ・周回コースのため、途中、速いペースの選手が抜いていく。一瞬ペースを上げたくなる^^北海道マラソンではこの現象はないが、周回コースでは自分のペースを守るのが重要

    ・20キロ時点で、まだだいぶ元気。30%程度の余力残しでゴールする予定だったので「ん?このままだと50%残しくらいでゴールになるのでは?」と思い、ラスト10キロ、ペースを上げる。バテている人を抜かすの、やっぱり気持ちいい。性格悪い^^

    ※レースペース

    距離想定ペース想定タイム実際のペース実際のタイム
    S~56:3232:406:2832:20
    6~106:211:03:306:231:03:50
    11~156:201:35:006:181:34:30
    16~206:202:06:406:152:05:10
    21~256:202:38:206:072:33:30
    26~G6:203:10:005:582:58:50

    という事で、想定のペースよりはだいぶ速く走った事になります^^

    でも、暴走した訳ではなく、体力30%残しで終えるという事は守れたかなと思うので、これで良しとします

    本番の北海道マラソンは、6分20秒ペースを35キロくらいまで我慢して走れれば、目標とする4時間30分切りも目指せるくらいにはなってきたかなという印象です

    30キロしっかり走れて自信になりました

    目に見えて結果が出るって嬉しいものですね^^

    【今週のクリエイティブ】

    ・漢字検定の勉強

     P36~49

    →部首で死亡^^全然わからない^^写真の通り壊滅状態

    これについて考えてみた。たぶん、私、部首ってどうでもいいと思ってます^^読み書きできればいいだろって思ってる^^これについては、小学校の頃とかは書き順に対しても思ってた。「縦が先だろうが横が先だろうが、完成形は変わらないんだからどっちでもいいでしょ?」って^^

    「左の1画目は横線ですよ!右の1画目は左はらいですよ!」「いや、完成形同じだからどっちでもよくね?」って思ってました^^

    且の部首は「一(いち)」だって^^

    亜の部首は「二(に)」だって^^わかるかー!

    あ、取り乱しました^^しっかり憶えます。漢字の勉強楽しい

    ・ギター練習中。むずい押さえ方の時、手がつりそうになる^^

    【今の脳内】

    ・ブログネタ

    返事がないのが返事というメタ認知

    サングラスしたらからまれない^^

    アドラーが私を救ってくれた

    長男、長女の悲哀^^

    ネタだけが増えていく^^

  • ♯92 読書記録「東大うつ」

    読書記録「東大うつ」

    著者:西岡壱誠

    出版社:ベスト新書

    初版:2026年7月

    92回目の投稿になります

    先日訪れた札幌の書店で偶然見つけた本です

    この本は、軽い気持ちでカフェで読み始める本ではありませんでした。私の幼少期からの生き方、大学時代の憂鬱が書かれていて、危うく泣きそうに^^

    タイトルは「東大うつ」となっていますが、受験勉強を真面目に頑張って、ある程度の大学へ合格した人なら、大いに共感できると思います

    私は北海道の小さな国立大学で、東大とは比べるべくもないですが、たくさんの気付きのある本でした

    タイトルが目を引くように「東大うつ」となっていますが、「大学うつ」として読んでも問題ないと思います

    この本のいいところは、うつになった人を個人の問題とせず、構造の問題としているところです

    そこがすごく救われます

    • うつ発症のケース

    ・受験は、努力が数値として帰ってくる。でも、入学後は「次の目標」がなくなる。「で、次なにをすればいいんだろう?」と思ったら何の意欲もわかなくなった

    ・親の勧めで東大を受験したIさん「自分の人生を自分で選ぶという回路が一度も起動しないまま大人になってしまった私は、初めてその回路を必要とした瞬間に、立ち尽くしてしまった」と回想した

