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  • Road to 北海道マラソン⑪

    55回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です

    20週目(5月11日~5月17日)

    日付メニュー体幹トレストレッチあと
    5/11(月)ランニング8キロ ※130分20分125
    5/12(火)ランニング8キロ ※230分20分124
    5/13(水)休み 休み休み123
    5/14(木)休み休み休み122
    5/15(金)休み休み休み121
    5/16(土)休み30分10分120
    5/17(日)ランニング21キロ ※330分10分119

    ※1…キロ7分でゆっくりジョグ。前日の26キロランの疲労抜き

    ※2…キロ6分30秒でゆっくりジョグ。ラスト1キロだけ5分30秒に上げる

    ※3…詳細は下記

    【週の走行距離…37キロ 月間走行距離153キロ】

    5月の月間走行距離目標…102キロ ※月間進捗率67%

    【メモ】

    ・17日のランについて

    →咽頭炎により、4日間完全オフ。ノドの痛みも和らいだのでランニング再開

    トレーニングとストレッチもなしの完全オフだったので、17日のランは足がとても軽い感じがした

    病み上がりでもあるので、6分30秒のゆっくりペースで21キロ

    え?21キロ?^^病み上がりなのに?^^

    という感じもするが、気持ちよく走れた

    ・北海道マラソンのコースの下見

    →少しずつ始めようかと思案中

    歯医者やプライベートで札幌に行く際に、少しずつ進めようかと考えている

    例えば初回はスタートから5キロ地点までなら、次回は6キロ地点からというふうに、何回かに分けて行いたい

    アップダウンや景色、1キロごとのチェックなどをすることで想定ペースを決めていきたい

    でも、これから暑い時期になるので、汗だくで歯医者行くのはよろしくない^^街中にあるレンタル自転車借りる?なにかいい手を考える

    っていうか、さすがに下見まだ早い?^^

    ・今使っているイヤホン、連続再生時間が4時間であることが判明

    これは、北海道マラソンを4時間以内に走りなさいという神の啓示か^^

    でも、それだとキロ5分40秒ペースが必要

    現状だとさすがに厳しい

    上位互換のいいやつ買います

    普段はホントお金使わない生活していますが、こういう支出は良い支出ということで^^

  • 読書記録 ヴィクトール・フランクル「夜と霧」

    読書記録「夜と霧」新版

    著者:ヴィクトール・フランクル

    出版社:みすず書房(池田香代子訳)

    初版:1956年

    54回目の投稿になります

    体調不良は咽頭炎という診断でした

    めっちゃノド痛い^^3日間ほぼ声を出さず、つばを飲むのもひと苦労といった感じでしたが、だいぶよくなりました

    水曜公休、木曜有給、金曜公休とせっかくの公休を2日使ったのが悔やまれますが^^

    ブログ書き溜めたり、パワポ作ったり、本読んだりそれはそれでいい時間でした

    体の調子が悪いと気持ち的にも落ちやすくなるなとか、夜って孤独感を抱えやすいんだなとかそういう事を俯瞰して捉える機会にもなりました

    あと、夜中に読む本は精選すべきですね^^

    太宰の「斜陽」は寝れなくなるし、乱歩の「人間椅子」は別の意味でゾクゾクして寝れなくなります^^

    前置きが長くなりました。今回は、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」です

    フランクルはユダヤ人の精神科医で、1941年から終戦までドイツの強制収容所に抑留された人物で、収容所内での出来事を「観察」という形で記録に残しました

    この本は、極限状態での人間の挙動、絶望の乗り越え方について考えさせられる本です

    内容的には重いです。書くのもはばかられるような恐怖や虐待や飢えは読んでいて辛くなります

    この本については、たぶん私、一読しただけでは読み取りきれていない感じがしています。もう少し年齢や経験を重ねたらまた読んでみたい作品です

    では、内容に触れてみます

    絶望的な状況になった時、崩壊して死んでいく人とはね返す弾力性のある人がいたとフランクルは書いています

    しかも、繊細な精神の人の方が、頑丈な身体の人よりも収容所生活を耐え抜いたとも書いています

    その最も重要な考え方の一つを「拠り所」としています

    そして、その「拠り所」を外に求めるか自分の内面に求めるかで違いが表れるとしています

    少し難しめで、私も理解できているとは言い難いのですが、がんばって書いてみます

    外に拠り所を求める例として次のような事が挙げられていました

    「ある時、収容所内で、年末のクリスマスに休暇が出て家に帰ることができるという噂が流れた。その日まで耐えれば帰れると希望を持った人たちがいた。しかし、22日、23日と近づいても一向にその気配がない。そして、クリスマス当日、それが事実ではない事を知る」

    これによって何が起こったか想像できますか?

