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  • 「なごり雪」イルカ

    65本目の投稿になります

    情景を想像できる文章ってすごく好きなんです

    例えば川端康成『雪国』の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」

    例えば太宰治『富嶽百景』の「富士の頂角、広重の富士は85度、文晁の富士も84度くらい、けれども陸軍の実測図によると頂角は124度となり~」

    今回は、自分的に情景が浮かんで好きな歌を紹介します。イルカの「なごり雪」です

    1976年の曲だそうです。私の生まれる前^^

    父親が好きで、車でよくかかっていた記憶があります

    親の趣味で記憶に残る歌ってありませんか?^^

    私にとっては、この曲やBeatles、中島みゆきなどがそれにあたります

    駅のホームで「君」と別れる「ぼく」の心情を書いているのですが、歌詞の切なさと共に、景色が浮かぶんですよね

    あと、前にも書いたかもしれませんが、私が好きな歌詞って

    「直接的な表現じゃないけど、その心情が伝わる」

    なんです

    うまく言えないので、この曲で挙げてみます^^

    「動き始めた汽車の窓に顔をつけて 君はなにか言おうとしている 君に唇が『さようなら』と動くことが こわくて下を向いてた」

    別れを受け入れてはいるけど、でもやっぱり淋しいみたいな感情がよく伝わってきます

    「君が去ったホームに残り 落ちてはとける雪を見ていた」

    文をただ追うだけなら、「雪を見ていた」という事実を書いているだけですよね

    でも、とても切ない、悲しいという気持ちが痛いほど伝わりませんか?

    ちょっと前に「カワイイって褒めることができない」的な投稿をしましたが、それにも少し通ずる部分があるかもしれません^^

    歌詞に「愛してる」「好きだ」「淋しい」「つらい」などの直接的な表現を用いずに、でもそういう心情がすごく伝わるような歌詞が出てくる歌が好きですね

    特にこの「なごり雪」は、余計な部分が全てそぎ落とされた、これしかないという別れの曲な感じがして好きですね

    どうしても、少し影のある曲、多様な解釈ができそうな曲、ハッピーエンドではない曲を求めてしまいますね

    夏フェスでタオルをブンブンまわすような曲にはなかなか食指が動かず^^

    まあ、無理に聴かなくていいと思うのでね

    もう死んでいるんですけど、父の音楽の趣味はなかなかいいんじゃないかと、なかなかやるなと上から目線で評価しています^^

    切ないけど、暖かい気持ちにもなれる曲です

    別れの季節ではないですが、意図せず不意に訪れる別れもあります

    ぜひ、聴いてみてください^^

  • 長谷川あかりさん

    64回目の投稿になります

    少し前に「馬」というタイトルの文章を書いてみたんですが、それ以降、「スポーツベッティング」のサイトへ誘導するっぽいコメントが付くようになりまして、閉口しています^^