    →すごく良くわかります。私も今思い返すと親の期待を背負わされて、教師を目指すというレールに乗りました

    そうすると、肝心な所で踏ん張りがきかないというか、頑張れない感覚がありました

    どこかで「他責」というか「真剣になれない」というか…

    言語化が難しいですが、自分の気持ちに向き合わず大学生になってしまった感がありました

    第2章 7人のケースから見える「うつになりやすい人の特徴」

    • 挫折経験の少なさ

    勉強という分野で失敗しにくい。これが意味するものは、新しい何かへの挑戦をしなくなるという事。勉強が「失敗しない安全な場所」になる。その結果、挫折経験がないまま東大へ行くことになる

    • 評価軸の少なさ

    勉強ばかりの人は、自分の価値を測る物差しが勉強に一本化されやすい

    大学に入り、就活が始まり、正解が見えなくなった瞬間に「勉強を頑張ってきた自分」という軸が揺らぐ

    そして心が不安定になる

    勉強以外の経験がある人は崩れにくい

    趣味、アルバイト、恋愛、ゲーム、釣り、料理。「勉強以外の場所にも、自分がいていい」と感じられる人は、1つの軸がうまくいかなくなっても、別の場所で呼吸をする事ができる

    • 反抗期のなさ

    成績が安定して良い、学校の先生からも高評価、親のいう事をきちんと聞くいわゆる「いい子」。理想的な成長過程に見えるが、これが落とし穴

    親や先生の期待に応えられる能力があるという事は、自分で考えて選ぶという必要がなかったという事

    小中高時代にうまくいきすぎた結果として、自分で考えて方向転換する訓練、反抗してでも道を変えるという経験を積めなかった

    これに一人暮らしなど環境の大きな変化も重なると、自分がどこに進めばいいのかわからなくなってしまう

    • 就活期にうつが出現しやすい

    高校までの世界は、指標がとても明確。偏差値、順位、合否。どれも「次に何をすればいいか」を数値で教えてくれる

    しかし、大学以降は成功の定義が一気に曖昧になる

    私のように単科大学(教育大学)へ進んだ感じだと、進路の軌道修正は非常に難しいです

    ただでさえ決断した経験が少ないのに、「先生を目指すのをやめる」事は、進路変更ではなく「無」とか「闇」みたいな感覚になりました

    教育実習へ行って、先生に向いてないかもというのはぼんやりわかっているのに、だからと言って他の道も見えない

    「引き返せないところまで来てしまった」感が大学3~4年の時の私の素直な感情だったと思います

    まさに、以前紹介したヨルシカの「ヒッチコック」の心象風景ではないでしょうか

    「そんなの君にしかわからないよなんて言われますか?」ってね^^

    結局私は、30代半ばまで自分を騙しつつ仕事を続け、その後ぶっ壊れる訳ですが^^

    それなら大学時代にぶっ壊れといた方が良かったのか?なんて今俯瞰して見ると思ったり思わなかったりしますね(どっち?^^)

    続きは次回です

    今回の本は、わかる方にはすごく刺さるのではないかと思います。ピンときてない方ごめんなさい^^

    次回は、「じゃあどうすればいい?自分だけだと無理な時の処方箋」として、うつから抜けたエピソードを中心に、こちらも構造的に書いてみたいと思います

    最近、自ら心をえぐられに行っている気がします^^Mなのでしょうか?