    その翌日、今までで最大の(しかも突出して多い)死者が記録されたとのことです

    つまり、噂という外的なものを拠り所にすると、それが叶わなかった時に精神世界が崩壊させられてしまうという事を著者は知ったという訳です

    一方、生き延びた人に多かったのが「内面的な関係性を拠り所にする」という事です

    内面的な関係性とはなにか

    ある人は自分の帰りを待ってくれている人がいる事を思い出す

    ある人は、まだ成し遂げていない仕事がある事を自覚する

    ある人は、収容所の外に生える木に話しかけ続ける

    フランクルは、これこそが「絶望の乗り越え方」の重要なファクターであるとしました

    人間は「自分が誰かと関係している事を自覚する」事で乗り越えられるときもある

    上の例で言うと、帰りを待ってくれているあなたの対象は私でしかない

    成し遂げたい仕事によって助けられる人たちを救うのは私でしかない

    木の視点からすると、話しかけてくれる存在は私でしかない

    この「その相手にとって、対象は私しかいない」という唯一性の感覚が人を生かす

    ここが、この本を読んで私が最も感動した部分です

    人間は誰かに必要とされている、求められているという感覚があるから生きていける部分もあるのだなと私は思いました

    少し脱線しますが、私もどちらかと言うと「必要とされたい」タイプだと思います

    でも、相手も同じようなタイプの人だと、待ちの姿勢だけでは相手の「必要とされたい」感を満たせない事になります

    だとすれば、私から「必要とする」行動を取ることが、誰かの唯一性になる可能性もあるのかななんて思ったりしました

    あー、なんか全然うまく言えてないわ^^

    ただ、この本の章立ては「1,収容→2,収容所生活→3,解放」となっていますが、3の「解放」部分を読むと、何とも言えない読後感になります

    上のような唯一性を信じ帰ってきた人たちが直面する解放後の世界が、イメージと違う事で精神崩壊につながってしまう事もあるという例が紹介されます

    暴力の枠組みから逃れられず今度は暴力をふるう側になってしまう人、収容所生活を誰にも共感されずに苦悩はまだまだ深いと感じてしまう人、待っているはずの人がもういなかった人…

    解放された人が幸福感を得られにくいという事自体が、収容所での抑圧がすさまじかった事を言い得ているなと思ったりしました

    この本を読むと、私が感じてきた「自身の絶望」はたいした事がないと思えてきます

    私の絶望は死の恐怖とは離れていますし、飢えもありません

    でも、「たいした事ない」と思うのがいい事なのかと言えば、それも迷ってしまいます

    少し暗い話をしますが、子どもの自殺があったとき、大人は「狭い世界で判断するな。大人になれば視野も広がって、楽しい事もたくさんあるのに」という言い方をしばしばします

    でも、当人にとっては、今現在見える世界が総量であって、辛さの受け止め方もその人なりの重さであると思います

    そういう人に寄り添える人、物、考え方ってなんなんだろうと思ったりしますね

    今回、うまくまとまらなくてスミマセン^^まだ、混沌の中にいます^^

    元気をもらえる本ではありませんが、絶望を俯瞰する大切さに気付けた気がします

    感想をひと言でまとめると「弾力性のあるしなやかな精神世界を持つ」事

    これを自分なりに探していきたいと思いました

    いつも読んでいただき、ありがとうございます

  • 「長いため息のように」the brilliant green

    53本目の投稿になります

    いやー、the brilliant greenですよ^^

    なんで今まで紹介していなかったんだろうというくらい、大好きなアーティストです

    ボーカルの川瀬智子さんの書く詩が、すごくいいんですよね

    自分の「弱さ」や「不安」を、しっかり言葉にして吐露するんです

    そして、その弱さや不安を「前向きに頑張ろう」でもなく「もうダメだ」でもなく、「それも自分だ」というように受け止める感じがします

    それが、私にとっては、不器用だけどすごく真摯な態度に思えるんですよね

    私の浅い言葉で説明するより、実際の歌詞を紹介した方が、良さが伝わりそうです^^

    ・数秒前の過去に脅えて訳も分からずに 自分を責めた何て無益な苦しみなんでしょう

    →無益なのはわかっているのに考えてしまう事ってありますよね^^最近は減ってきましたが、20代くらいの私は、過去の出来事を消化できずに頭をぐるぐるさせ、起こるかわからない未来の事を恐れていたように思います。そして、それで一番大事な現在の自分を停止させてしまうみたいな感覚があって、「まさに無益やったな」と共感できますね^^

    ・あなたがくれた本を開いてここから逃げ出そう、今や明日や現実よりも少しはマシだから

    →曲の歌詞に「本」が出てくるのって珍しいかなと思っていて、ちょっと嬉しくなります。あと、私が本(特に小説)を読む理由の1つが「ここから逃げ出そう。現実よりマシだから」なんですよね^^すごく共感できます

    最近涙もろくて困りますね(←泣いた?^^)