    「あ、コメント来てる!どれどれ」

    と思って開くと「スポーツベッティングの世界へようこそ!」的なスパムコメント^^

    設定でブロックできると思うので、なんとかします

    あ、先日の追いLINEがどうたらこうたら書いた投稿に初めてコメントが付きました^^

    嬉しいものですね^^ありがとうございます

    さて今回は「長谷川あかりさん」です

    料理家の方で、タレント業などもされているようですが

    長谷川あかりさんの作るレシピが、簡単なのにとっても美味しくて、しかも独創的なんです

    私、料理が好きで普段はほぼ自炊なんですが、何品か作ってみて、すっかり長谷川あかりさんのファンになってしまいました^^

    最近作ってみたレシピをいくつか書いてみます

    ・「ちくわとじゃがいものバター煮」

    材料は、ちくわとじゃかいものみ。調味料も塩と料理酒とバターだけ

    これを、じゃがいもが隠れる位の水量で煮ていく。煮る前に調味料も全部入れちゃう。水気が飛んだら塩で味を調えて完成

    特別な手順も調味料もなし。ですが、めちゃくちゃウマいんです^^ビックリします

    本人もYouTubeでお話をされていますが、入れてないはずのたらことかホタテとかの味がするんですよね^^

    たぶん、ちくわの主成分である「すり身」のダシが出てるのかな。バターのコクもあって最高です。週1くらいでヘビロテしてます^^

    あ、そうそう。やっと、写真の添付ができるようになりました^^

    今回は、実際に作った料理の画像を載せてみたいと思います

    こんな感じです

    美味しそうでしょ^^

    ・「塩マーボー豆腐」

    豆腐の水切り不要、油不要、使う調味料は豆板醤と塩だけ。豆腐だけでもOK。お好みでひき肉やえのき茸など入れてもいい

    これも、何も特別な工程はないのに、とっても美味しいです

    これを知ったら「もと」を買う必要ないですね

    今回は、冷蔵庫にひき肉もきのこもなかったので、ハムを細かく切って入れてみました^^

    私、先月このレシピを知ったんですが、歯の手術で柔らかい物しか食べれない日々が続いていたので、その時期に知りたかったですね こちらも、こんな感じです^^

    料理の周りが汚い^^

    ・「マグロとアボカドのドレッシング和え」

    マグロとアボカドを角切りにし、ドレッシングで和えるだけ。黒コショウかけてもいい

    あと、このレシピのいいところは、アボカドの食感がなめらかなので、マグロは安い赤身の方が美味しいということです

    ドレッシングも色々な種類でも美味しいです。私のオススメは「にんにくポン酢」かな

    これもめちゃくちゃ美味しかった^^

    最近は、SNSやYouTubeを見ながら長谷川あかりレシピを作るのが楽しいです

    料理って、私にとってはメンタルを整える趣味というか作業の1つです

    食材を切ったり、調味料を合わせたり、マルチタスクになるように手順を見通したりという事をしていると

    仮に悩みや疲れがあったとしても、作業に没頭することで忘れられる感覚があるんですよね

    「瞑想」とか「マインドフルネス」とか言う言葉がありますね

    呼吸を整えて、何も考えない「無」の状態を作ることがメンタルに良いみたいな

    私、それ、ダメというか向いてないんですよね^^

    「ハイ、座禅を組んで、ゆっくり呼吸して何も考えませんよ~」って言われてもね…

    考えちゃうんですけど^^

    これ、わかってくれる方いませんかね?^^

    ただ目を閉じて呼吸しているだけだと、なんか色々考えちゃうんです^^

    「さっき、○○さんに変な言い方しちゃったかな。後でLINEしておこうかな。でも、LINEだとニュアンス伝わらないから次会った時に話した方がいいだろうな。あ、ダメダメ、今は何も考えちゃいけない時間だった^^よし、考えない考えない。あれ?今、『考えないってことを考えちゃってる』んじゃね?^^」

    みたいな^^難儀な人間ですわ^^

    私はたぶん、一生「悟り」みたいな境地には行けないですね^^

    だから、料理のような「作業」をしている方が、包丁を扱ったり火加減を見たりという程よい集中状態を必要とするので、他の事を考えなくていいんですよね

    少し脱線しました^^料理って、節約になるし、好きな具材で好きな量作れるし、ジジイになってもできるし^^

    いい趣味だと思います

    今日も「ちくわとじゃがいものバター煮」作るんだ^^

  • Road  to  北海道マラソン⑬

    63回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です

    22週目(5月25日~5月31日)

    日付メニュー体幹トレストレッチあと
    5/25(月)休み30分10分95
    5/26(火)ランニング8キロ ※130分10分94
    5/27(水)ランニング8キロ ※230分10分93
    5/28(木)ランニング8キロ+ウィンドスプリント ※330分10分92
    5/29(金)休み30分10分91
    5/30(土)休み30分10分90
    5/31(日)ランニング30キロ ※430分10分89

    ※1…キロ6分ジョグ。最後1キロだけ、5分30秒で

    ※2…前日と同様

    ※3…仕事の昼休憩が2時間あったので、職場の横の空き地でウィンドスプリント(ダッシュ)70m×10。事務のおばさまに目撃され、なぜか見守られる^^「頑張ってるねー」だそうです。おばさま、おばあさまにモテる今日この頃です^^

    ※4…4時間30分体を動かし続ける(詳細は下記)

    【週の走行距離…47キロ 月間走行距離153キロ】

    5月の月間走行距離目標…186キロ  月間進捗率121%

    ※5月の走行距離目標は達成。ただし、距離を達成できればOKという感じでもないのはわかってきたので、その時その時に必要なメニューを考えて取り組んでいきたい。でも、月間進捗121%はよく頑張ったと自分を褒めてみる^^

    【メモ】

    ・31日のランについて

    →色々な道を走った方が楽しそうとの理由で、始発のJRに乗って隣の市へ。そこから家まで帰るという意味わからん企画を立ち上げる^^マラソン完走のとりあえずの目標を4時間30分としているので、今回は「4時間30分体を動かし続けて30キロ」を目標とする

    具体的には、前半の2時間30分をキロ10分のペースでウォーキング(15キロ歩く)、後半の1時間40分をキロ6分40秒ペースでラン(15キロ走る)ラスト20分は再びウォーキング