    でも、自分を再構築する大事な作業である気がしています

    重い気持ちになった方、ごめんなさい

    もう少し、私の内省にお付き合いください^^

  • ♯91 「殺してやるよ」って言ってみて気付いた事^^

    91回目の投稿になります

    さて、今回は「殺してやるよって言ってみて気付いた事」です。かなり不穏なタイトルですね^^

    以前、ヨルシカの「ポスト春」という曲を好きな歌紹介として書きました

    その中に「殺してやるよ」っていう歌詞があります

    ボーカルsuisさんが、優しくかわいい声で「はあ、殺してやるよ♪」って歌うんです^^

    それをドライブ中に車内で口ずさんでいたときに「あれっ?」と気付いた事があったんです

    「私、今までの人生、『殺してやる』って声に出して言ったことないかも^^」という事に

    まあ、物騒な言葉なので当たり前といえば当たり前なんですが^^

    ここで私が提唱してみたいのは、次の事です

    それは

    「普段言い慣れてない言葉は、いざ必要な時に出てこないのではないか」

    という事です

    例を挙げます

    私、ありがとうって言い慣れています。なにかしてもらったら無意識に「ありがとうございます」って言えます

    別に善人ぶる訳でもありませんが、そこは素直に自分のいいところかなあと思っています

    でも、「イヤです」とか「やめてください」とか「それはできません」っていう言葉は言い慣れてません

    だから、気持ち的には断りたい場面でもうまく言葉にできなくて「わかりました」ってなってしまう事があります

    「殺してやるよ」と言う必要はないかもしれませんが^^私にとっては、断る事や反論する事、イヤだと主張する事などは、ちゃんと事前に練習して回数を重ねておかないと、ここぞという場面で言えない気がするんです