    ・いつの日も私の答えは定まらなくて、迷いに迷って遠回りして、たどり着く場所そこで待っていて

    →こんなに素直に自分の心情を吐露できるって素敵だなって思います。また、「そこで待っていて」がほんのちょっとわがままを言えている感じがして、それもいいんですよね。私の若い頃のように迷っている人がいるなら、「ため込みすぎなくていいよ」と伝えたいですね

    川瀬智子さん(ファンはトミーと呼びます^^)の書く詩は、自分の弱さに向き合っているからこその強さみたいなものを感じます

    私は、20代、30代、40代と齢を重ねるごとに好きさが増してきています。たぶん、歌詞と私自身の経験が混ざり合う濃度みたいなものが濃くなっていると思います

    ただ、the brilliant greenを「ブリグリ」って略すのだけは、昔からピンと来ないというか、あまりオシャレじゃない感じがするんですよね^^

    じゃあ、何がいいの?って言われると特にないんですけど、個人的には略さないのが一番カッコイイと思います

    the brilliant greenの歌詞には「夜」「月」がよく出てきます

    私は気分が落ちそうになった時は、元気な曲を聴いて上げようとするよりも、こういう曲を聴いて「曲と一緒に一回落ちる」という事をします^^

    そのお供にさせてもらっています^^

    他にも好きな曲がたくさんあります

    勝手に予告しますが、次回の歌紹介もたぶんthe brilliant greenです^^

    眠れない長い夜にはthe brilliant greenいかがですか^^

    一緒に泣いて、寝て、新しい朝を迎えましょう!

    【追伸】

    昨日より、体調を崩し寝てます^^久々の体調不良です

    書き溜めている記事が3回分あるので、投稿は問題ありません。予約投稿するくらいの体力はあります。まあ、数日で良くなるでしょう。書き溜めておくなんて、えらいぞ自分^^

    気温変化の大きい時節柄、皆様もどうぞご自愛ください

    いつもありがとうございます

  • 外見を褒める事ができません^^

    52回目の投稿になります

    最近、Spotifyのアイコン変わりましたよね^^

    よく見るとミラーボールですが、緑の虫がこっちに口を開けているみたいな感じがして、タップする時ちょっと躊躇します^^指を噛まれそうみたいな

    そんなしょうもない事考えてる40代男、絶対イヤですよね^^これもここだから言える事ですね^^

    さて、今回は「外見を褒める事ができません」です

    先に言いますが、今回のはあまり共感してもらえなさそうな気がしています。なぜなら自分でも「それはどうなの?」と思う部分もあるからです^^

    あまり期待せず続きをお読みください

    例えば女性に会うとして、会った時「かわいいね」「綺麗だね」と言えません^^

    「かわいいなあ」「綺麗だなあ」と思ってはいます^^

    なぜ言えないのかを自分なりに考察してみました

    まずは、褒める事自体が恥ずかしいという事ではなさそうです。外見以外の部分は普通に褒める事ができます

    では、なんなのか?

    これは、私は、外見を褒める事を「タダ」とか「軽い」とか思っているからじゃないかと

    もう少し詳しく書いてみますね

    「かわいい」って褒めるのって、その場ですぐ言えちゃうから、なんか軽い感じがしちゃうんですよね

    それなら、相手と会話する中で発見した内面の素晴らしさ、努力している事に対しての尊敬などを言葉に出して褒めたいと思ってしまいます

    「その考え方って自分にない感覚でカッコイイ」とか「相手を思いやる気持ちが素敵だね」とか「○○を教えてくれて楽しかったありがとう」とかは全然言えます

    それと、自分が褒められる側になったと仮定した時に、「カッコイイ」とか「その時計(服、靴)ステキ」とかってあまり嬉しくないのもあるかもしれません

    「褒める」という事がすごく大事な行為だと思いすぎているんでしょうか

    でも、外見を褒めるのって、今の若い世代とかだと男女問わず美容整形やスキンケアなどお金や時間をかけてしっかりされている方も多いので、それは私が言う所の「努力」になりますよね

    そう考えれば「かわいいね」も日頃の努力を褒めている事になるような気もしてきます

    あれ?今回の内容、過去イチしょうもない気がしてきた^^

    会った瞬間にふわっと軽く「○○ちゃんかわいいね!」とか言える人を見ると、羨ましいとは思いませんが、なんか感心しちゃいますね^^

    この件に限らず、私はもっと色々適当でいいんでしょうね

    これの亜種として、「どっちが似合うかな?」問題もあります^^

    女性が私に「ねぇ?髪長いのと短いの、どっちが似合うかなあ?」と聞いてきた場面です

    その時の私の脳内はこんな感じです

    「自分の好きにしたらいいと思うけど。あ、でもこれそのまま言ったら波紋を起こしそう。どうでもいいっていう意味合いじゃないんだよ。ほら、ファッションとかオシャレとか全く見識のない私が判断すべきじゃないんじゃない?そもそも私といる以外の時間もある訳だからやっぱり自分で決めた方がいいような…」