    感想は「かなりキツイ^^」。現在21時。子鹿です^^

    最後の5キロは、キロ6分40秒ペースを維持するのも大変だった。翌日以降の筋肉痛の様子を見て、今後の実施頻度を決めていく

    マラソンに全然関係ないけど、今日は日本ダービーでした。馬券は買わなかったですが、いいレースでした^^いつか、一口馬主になるのが夢です^^

  • 読書記録 千早茜「あとかた」

    読書記録「あとかた」

    著者:千早茜

    出版社:新潮文庫

    初版:2016年2月

    62回目の投稿になります

    最近、女性作家さんの本をよく読むようになりました。それまでは、「女性作家=内面のドロドロを描く」みたいな勝手なイメージで敬遠していました

    私は、大変なお子ちゃまでした^^大いに反省しています^^

    千早茜さん、以前「眠れない夜のために」という短編集を読みました。今回は2冊目です

    すごくいい本でした

    「あとかた」は、「ほむら」「てがた」「ゆびわ」「やけど」「うろこ」「ねいろ」の6つの短編からなる本です

    そして、連作の形になっていて、それぞれの短編の主人公が別の短編でも登場します

    ある話では一人称として、ある話では二人称として登場し、少しずつ相関がわかっていくような作りになっています

    例えば千影さんという人物は、「やけど」では気高く自立した女性に見えるが、一人称視点での「ねいろ」では孤独で繊細な女性として描かれていたり

    視点の変化が楽しめる小説にもなっています

    私は、「やけど」が印象的でした

    スミマセン、少し内容に触れます

    サキという名の家出をしてきた女の子の話です

    付き合う男に様々な傷をつけられ、それをSNSにアップする

    「くれるものはなんだって受け入れる」と、優しさやお金やプレゼントだけでなく、暴力やセックスや束縛もちゃんと受け入れる

    同級生の松本や、アイリッシュパブで出会った千影さんに出会うことで少しずつ感情が変化していくというストーリーです

    最後、千影が吸っている煙草を取り上げて、自ら手の甲に火を押し付ける場面があります

    それを彼女は、「生まれて初めて自分でつけた傷、この痛みを抱えて生きていく」と言います

    私の説明力がないためあまり伝わらないと思いますが^^読んでいてドキドキというかゾクゾクします

    私でいうと「この本を読むと、あの人を思い出す」みたいな事と近いのかな

    しかも自分の体についた傷だから、いつなん時でも見ることができる

    はたから見たらそれは「痛そうな傷」だけど、本人にとっては「消える事のない愛情や信頼の証」みたいな感じなのか

    「共感できる・できない」みたいな評価を簡単に下せないというか、下さない方が読後感がいい本だなと思います

    登場人物それぞれが心に重みのようなものを抱えていて、理性と欲、劣等感とつながりたい気持ちなどが複雑に混ざり合っていく

    本のタイトルが「あとかた」なのも、読み終わった後ではしっくりくる気がします

    人は、何も遺していないと思っても、何らかの痕跡を相手に遺しているのではないか

    もしそうなら、素直に自分をさらけ出した方が、相手の中に「あとかた」として濃く遺るのかななんて思ったりしました

    手の甲に煙草の火を手の甲に押しつける度胸はなさそうだけど^^もうちょっとライトなやつで痕跡遺してみようかな^^

    各話40ページほどで、量的にも読みやすいです

  • 「花束を君に」宇多田ヒカル

    61本目の投稿になります

    今回は、好きな歌紹介です。宇多田ヒカルの「花束を君に」です

    スミマセン、今日はやや真面目です

    Aメロの「普段からメイクしない君が薄化粧した朝」

    葬儀の日の朝、納棺師がやってきて、おばあちゃんの顔に化粧をしていきました

    事故での急な別れだったので、頬やおでこに紫のアザがありましたが、化粧で綺麗な白色になりました

    「納棺師すげー」と思いながら見ていました^^

    2番サビ「花束を君に贈ろう 言いたいこと言いたいこと きっと山ほどあるけど 神様しか知らないまま」

    年齢は90歳を過ぎて、だいぶ衰えは見えていましたが、まだボケる事無くしっかりしていました

    なので、死が目の前にあると想定していませんでした

    少なくとも、家か病院のベッドで見送るイメージでしたね

    出棺の際の花を敷き詰める際に「まだ言いたいこと色々あるはずだぞ」と思いながら見送りました

    同じ事故で父も母もケガで入院中だったため、孫の私が葬儀を取り仕切ったんですよね^^

    面識ない親族や知人が弔問に来た時にお喋りするの、嫌でしたね^^

    そういう役割もあって、葬儀中は全く泣かなかったのですが、全部終わって家帰ってきたあとに、ちょっと泣いた記憶があります

    思えば、人前で泣くことはほとんどないかもしれません。一人でこっそりタイプ^^