    「ごめん、私はそこまではできないかな」

    「同じ部分もあるけど、私の考えとはだいぶ違うかな」

    「そういう言葉はちょっとイヤだな」

    これでもだいぶマイルドな気はしますが^^こういう事を実際に言っておくのって、自分にはすごく大切な事だと思いました^^

    今までの経験上、自分が他者との関係で苦しさを覚える時って、たいてい断れなくて相手ペースで物事が進んでいった時が多かったと思います

    そこに、自己犠牲的な観点も加わると、「自分が我慢さえすれば波風は立たない」となって、余計に力関係に差のある付き合いになってしまう

    だから、自他の境界線を明確にして、「ここまではできるけど、ここからは私はできない」という事をちゃんと主張する事が大切なのだと思いました

    そのためには、「イヤだ」「できない」という事を口に出す練習をする

    これってすごく大切な事なのではないかと、「ポスト春」の「殺してやるよ♪」のくだりを聴きながら思ったわけです^^

    さらに少し深く掘るなら、断っても付き合いが変化しない人こそが、本当に大事な人というか関係性なのではないかと思ったりもします

    なぜなら「それはイヤ」と言った相手(私)の心情も理解して尊重しようとしてくれる人だと思うからです

    「殺してやるよ」っていうワード1つから、こんな感じで思想を広げてしまいます^^

    特に一人でドライブしてる時なんかは考え放題です^^

    運転席横には付箋とペンが置いてあって、赤信号の時に要点だけ書き殴ってます^^

    北海道も蒸し暑い日々になってきました。読者様も元気に日々を過ごされますよう

  • ♯90 人生で最も大切なものは「時間」だ

    90回目の投稿になります

    さて、今回は「人生で最も大切なもの」について考えてみました

    私は、今、人生で最も大切なものは「時間」だと思っています

    「今」と書いたのは、以前は違う認識の時もあったなあと思い返したからです

    大学生の時なんかは「お金」だったかもしれないし、20代の頃は「仕事や社会的承認」だった気がします

    今は仙人みたいな生き方になりつつありますが^^、若い頃はそれなりに競争心や自己顕示欲などもあったように思います

    そういった時も経て、今は「時間」だと自信をもって言える感覚があります

    時間が大切だと私が思うに至ったきっかけが2つあります

    1…激務による適応障害

    前職は中学校教員でした^^

    朝7時出勤でまともな休憩時間なし、21時退勤、帰宅後も持ち帰り仕事、土日も部活の大会引率などでつぶれる

    マジでプライベートなし、という日々でした。使うヒマなくてお金は貯まったけどね^^

    転勤した3校目に人間関係で色々あり休職

    その時に「定年までこの感じで働いて、60歳とかでまあまあな退職金もらって、んで、その人生って何?」と思うに至りました

    そもそも60歳までたどり着くまでに死ぬんじゃね?と^^

    この辺は、気が向いたらまた書こうと思います^^

    2…父の死

    父が72歳で死にました。その時に何となく「自分も72歳で死ぬ」と仮に設定しました^^

    そうすると、「あれ、俺の人生あと30年くらい?健康寿命とかでいえば20年?今くらいの感じで体が動くのってあと10年とかじゃね?」と思うに至りました

    お金を貯めるだけじゃなく使う方にシフトしたり、マラソンに挑戦したりしているのも、父の死を自分ごととして捉え始めたのがきっかけなのかもしれません

    さて、「時間」を重要視すると、次のような意識の変容が私には起きました

    1…やらなくていいことが明確になる

    FPの資格を取り、自分の家計を徹底的に棚卸ろししました

    すると、基本給とNISAでのインデックスファンドの積み立てで日常生活費と将来の必要資金はメドがたつことがわかりました

    そこで私は、残業と昇進を手放しました

    その時間を「読書、マラソン、自炊」など自分が好きだと思える事に充てています

    生活の質が爆上がりです^^好きな事に取り組める時間が長いと自己肯定感も上がりやすいと思います

    2…選択の回数を減らす(自動化)

    服は無印良品で2パターンを2セットとかで買い、シーズンごとに着まわしています

    よく会う人は「こいつ、毎回同じ服やな」と思っていることでしょう^^

    でも、それも、朝「今日は何着ようかな」の時間や選択に使う脳のリソースを消費したくないと思っているからです

    これ、マラソン練習していて気付いたんですが、走っている途中に選択の場面が増えると、脳が疲れるのか走るのがきつくなってくるんです

    ノープランで走り始めて「ペース上げようかな?次曲がろうかな?やっぱもう1つ先にしようかな?」とかだと、疲れを感じるんです。走る前に、ペース、コース、キロ数などをシミュレートして走るのとでは全然違います

    「選択」に脳のリソースを使わないようにすることで、自分の好きな事に使う時間や脳のフレッシュさを確保しています

    3…資産形成との関連

    株価の推移を見ると、定期的な下落、暴落はあるものの、長期で見ると右肩上がりに上昇してきた歴史的経緯があります

    私は、自分が死ぬくらいまでは少なくとも資本主義経済は続くと思っているので、長期投資を継続しようと思っています

    投資を始めると、自分の投資した評価額の上昇が楽しみになります。特に、私が買っているインデックスファンドなどは、10年以上寝かしておいてからの複利がどんどんエグくなっていきます

    そうするとできるだけ長く世の中を見ていきたい気持ちになります

    そのためには長生きしたくなるし、健康に気を遣うようになります

    投資家や稼ぐ力のある人が筋トレやランニングをする人が多いのも、こういった理由からかもしれません

    投資は、1秒でも早く始め、できるだけ長く株式市場にお金を置き続ける事が正しい解だと勉強して理解しました

    さて、今回は「時間の大切さ」について書いてみましたが、人との関係性については矛盾を抱えている事も正直あります

    人間関係はマラソンのようにじっくり時間をかけて醸成していくものだと私は思っています

    急に盛り上がった関係性は、ダメになるのも早い気がするからです。焦らずゆっくりとが基本思考です

    でも、交通事故で急におばあちゃんを失ってからは、「この人と会うのは今日が最後かもしれないぞ」という気持ちも出てくるようになりました

    そうすると、短距離思考になるというか、できる事、やってあげられる事はやっておきたい気持ちにもなります

    でも、そうすると、相手からは距離の詰め方早いと思われるかもなあなんて複雑な気持ちになったりもしますね^^

    ま、そんな矛盾した心理を抱えつつ生きるのが人間なのかもしれません

    少し脱線しました。この「長期目線」と「短期目線」については、また日を追って書いてみたいと思います

    あなたが、人生で最も大切だと思う事はなんですか?^^

  • ♯89 今週頑張ったこと 7/12

    89回目の投稿になります

    【北海道マラソンに向けて】

    28週目(7月6日~7月12日)