    などと考えた結果、「どっちも似合うと思うよ」などという、なんの毒にも薬にもならない事を言ったりします^^

    でも、「本当に心から○○の好きにしたらいいと思うんだ」と言ったら地獄になりませんか?^^

    同じような事例として、服を一緒に見に行った時の「これとこれ、どっちが似合うと思う?」も私にとっては難題です

    たぶん微分積分の方が簡単だと思います^^

    「え?これ、本当に50:50で悩んでる?実は70:30くらいでどっちかに傾いていて、それをオレに後押ししてほしいみたいな感じになってない?それだとしたら正解を選ばないといけないよね。個人的には左だけど、ファッションセンスないからどうしよう」

    で、「どっちも似合ってるよ」になる訳です^^

    書けば書くほど40代男の悩みじゃないですね^^もうやめます

    もう解決法はわかっているんです

    それは「頭の中でぐるぐる考えている事全てを相手にさらす」事です^^

    それで、「あなたはそういう人だもんね^^」と笑って流してくれる人と関係性を深めていくしかないと思っています

    または、ありがたい事に相手が私の事を好きだと思ってくれていて、私の意向に沿いたいという事なのであれば「髪、短い方がいいよ」とか「左の服がいいよ」とか言えばいいんです

    ただそれだけなんです^^

    でも、それもなんか相手を支配しているような感覚になってしまって気後れしてしまうんですよね

    「自分なんかが、そんなそんな」みたいな

    こんなしょうもない話題に長々付き合っていただきスミマセン

    今日も1700字^^

  • Road  to  北海道マラソン⑩

    51回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です

    19週目(5月4日~5月10日)

    日付メニュー体幹トレストレッチあと
    5/4(月)休み ※1休み20分132
    5/5(火)休み ※2休み20分131
    5/6(水)休み ※330分10分130
    5/7(木)ウォーキング8キロ ※430分10分129
    5/8(金)ランニング10キロ ※530分10分128
    5/9(土)休み30分10分127
    5/10(日)ランニング26キロ^^ ※630分10分126

    ※1…筋肉痛ピーク。杖ほしい^^

    ※2…少し復活も、まだ歩き方おかしい^^

    ※3…ほぼ回復。体幹トレも再開

    ※4…職場往復をウォーキングで

    ※5…キロ6分30秒のゆっくりペースで10キロ。6分30秒で「ゆっくりペース」とは成長したものです^^

    ※6…3時間走にチャレンジ!詳しくは後述

    【週の走行距離…44キロ 月間走行距離153キロ】

    5月の月間走行距離目標…65キロ ※月間進捗率42%

    →5月の月間走行距離の目標を、4月よりも下げて153キロとした

    これは、4月の実際の走行距離であり、5月は短距離ダッシュなど心肺を高めるメニューも取り入れるため、距離を踏みさえすればいいという段階でもなくなってきていると考えたためである

    と言いつつ、来月には違う事を言っていそうな気もするので、その辺りは体の成長を見ながらという事で^^

    【メモ】

    ・ハーフマラソン後の筋肉痛について

    →ふくらはぎ、前側の太もも、腹筋がめちゃくちゃ痛い。一方、おしり、背中はすぐ回復した

    筋肉痛に軽重があるのは改善の余地あり

    YouTube動画では、おしりの筋肉をうまく使って推進力を上げようというものが多い

    ここを改善できればもう少し楽に長距離行けるのではないか

    ・10日(日)の3時間走りについて

    →次の目標は、7月18日(土)に実施される「札幌30k」という30キロのレース

    練習から少しずつ距離を伸ばして行きたいが、30キロを走ると体への負担が大きいし、ケガにつながるリスクも増すだろう

    そこで、距離を伸ばすよりも、時間を優先して伸ばそうという事をしてみる

    例えば30キロを6分30秒で走ると、約3時間20分くらい

    そのときに、「まずは3時間動き続ける事に体を慣れさせる」というのはどうか

    歩いたり走ったりを繰り返してもいいから3時間動き続けてみようという事で「3時間走」をしてみた

    走る前の想定では「早歩きで30分→ゆっくりペースで2時間走→早歩きで30分」というイメージ

    2時間走部分もだいぶ余裕を持って走れたが、結果は26キロという自己最長距離となった^^

    前回も触れたように、同じようなメニューばかりでも筋肉に刺激が入らないみたいなので、ウィンドスプリントや坂ダッシュ、ランニングも距離やペースを工夫しながら練習を進めていきたい

    あと、今日は最高気温20度という事で、かなり暑かった^^

    北海道マラソンは真夏だけど、大丈夫かな^^

    イヤホンで聴く曲、夏っぽい歌入れようかな^^

    あらためて、先日のハーフマラソンへの応援ありがとうございました!