    この経験があって、自分が大切だと思う人に対しては「これが最後かもしれないぞ」と思うようになります^^

    太宰治の「斜陽」にこんなフレーズがあります

    『ご無事で。もしこれが永遠の別れなら、永遠にご無事で。』

    すごくいい文ですよね^^こんな短文で鮮やかに自分の気持ちが書かれてある。ちょっと泣きそうです^^

    だから相手からすると「あれもやらなきゃ。これも言わなきゃ。」みたいになって、なんか知らんけど生き急いでいる人になっているかもしれません^^

    最後のサビ「どんな言葉並べても 君を讃えるには足りないから」

    いつもメンタルが安定していて、優しい人だったなと思います

    親との関係が今いちだった私をいつも助けてくれました

    年老いてからも、読書、編み物、詩吟、書道など色々な事に挑戦する姿がかっこよく、私もそんな人になりたいと思っています

    私がカラオケで苦労しないのも、おばあちゃんが詩吟の道場に連れていってくれたおかげです。(あ、苦労しないのは歌唱に関してで、立ち回りに関しては苦労しています^^)

    これは、宇多田ヒカルさんが母に贈った歌とされています

    私はそれを、大好きだったおばあちゃんに贈ります

    そろそろ消化していいだろと思うのですがね

    誰かに吐露したくなってしまうので、この場をお借りしました

    今日はスッキリ1000字です^^成長しました

  • 追いLINE、ダメ、ゼッタイ^^

    60回目の投稿になります

    いつもありがとうございます

    さて今回は「追いLINE、ダメ、ゼッタイ」です

    何かの標語になってたような^^薬物乱用かなんかだっけ

    まあ、タイトルはいいとして、今回は私のLINEについての考えを、主観や偏見たっぷりに書いてみたいと思います

    LINEというのは、扱うのが難しいツールだと思います

    文字による伝達のため、放った言葉のニュアンスや温度感が伝わりにくい面があると思うからです

    対面だと相手の表情でわかる部分もあるし、電話でも声のトーンなどでわかる部分もあると思います

    LINEにはそれがない。だから、必要以上に重く受け取られてしまったり、相手の真意を読み取りにくかったり、などという事が起こりやすいものだと思います

    ここまでは何となく共通理解が図られているかと思います

    ここから、私のLINEの使い方含め、追いLINEについての考え方を書いてみるので、「あなた、変ですよ^^」と思った方は、ぜひご意見いただければと思います^^

    ・「既読無視」という概念がピンとこない^^

    たぶん私がLINEを「なんとなくの会話のやり取り」ではなく「連絡手段」と考えているからだと思います

    自分が送信した内容に、既読が付きますね。こちらからすると、「あ、読んでくれたんだな」ってなるじゃないですか

    だから、私、返信不要ですって思っちゃうんです

    だから、既読無視って普通でしょって^^

    これ変ですか?^^

    「既読=よし、伝わった!」みたいな感覚なんです^^

    仲を深めるのは、会った時に、会話を深掘っていくことで共感や親しみやすさを育むことしか基本無理だと私は思っています

    もちろん、リアルタイムでやり取りする事もありますよ。でも、それは、なにか連絡に付随する内容になりがちですね

    「何してるー?」とか「今ヒマなんだけど」みたいな使い方は皆無ですね^^

    例えば、「22日に約束してたカラオケ、予定通り15時に歌屋○○店で予約するね。不都合あれば返信ください」

    こんな感じで送ります。だから、相手が読んで、特に問題なければ返信いらないって思うんです。だから、既読がついた時点で「相手には伝わった。ミッション完了」みたいに思っちゃうんです^^

    変ですかね^^

    ・普段は、基本「通知オフ」^^

    私、やり取りする人は少ないんですが、基本は通知オフにしています

    なぜかと言うと、自分が読書していたり、こうやってブログを書いたりしている時に通知音が鳴ると、集中が途切れてしまう感覚があるからです

    特に、読書していて本の世界に没頭している時などは、急に現実世界に引き戻された感覚になってしまうので、オフにしています

    LINEを、受動ではなく能動的に使いたいというのもあると思います

    だから、キリのいいタイミングで自らLINEを開いて通知の有無を確認したい、という事で通知オフですね

    ホントに緊急なら電話来るだろうと思っています

    これも変なのかな^^

    ・「?」で終わる質問を投げない

    私から「?」が付く形でのLINEはなるべく送らないようにしています

    理由は、返事を相手に求めているように感じるからです

    気にしすぎと言われる事もありますが、私は、先ほど書いたように、LINEの通知音で自分の集中が途切れるのを嫌うのと同じように、相手の時間を奪いたくないと思ってしまいます