    日付メニューあと
    7/6(月)ジョグ8キロ55
    7/7(火)インターバル走8キロ ※154
    7/8(水)休み53
    7/9(木)ジョグ8キロ52
    7/10(金)ビルドアップ8キロ ※251
    7/11(土)インターバル走8キロ ※350
    7/12(日)ジョグ15キロ ※449

    ※1…キロ6分30秒→キロ5分を交互に

    ※2…キロ6分30秒→6分→5分30秒→5分

    ※3…キロ6分30秒→キロ5分を交互に

    ※4…北海道マラソンの序盤ペースで15キロ。楽に走れてよかった

    週の走行距離…55キロ 月間走行距離101キロ

    7月の月間走行距離目標…180キロ  月間進捗率56%

    →順調に練習を重ねられている。18日にレースなので、翌週は抑えめになる予定

    18日のレースに向けて

    ・暑さの感じ方をチェック

    ・給水、補給食の取り方を練習。どれくらいタイムロスがあるかもチェック

    ・ペースメーカーがいるが付かない。ペースメーカーに付いて行った方が楽だが、本番を見据え、単独走で頑張れるようにする

    ・想定ペースを守って走る。仮に余力があっても最後ペースアップしない。あくまで目標はフルマラソンなので、「あと12キロある」事を頭に入れる。感覚的な話になるが、30%くらい体力を残してゴールするイメージ。とか言ってヘロヘロになったりして^^

    ※レースペース

    距離ペース平均ペース合計タイム
    S~17:007:00 
    1~26:306:45 
    2~36:306:40 
    3~46:206:35 
    4~56:206:3232:40
    5~66:106:29 
    6~76:106:26 
    7~86:106:24 
    8~96:106:23 
    9~106:106:211:03:30
    10~116:106:20 
    11~126:206:20以降6:20キープ
    15キロ6:206:201:35:00
    20キロ6:206:202:06:40
    24~256:206:202:38:20
    29~306:206:203:10:00

    →スタートから5キロまでは「7分→6分30秒→6分20秒」と徐々にペースを上げることで心拍数を上げないようにする。その後は6分10秒ペースまで上げ、12キロまでに平均ペースを6分20秒にする。その後は6分20秒ペースをひたすらキープするというレース戦略で臨む

    →余裕をもって3:10:00でゴールするのが目標。今回は遅くもなく早くもなく、3時間10分にできるだけ近づけてゴールが目標

    →来週のこの場で結果をお知らせします。応援してください^^

    【今週のクリエイティブ】

    ・西岡壱誠「東大うつ」読む

     →♯92、♯96で2回にわたって紹介予定。最高峰の頭脳を持つ東大生がうつになる。その原因を幼少期の環境から掘り下げた本。「東大うつ」というタイトルではあるが、「大学うつ」として問題なく読めた。「自分もこうだったなあ」と思い返しながら読了。うつの原因を「本人の資質、努力不足」ではなく「構造的にハマっただけ」とする著者が優しい。心えぐられるがいい本

    ・7月6日漢字検定の勉強スタート

     →まずは、まあまあできそうな「読み」から始めて自信をつける作戦^^問題集をザーッと見たが、四字熟語と部首が明らかにヤバそう^^1日30分、コツコツと

    使用テキスト「史上最強の漢検マスター2級問題集」

    今週はP22~35に取り組む。こんな感じです^^

    【今の脳内】

    ・「華氏451」が読み切らないまま図書館の返却日を迎える。ま、仕方ない^^本は逃げない。また借りればいいと思うようにする^^

    ・ブログネタ

    「全身麻酔で思った事」

    「雨音が落ち着く」

    「本(小説)をたくさん読むと倫理観がバグり出す件について^^」

    「車の窓を開けて煙草の灰を外に落とす人が一番嫌い^^」

    「マクロを参考にするとミクロに出会えない?」

    「私の資産形成術」

    ・武豊騎手、通算5000勝おめでとうございます!来月、札幌競馬場に会いに行きます^^ずっと大好きです^^