    走りながら、読者様方の応援が聞こえてきた気がしました^^

  • 読書記録 森博嗣「勉強の価値」

    読書記録「勉強の価値」

    著者:森博嗣

    出版社:幻冬舎新書

    初版:2020年11月

    50回目の投稿になります

    淡々と投稿を続け、気付けば50回目です

    最近は週に4回投稿で約4000~5000のビュー数となっており、自分の予想以上に読んでいただいていることに、驚きと感謝の気持ちを抱いています

    いつも来ていただいているあなた、ありがとうございます^^

    私自身、内面や考えを整理する貴重な場所になっています

    まだまだ書きたい事もたくさんありますし、自己表現の手段として「書く」事は私に合っていると思うので、まだしばらくはこの感じで続けていこうと思います

    せっかくのご縁ですから、これからも末永くよろしくお願いいたします^^

    さて、今回は、森博嗣さんの「勉強の価値」です

    唐突ですが、読者の皆様に質問です^^

    Q:社会人の勉強時間の平均は、週に何分?

    A ①7分 ②22分 ③35分 ④48分

    さあ、どれだと思いますか?

    答えは

    ①の7分です^^

    「少な!」と思いませんか?週に7分ですよ^^

    あ、その前に正解を①に置くって、お前イヤらしい出題者だな!と思ったあなたは、受験頑張りましたね^^(こういうのって、なんとなく③あたりに正解持ってきそうですよね)

    スミマセン本題に戻ります

    総務省統計局による令和3年社会生活基本調査によると、7分みたいです

    しかも、「0分」と回答した人が94%います。ちなみに「勉強している」と答えた人の平均時間は123分です。その平均が7分という事になります

    ここからわかるのは、二極化です。全く勉強していない94%。一方、勉強している6%は123分勉強している

    そんな現実みたいです

    さて、本の内容ですが、勉強する事の本質的な価値について書かれています。いくつか抜粋してみます

    ・社会人の勉強は「やらされ」ではなく主体的なものであるべきである。勉強で得られる力は「広い視野」であり、俯瞰することによる「客観的な観察力」、あらゆるものを遠望できる「予測力」、あるいは「想像力」である

    ・現代人の多くは他者から評価されたいという観念に取り憑かれている人が多く、自分が何をしたいのか、自分の夢は何かといった自己の願望を、他者と切り離して想像する事が難しいように見受けられる。これだと、せっかくの勉強という行為が、他者に認められる自分を形成する作業になってしまう

    ・勉強する事で視野は少しずつ広がっていく。得意なものと不得意なものがあるとわかるだけでも、非常に大事な情報を得たに等しい。自分を知る事は生きていく上で最大の武器となる知性の一つであり、教養の基本でもある

    ・僕が言いたいのは、競争に勝つことが偉い事でもなんでもないという事。僕はそういうふうに人間をとらえていない。自分がやりたい事を自由にできる人は幸せなのだ

    これら抜粋を読めばわかるように、この本は「自分軸を持って生きよ。その軸を形成する手段の一つとして勉強という行為がある」という事を著者の主観たっぷりで説明してくれます^^

    私、こういう本に出会えるととても嬉しい気持ちになります

    それは2つあって、1つは、頭の中でぼんやり思っていたことを明確に言語化してある事です

    もう1つは、仲間がいる感覚を味わえる事です

    これは小説の登場人物にも言えますが「あー、この感情を抱くのって自分だけじゃないんだ」って思えるのは自分的にはすごく価値ある事ですね

    しかもこういう勉強についてとかコンプレックスに思っていることを口に出すのってリアル世界だと抵抗あったりするので、余計に本の世界で仲間がいるのっていいなって思いますね^^

    ただ、本を読んで自分的にちょっとわからないのは、どこからが「勉強」なのかという事です

    著者の考えだと、自分で興味をもった事を学び、自分なりの結論を得ることが喜びであり、勉強の醍醐味であると書いています

    これを私の実生活で当てはめると

    ・経済や資産形成を学ぶ→勉強に入るだろう

    ・色々工夫しながら料理する→勉強?

    ・より速く、より長く走れる方法を試す→勉強?