    優しい方などは「気にしないで質問していいよ。その方が楽しいし」などと奇特な事を言ってくれますが、やはりちょっと抵抗がありますね^^

    だから、基本こちら発信では質問を投げない使い方をしています

    そりゃあ友だちもいないし、「私の事、大事に思ってないでしょ」とか言われる訳だ^^これを書いてて色々思い出しました^^

    えーと、大変申し訳ないですが、本題の「追いLINE」の話題に行く前に、すでに1700字です^^

    続きは次週にしようかとも思いましたが、もう少しお付き合いいただけます?^^

    「いいよ」という声が聞こえた気がしたので、続行します^^

    さて、「追いLINE」です(やっと本題^^)

    調べてみると、追いLINEの定義は

    「一度LINEを送り、相手からの返信が来る前に、再度メッセージを送ること。『おーい』『返信まだ?』のように返信を催促する事も。一般的に良くない行為として使われる」とのことです

    なんかすごい話ですね^^自分にはこの感覚が全くないのですが、先日、知人と話の流れで追いLINEが話題となったので(どんな話の流れで?^^)考えてみます

    まず、送信したんですよね。んで、相手から返信がないと

    私なら、追いLINEする前に相手の状況を考えると思いますが、どうなんでしょう

    「忙しいんだろうな」とか「まだ気付いてないのでは」とか「どうでもいいと思われてるかな」とかかな?

    でも、仮に最後のパターンだとしたら、悲しくはあるけど仕方なくないですか?

    それって、それまでのLINEの内容が重かったとか、会った時に魅力が感じられなかったとか、そういう今までの自分の言動で「返す価値ナシ」または「優先度低い」って判断されたって事だし

    追いLINEが嫌われるのって、もしかしたら、送信側の自分本位さが透けて見えてしまうからなのではないかと思ったりしてきました

    あと、返信ペースって人それぞれな気がします

    相手が1日くらい返事しないタイプなら、待つしかないですよね

    私の知人には「LINEは1日1回21時にしか開かない。そこで通知を確認してばーっと返す」という人もいます

    私だって、仕事中は基本見ないし、3時間くらいぶっ通しで読書したりするからその間は見ないし

    それを催促してしまうという事は、やはり自分本位な感じがしてしまいますね

    なんか、結論出た気がします^^追いLINEがダメなのは「自分本位」だからです^^相手を尊重できない余裕のなさから来る行為だからです。以上です!!

    って乱暴に終わるとアレなのでもう少し^^

    でも、基本はやっぱり「相手を思いやる」ってのが大事な気がしますね

    送る相手の生活リズムや仕事の状況、性格などなど

    例えば、「ピアノは夜8時以降弾いてはいけません」みたいなのあるじゃないですか

    それって、隣近所に迷惑だからその通りだと私も思います

    でもね、LINEにおいてはそうとも言えないんじゃないかと思うんです

    例えば送る時間。80歳のおばあちゃんには朝6時に送ってもOKだけど、夜11時に送っちゃダメだと思うんです^^早寝早起きだからね^^

    でも、夜勤の友人には夜11時に送ってもいいと思うんです。逆に午前中は寝てるだろうからやめようみたいな

    例えば送る文の長さ。一般的には「長文LINEは嫌われる」とか言いますね

    でも、長文LINEの応酬を楽しめる共通理解が2人にあるのなら(レアケースかもだけど^^)送ってもいいと思うんです

    だって、好きな人から長文LINE来たら嬉しいでしょ^^私は文字のコミュニケーションが好きなので、長文LINEは歓迎です

    なので、極論を言えば「追いLINEしてもウザがられないような関係性を事前に築いた上で楽しくLINEする」が最適解なのかもしれません

    相手がどんな状況かを考えて、相手を尊重する態度が大事なんじゃないかなと思いますね

    それか、LINEにそこまで心奪われなくてもいいくらいに時間を割ける趣味や勉強に取り組んでみるとか

    うん、なんか、色々勉強になりました^^私も追いLINEはしないけど、LINEの使い方、改めて確認してみようと思いましたね

    今回の内容は賛否ありそうなので、気になる点があれば教えていただければと思います

    2900字になってしまいました^^いつもスミマセン

  • Road to 北海道マラソン⑫

    59回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です

    21週目(5月18日~5月24日)

    日付メニュー体幹トレストレッチあと
    5/18(月)休み30分10分102
    5/19(火)ランニング8キロ ※130分10分101
    5/20(水)ランニング7キロ ※230分10分100
    5/21(木)休み30分10分99
    5/22(金)休み30分10分98
    5/23(土)ランニング21キロ ※330分10分97
    5/24(日)ウォーキング2時間 ※430分10分96

    ※1…キロ6分ジョグ。職場の往復も、生きと帰りでコースを変えると新鮮な気分で走れる

    ※2…雨のため、市営ジムのマシンでラン

    ※3…キロ6分30秒ペースで走る

    ※4…前日の疲労抜きの意味も込め、歩く。散歩いいですね^^リフレッシュ

    【週の走行距離…40キロ 月間走行距離153キロ】

    5月の月間走行距離目標…139キロ  月間進捗率90%

    ※24日のウォーキングは、8キロ歩いたので、2分の1換算で4キロとした

    【メモ】

    ・20日のランについて

    →雨のため、仕事終わりに市営ジムで7キロ走る。久し振りのジムでのラン。走り始めて10分ほどでいつもよりかなり多めの汗。屋内で気温が高いから?という推測。後で温度計見たら室内24度。最近は涼しい気温でしか走ってないので、夏のマラソンを想定するなら、たまにジムで温度高めの環境で走るのもいいかもしれない。なかなかいい発見^^

    ・23日の21キロラン

    →快調に走っていたが、12キロくらいで急な腹痛と右足の痛み。20秒くらいペースを落として様子を見る。1キロ走ってもなかなか良くならないので、いったん止まって脇腹とお尻の横をマッサージ。すると痛みがなくなり、想定の21キロまで走れた。途中ダメになったら、無理に走り続けずに、止まって落ち着いて対処。そして、また走り出すとよい。うん、マラソンって人生そのもの^^

    ・24日のウォーキング

    →歩くのはいい。特に朝。ふと新しい考えが浮かぶ事もあるし、それを自分なりに深める事もできる。この日は、ブログに書こうと思っている事のタイトルだけ紙にメモして、眺めながら歩く。帰宅して、それを文字にする。例えばそれが重い内容だったとしても、書く事で自分から一度手放す事ができるので、身軽になった気分。マラソンとは全く関係ない話になったけど、長距離ランの翌日とかは、歩きを取り入れるのはいいと思う

    ・札幌マラソンエントリー

    →10月4日に開催される札幌マラソンにエントリーしました

    真駒内競技場をスタートゴールとするハーフマラソンで、赤レンガテラスやすすきのなど札幌の中心部もコースになっているみたいです

    おそらく今シーズンのラストの大会になるのではと思っています

    私、遠めの将来の予定が立つと気持ちが上がるんですよね

    「あ、そこまでは生きられるな」みたいな^^(←急に読者様方を不安に落とすの、やめなさい^^)

    ふと、太宰治の「葉」の冒頭、「死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。(中略)これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った」を思い出しました

    この書き出し、大好きなんですよね

    マラソンと全然関係なくてスミマセン^^楽しく生きてますので^^

    あ、新しいワイヤレスイヤホン買いました^^

  • 読書記録 三島由紀夫「不道徳教育講座」

    読書記録「不道徳教育講座」

    著者:三島由紀夫

    出版社:角川文庫

    初版:1967年1月

    58回目の投稿になります

    今回は本の紹介です。三島由紀夫の「不道徳教育講座」です

    この本も、私になかなかの影響を与えた本です

    まず、タイトルがいいですよね^^

    すごく簡単に言うと「世の中一般の常識、モラル、道徳を疑え」という内容の本です

    私がメンタルをやられて前職を辞め、転職するに至った際に、考え方の転機になった本のひとつです

    では、紹介してみます

    三島由紀夫の考えが遠慮なく綴られています

    今なら「炎上案件?」かもしれません^^例えば

    「人の恩は忘れるべし」

    「教師を内心バカにすべし」

    「罪は人になすりつけるべし」

    「弱い者をいじめるべし」

    ね、なかなか刺激的でしょ^^

    でもね、例えば私は、「周りに迷惑をかけないように真面目に生きてきた人間」であり、それによって生きづらさを感じたり、逆に自己肯定感を感じられなかったりという半生でした

    そんな私にとっては、この本が「現実世界という荒波を乗り越える処世術」のように思えます

    例えば「友人を裏切るべし」です

    著者は、友人関係というやつは、実は一方が主人で一方が家来である事が多いと言っています

    だから、対等な友人関係を維持するためには、家来側もほどよく相手を裏切り、ほどよい緊張感を生まないと家来は家来のままになってしまうと言うのです

    これ、すごくわかる気がします

    対人関係において、双方が対等な関係ってレアケースな気がします

    たいてい、どちらかが自由奔放にふるまって、一方がそれに従う図式になっている

    関係性の維持のためには従う側の努力が必要であり、その場合、たいてい従う側がストレスを抱えながらの日々になる

    これって、友人関係に限らず、彼氏彼女の関係や夫婦関係などもっと広く適用できそうです

    かく言う私も、今までは「従う側」に位置する事が多かった気がするので、これからはマウント取ってきてんなーっていう相手には、適度に裏切ってやろうかと^^

    できんのかって感じですけど^^

    自然に対等な関係になれるのって、なんか言葉にし難い相性みたいなものもある気がしますが^^

    例えば「大いにウソをつくべし」です

    著者は、ウソをつくという行為を「頭脳鍛錬法」と表現します^^

    「1つウソをつく。ウソはウソを生み、うっかり間に本当の事を言ってしまったら辻褄が合わなくなる。その辻褄を合わすには、自分の言った事すべてについての強い記憶力がいるので、なかなかバカにはウソはつけません」

    これが彼の言うウソの効用です^^

    このように言われると、ウソをつくという行為は、相手への申し訳なさをとりあえず無視すれば、フィクションの世界を自分の能力の限界まで広げる行為のように思えてきます

    いかがですか?