    3つとも「勉強」になりますか?^^

    勉強という言葉の定義を自分なりに固めるのも大切な事かなと思ったりしました(自分的には全部勉強にしちゃっていい気がします^^)

    あとがきに書かれてある内容が、私の背中を押してくれるというか、「そのまま頑張りなさい」と言ってくれているようで嬉しかったので、一部紹介します

    ・自分が何をしたいのか知らない人は、自分で楽しみを作れない。作れるなんて考えてもいない。楽しみは、本来その人の中から生まれるものなのに、外部に用意されていると勘違いして探している

    ・勉強の楽しさを知った人は、一人を楽しめる。来る者拒まず去るもの追わずである。だから、むやみに人を誘わない。逆に人がたくさんいないと楽しめない人たちは「つるむ」事になる

    今、ふと思いましたが、勉強の面白さって「何を勉強するか自分で決めれる事」も大きい気がします

    学生の頃の勉強ってカリキュラムやシラバスが決まっていますし、就職してからの資格とかも勤務内容に沿ったものであるといえます

    そうではなくて、本当に自分の興味から始める勉強。私なら「資産形成」「家計管理」「効率的な走り方」「馬の血統^^」

    そういう自分の中から湧き出てくるような本当の好奇心に基づいた勉強って、楽しいんですよね

    そう、勉強って本来は楽しいもの

    あなたは、なにか学んでいますか?そういうの共有出来たら、もっと世界が広がって楽しそうですよね^^

    今回も2100字です。スミマセン^^

  • 「あぶく」ヨルシカ

    49本目の投稿になります                                                                                  

                                                 

    今回は、好きな歌紹介です。ヨルシカの「あぶく」です

    ヨルシカの最新曲になります

    ヨルシカって、新曲のたびに「今までにない感じ」と思わされますが、一方で「少し懐かしい感じ」も同時に感じる不思議かつ魅力的なアーティストだと思います

    suisさんの声が毎回違う感じがします。今回は、少し気だるい感じで始まりますが、サビでは緊張感があって、テンポも先を取って前へ前へ行くような感じがします

    音も、サビまではアコースティックギターの音色が大きめに聞こえてきます

    私も少しギターを弾くようになったのですが、あのコード進行の時の「キュル♪」っていう音、好きなんですよね(擬音語が合ってなかったらスミマセン^^)

    歌詞は、反復が多用されています

    「水面浮かんで浮かんでは消える」

    「喜びに火を、火をつけておくれ」

    意図はわかりませんが、この反復がテンポ感をアップさせる感じがして、聴いていて心地いいです

    この曲は、アニメ「LIAR GAME」の主題歌になっています。私は原作が大好きで(以前、好きな本で紹介しました)、アニメも録画して観ています。原作に忠実に描かれており、変な改変がないので楽しく視聴しています

    「あぶく」は、MVも大変興味深いです。中毒性があって、何回も見ちゃいます^^もう20回くらいは見たんじゃないかな^^

    内容に少し触れるので、それが嫌な方はここでおやめください

    どうしてもメガネのオジサンを応援しながら見てしまいます^^初見の時、歌詞を全然見なかったのは私だけではないはずです^^

    個人的な「好きポイント」をいくつか挙げてみます

    ・41秒の両手を挙げて降伏ポーズしているのに無慈悲に撃たれるところ^^

    ・1番も2番も、サビの時はけっこういい感じになるところ。結局撃たれるけど^^

    ・2分35秒の、ドアをふさいで殺し屋が入ってこれないように頑張るけど壁の向こうから撃たれるところ^^

    ・3分10秒の、一心不乱にテレビを割ろうとしている事に困惑し、「こいつ何してんの?」と少し撃つまで猶予がある殺し屋^^

    そして、このMVで一番好きなのは、第三者目線で見ている「私」が、当事者に引き込まれるラストのサビです

    最後は「私」が撃たれた事で役割が変わり、今度は「私」がこの状況をなんとかしないといけなくなります

    しかも、もうテレビは割れていて、そこに人はいないのでさらに絶望みたいな^^

    これについて、私の主観による解釈をかいてみます

    この展開、非常に示唆深いと思うんです

    このSNS社会、例えばスポーツの試合でうまくいかなかった選手をネットでボロクソに叩く。例えば不祥事を起こした企業、不倫した人などを徹底的に叩く

    叩く人は、画面の向こうの安全な場所で叩いている訳ですが、そんなあなたもなにかのきっかけで当事者になる事もあり得るよという示唆なのかなと思ったりしました

    n-bunaさん含むヨルシカチームがどうしてこういうMVを作ろうと思ったのか、真意は示されていない訳ですが、色々解釈して楽しめるのがいいなと思います

    最後「私」に役割が変わった景色が5秒ほど流れますが、もしかしたら、これすらどこかで見ている人がいたら?なんて思ったり^^

    壁に掛けられている絵も「ペンローズの階段」でしたっけ?無限ループの象徴ですよね?

    私は浅学のため、これくらいしか気付きませんが、MVの中にはもっと色々散りばめられている気がします

    最近、「あぶく」をヘビロテしています

    何十回もMVを見ていると、開始5秒でいきなり撃たれるの、不謹慎ながら笑ってしまうんですよね^^

    是非、聴いてみてください!