    私はこの本を読んで、なんか世界が開けた感じがしました

    あと、どのような行為にも必ず「善の側面」と「悪の側面」がある事に気付けました

    友人を裏切るというのは、道徳的には悪かもしれないけど、自分を守るためには場合によっては善になりうるという感じです

    三島由紀夫の代表作の「金閣寺」を読んだ事もなければ、彼の思想にも特に共感はしませんが、このエッセイ集は、語り口も軽妙で、楽しく読めました

    真面目ゆえの生きづらさを抱える方、一読すると色々な気づきがあるかもしれません

    予約投稿をすっかり忘れていて、土曜投稿となっております

  • 「Hello Another Way」the brilliant green

    57本目の投稿になります

    最近は、週に4500ビュー、訪問者数500人くらいをカウントしているようです

    いつもありがとうございます

    サイト管理というページがありまして、記事ごとのビュー数などがわかります。ビュー数が多い順にこんな感じです

    歌の紹介>本の紹介>内省>マラソン

    まあ、そうでしょうね^^個人的には

    内省>歌>本>マラソン

    であってほしいですが、「外見を褒められない」だの「カラオケでどう立ち回る」だの、そんな内容で歌や本に勝てませんよね^^

    それはさておき、いつもありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします

    今回は、好きな歌紹介です。前回同様the brilliant greenの曲です

    曲名は「Hello Another Way」です

    この曲、まず何がいいって、タイトルがいいです^^

    大切な人との別れの曲なんですが、別れを「Hello Another Way」=「こんにちは、もう一つの道」(すごい直訳^^もっといい意訳があるはず^^)って表現するの秀逸だなと思います

    これだけで、切なさが増しますよね^^

    1番のサビで「いつかは旅立っていくそれぞれの場所へ、でも今は側にいて巡りくるその時まで」という歌詞があります

    別れの曲って、もう別れてしまった後の曲や、今日とか明日とか、すぐ訪れてしまう別れを歌う曲がほとんどだと思います

    でも、この曲は、すぐ来る別れではないけど、いずれ来る別れを歌っています

    これが、今風に言うと、私にすごく「刺さる」んです

    前に書いたかもしれませんが、私は、友人や恋人など大切な人ができたとして、なんでかわからないけど、その人との別れ(関係性の終わり)を勝手に想像してしまうんですよね^^

    だから、「今のうちにできる事をやろう。感謝を伝えとこう」みたいな感じになります

    この曲の歌詞は、仲の良くなった人と対した時の私の脳内そのものなんです

    トミー、よくわかってるなって感じです^^えらそうでスミマセン^^

    歌詞には「big kiss for my friends」「thank you for my friends」という部分があります

    この別れの対象の相手が誰なのかは明示されていません

    「friends」という事で、文字通り友だちなのかもしれないし、好きな人を少しぼやかしているのかもしれないし、複数形なのでクラスとか仲間みたいな感じなのかもしれません

    その辺りも、それぞれの聴き手に委ねられているような感じがしますね

    私がこの曲の歌詞で一番好きなのは、2番のAメロ部分です

    「少し強くなっても憶えていてほしい、不安な時には必ず勇気をあげるから」

    いいですよね。正直に書くと、相手が「少し強くなる」事って、嬉しくもあり淋しくもあるかなと思います

    成長は嬉しいけど、一方で自分の必要性は薄れるみたいな

    すごく素直な歌詞だと思います

    その上で「不安な時には勇気をあげる」と言っています

    相手からのアクションがなければ見守ろうというのは、強さのある優しさだなと思います。「便りがないのが良い便り」っていうことわざみたいな

    見返りを求めない無償の愛みたいなものを感じます。私もそういう事のできる人になりたいななんて思ったりします^^

    the brilliant green、他にも好きな曲がたくさんあります

    特に「Enemy」「Flowers」などが好きですね。お時間ありましたら、ぜひ聴いてみてください

    いつも読んでいただきありがとうございます

  • 「こっちは客だぞ!高い金払ってんだぞ!」について^^

    56回目の投稿になります

    大正、昭和くらいの文豪の本を読んでいると、見慣れない漢字、熟語、慣用句、表現を目にします(梶井基次郎「檸檬」の「驟雨(しゅうう)」みたいなイメージ。ちなみに驟雨とは、突然の雨、にわか雨のこと。しゃれてますよね^^)

    そういう言葉を書き留めています

    漢字検定は、高校3年生か大学生くらいに取得した2級で止まっているので、準1級チャレンジしてみようかなと思案中です。難易度高いのかな?

    さて、今回は「こっちは客だぞ!高い金払ってんだぞ!」についての考察です

    私、バスの運転手を仕事としています

    先日1泊2日の貸切の業務中にこんな事がありました

    (一般道を走行中)

    客の代表者(以降「客」)「おい!この先に○○っていう写真撮れる所あるみたいだから、ちょっと寄ってくれや」

    私「申し訳ありません。行程表にない所は基本的に寄れません。駐車場の有無も確認できませんしちょっと難しいですね」

    客「バーっと降りて写真撮ってすぐ戻ってくるから、道路に停めときゃいいじゃん」

    私「社の規則上、ちょっと難しいですね。これ以降の行程がずれ込むと、夕食の時間に差し支えますし」

    というやり取りの後に発せられたのが、今回のタイトル

    「こっちは客だぞ!高い金払ってんだぞ!言う事聞けや!」だったんですね^^

    私が思う「客と従業員の関係」について、少し考えを書いてみたいと思いますね

    私は、客と従業員の立場は「対等」だと思います

    客が提供するものはお金です。お金を支払う代わりになんらかの物またはサービスを受けます

    従業員が提供するのは物またはサービスです。その対価としてお金を受け取ります

    それは、支払いがあった時に「このサービスに対してこの金額」という契約が成されたとされます

    という事は、「客だから」という理由で何でも言う事を聞く必要はないし、「金を上乗せするから」と言われて契約以上の事を提供する必要もないはずなんです

    そういう意味で両者の関係は「対等」であると私は思います

    私で言えば、私はお金をいただいてお客さんをA地点からB地点に安全に運ぶのが仕事

    C地点に寄るのは業務外です

    それは「3000円あげるから」と言われてもお断りしないといけないんです

    でも、お客さんの中には、金を払っているから「客の方が立場が上」と考えて、なんでもかんでも要求してしまう人も、残念ながら一定数いる感じなんですよね

    そういう方は、働いたことないのかな?^^逆の立場になればわかりそうな感じもするんですがね

    あと、「予算をケチる客ほど要求が多い」というのも、この業界あるあるです^^

    この行程だと2泊3日ですよという行程を1泊2日に無理やり詰め込む

    そして各行程の滞在時間が短くなり集合時間に集まらない

    行程が遅れ始める

    高速道路を120キロで行けとか言い出す^^

    断ると「高い金払ってんだぞ!なんとかしろ」とか言う^^

    あ、もう1個あるあるありました

    「高い金払ってる」って言う客は最安のプランである事が多いです^^

    高いプランを選ぶ方で料金の高さを言ってくる人ってホントいませんね

    あ、なんか、ただの仕事の愚痴みたいになっちゃいましたね^^スミマセン

    まあ、先ほどのような事を言ってくる客(あえて客と呼びます^^)って、なんか布石というか前兆があるんですよね

    先ほどの例だと「タメ口」ですね。「おい!」の段階で、ああ、何となくヤバそうだなと思います

    あとは、時間にルーズ、バス車内の至る所にゴミ放置、こちらの挨拶を無視、などなど^^

    やっぱり、お金や時間、気持ちなどの余裕が大切なんでしょうかね

    自分が客側としてサービスを受ける立場の時は、従業員の方の仕事ぶりに感謝できる気持ちを持ち続けたいものですね(年齢性別の差別はいけませんが、できない要求をするのって、50代以降くらいの男性が多いんですよね。私もあと10年もすればそのゾーンに足を突っ込むという自戒の意味も込めて^^)

    もちろん、契約した条件が受けられない時は苦情を言っていいと思います

    例えば、お弁当がホームページの写真と違って実物はすごくしょぼかったとか

    それは契約不履行なので言うべきだと思います

    それ以外の過剰な要求は、少なくなるといいなと思いますね

    働く人はロボットではなく、感情のある人間なんでね

    人によっては、働く事で自分が受けたストレスを、客の立場になった時に発散してしまう人もいるのかな

    それか、強く言って要求が通った事があって、そういう良くない成功体験で味を占めちゃっているとか?

    そう考えると、契約内のサービスは真摯に提供するけど、それ以上の事は毅然と断るという従業員(会社)側のきっちりとした線引き(態度)も必要なのかもしれませんね

    最後、少しまとまりがなくなった気もしますが、思った事を書いてみました

    読者様方も色々なお仕事をされていると思いますが、共感していただける部分があれば幸いです

    生きづらい世の中ですが、なんとか手を取り合って乗り切っていきましょう^^