  • Road  to  北海道マラソン⑨

    47回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です

    18週目(4月27日~5月3日)

    日付メニュー体幹トレストレッチあと
    4/27(月)ランニング5キロ ※130分10分139
    4/28(火)ランニング5キロ ※230分10分138
    4/29(水)休み30分10分137
    4/30(木)上り坂ラン3キロ+ダッシュ ※330分10分136
    5/1(金)休み30分10分135
    5/2(土)休み30分10分134
    5/3(日)ハーフマラソン21キロ ※430分10分133

    ※1…キロ6分40秒→6分30秒→6分20秒→6分→5分50秒で各1キロ。3日のレースペースの短縮版的なイメージで

    ※2…※1に同じ

    ※3…キロ6分で3キロ+100mダッシュ3本

    ※4…詳細は下記

    【週の走行距離…34キロ 月間走行距離153キロ】※月間進捗率78%

    4月の月間走行距離目標…195キロ

    →4月は目標195キロに対し、実際は153キロと進捗率78%となった。数値的には達成にはならなかったが、これでいいと思っている。2つのレースに出たため、レース前は「休み」または「軽め」調整にしたからである。逆に、無理やり目標を達成しようとして距離を踏んで、レースの時に脚が重いというのは良くない。5月以降は、距離を踏む日と、ダッシュなど心肺を高める日など距離についてはメリハリを設けるようにするつもり

    【5/3 豊平川ハーフマラソン結果】

    初のハーフマラソン走ってきました^^

    先に言っておきますが、3700文字あります。ここでやめていただいてもかまいません^^途中で離脱もOKでございます

    まずは結果報告から

    キロ想定のペース実際のペースずれ通過タイム
    1キロ6:408:10※11分30秒遅い8:10
    2キロ6:406:401分30秒遅い14:50
    3キロ6:306:30※21分30秒遅い21:20
    4キロ6:306:201分20秒遅い27:40
    5キロ6:306:271分17秒遅い34:07
    6キロ6:206:05※31分2秒遅い40:12
    7キロ6:206:1254秒遅い46:24
    8キロ6:206:2054秒遅い52:44
    9キロ6:206:1549秒遅い58:59
    10キロ6:206:1544秒遅い1:05:14
    11キロ6:005:58※442秒遅い1:11:12
    12キロ6:005:5032秒遅い1:17:02
    13キロ6:005:4214秒遅い1:22:44
    14キロ6:005:40※56秒早い1:28:24
    15キロ6:005:3234秒早い1:33:56
    16キロ5:505:22※61分2秒早い1:39:18
    17キロ5:505:071分45秒早い1:44:25
    18キロ5:504:552分40秒早い1:49:20
    19キロ5:504:553分35秒早い1:54:15
    20キロ5:505分台前半※74分ちょっと早い1:59分台
    ゴール5:405分台前半4分ちょっと早い2:04分台
     2:09:20 2:04分台後半でゴール!

    【レース前】

    ・8時の気温12度、晴れ、風なし、走りやすいコンディション

    ・7時間睡眠、体調良好、受付し準備完了

    ・キロ「3分」から「6分以上」までプラカードを持った人がいて、自分のペースに合った所に前から並ぶよう促される。スタート後の集団の流れを見たかったので最後方へ

    ・ランニングアプリ起動、Spotify再生、スタート!

    【レース中】

    ・※1…前回の伊達より、参加者がめちゃくちゃ多い^^最後方にいたがスタートの号砲が鳴ってからスタートラインを越えるまで1分以上かかりました。わかっていても少し焦るものですね。また、最初はすごくゆっくりペースでしか走れないので、8分10秒かかりました

    ・※2…結果を振り返って、最も自分で自分を褒めたい点はここです^^最初の1キロが想定より90秒も遅かったのに、それを一気に埋めようとしないで、2キロから5キロをほぼ想定のペース通り走れた事がすごく良かった。これで序盤のペースが安定したと思います

    ・※3…周回コース(5キロ)を1周する。概ねレースペースは守れている。公園内がけっこうアップダウンがある。すでに息遣いが荒い人もちらほら。自分はまだまだ余裕があったが10キロまでは我慢した方が良さそう。急にペースを上げたり緩めたりする人が結構いて、ペースを乱されそうになる。一定のペースで走ってくれ~^^少しずつスタートの遅れを取り戻してきた

    ・※4…周回コースを2周走りきる。体は軽く、まだまだ余裕があるが、ここもペースを上げすぎず我慢したのが良かった。周囲の同じくらいのペースで走っている人は息遣いが荒く、汗をたくさんかいている人が増えてきた。自分は呼吸の乱れはまだなく、汗もそれほどでもない。これはどう分析すればいいのだろう?練習の成果なのか?それとも多くの人がこんなに(気持ち悪いくらい^^)緻密に想定せず、ノリで走ってる?

    ・※5…11キロ、12キロ、13キロと、想定より少し早いくらいのペースで走ることができ、当初の遅れもほぼ解消できました。この時は、バテてきた人をけっこう抜かし始めていましたが、まだ余裕ありました。その時、頭に浮かんだんですね^^「お前、今回は全て出し切ってゴールするって言ったよね?」と^^このままだと目標の2時間10分切りはできるだろうと。でも、それでいいんですか?と^^そんな感じで1キロくらい葛藤しながら走ってました。それで…

    ・※6…暴走モードに突入するわけです^^結論としては、「これも北海道マラソンンに向けての練習の一環であり、全力を出してゴールの方が力が付くであろう」ということ。もう一つは、「読者様がびっくりしてくれるかな?」ということです^^16キロ以降は5分50秒想定のところ、どんどんペースを上げ、最終的に4分55秒まで上げました^^

    ・※7…19キロ地点、ゴールまであと2キロちょっとという所で、苦しくなってきました。大きく呼吸しているのに酸素がうまく取り込まれないような辛さで、ペースを少し緩めると呼吸しやすくなる。後述しますが、今の私の限界値はキロ5分だと思いました。できれば直近2キロの4分55秒ペースを落とさずにゴールしたかったですが、少し落ちてキロ5分台に。でも、当初の想定より5分以上早い2時間4分台後半でゴール!(今回も、個人情報保護のため、少しぼやかしたゴールタイムとしております)

    【気づいた事メモと総括】

    ・スタート時の走りにくさ

    →最後方から見ていると、後ろからスタートしたのに縫うように抜かしていく人がまあまあいて、危なく感じた。転びそうになっていた人も何人かいた。北海道マラソンはもっと大規模な大会なので、序盤は注意が必要。転んでゲームオーバーは悲しすぎる。車の運転と一緒で、荒い動きをする人は一定数いるという認識で、事故をもらわないような注意が必要

    ・補給について

     →給水は基本的に毎回取った方がいい。給水前後の他の選手の動きに注意。急な割り込み、急な停止が多数。これも危ない。最初のテーブルが混雑する傾向。終わりの方のテーブルの水を取るのが良さそう。飲んだ紙コップはゴミ箱に捨てましょう^^その辺にポイっと投げる人、ダメですよ^^

    ・コースの下見について

     →自分的には必要。今回、直前でコースが変わった事もあって、下見できずだったが、周回の1周目はキロ数のイメージや傾斜の有無がわからず不安が大きかった。普段の生活でも「できるだけ事前にしっかり準備派」(いい感じに表現したけど、裏を返せばアドリブ効かない派^^)なので、今後の大会でも下見はした方がいい。今回ラッキーだったのは、周回コースだったので、2周目以降はイメージ出来て走りやすかった事です

    ・今の自分に足りないもの

     →ラスト5キロでペースアップした時の心拍数の上昇と呼吸の苦しさですね。いやー、苦しかったですね^^「ペースアップ早かったーー!」と思いながら走ってました。たぶん、今の私は、キロ5分を切ると苦しくなります。なので、これを克服していくメニューを組むことが重要です。調べてみると、坂道ダッシュやウィンドスプリントという比較的短い距離を速いペースで走ることがいいみたいなので、そのような練習をこれから取り入れていくと良さそうです。

    ・今回の大会の収穫

     →序盤のペース維持は、大きな収穫でした。周りにはいろんな人がいました。上り坂では歩いて抜かされるけど下りになると速く走って抜かす人、急にペース上げる人、急にゆっくりになる人…。人それぞれやり方はあるのでいいと思いますが、車の燃費と一緒で、たぶんペースは一定に保った方が(車で言うとエンジンの回転数を一定に保った方が)スタミナのロスは少ないと思います。序盤は体が動くのでペースを上げたくなりますが、基本序盤は我慢して後半勝負でいいと思いました。このあたりは「マラソンはメンタルスポーツだな」と思ったし、自分に向いてるなと思いました

    ・音楽大事

     →今回も、左耳は何もなしで外の音を聞く、右耳はイヤホン挿して音楽を聴きながらアプリでペースを把握するというやり方でしたが、とても良かったです。音楽を聴く効果は自分的に2つありました。1つ目は、序盤の距離経過の早さです。ある程度歌に脳のリソースを割くと、気付けば1キロ走ってたみたいな事がけっこうあります。今回、ちょっと工夫をしてみて、中盤の8曲を、仲のいい知人に選んでもらってそれをリストには入れたけど本番まで聴かないようにしていました。そして、本番で初めて聴きながら走ってみました。「へぇ~、こんな感じのメロディーなのね」「このRADWIMPSの曲は聴いたことあるかも」とか思いながら走ってたら3キロくらい経過してました^^この「脳を距離や疲れの感覚から遠ざける」事が大事だと思っていて、それが自分にとっては音楽だと思ったので、「右耳イヤホン音楽」はこれからも続けていきたいと思いました

    以上、ながーいながーい大会の振り返りでございました^^

    今、私の両脚は大変な事になっていて歩くのもやっとといった所ですが、ゴールした時は、疲れ以上に達成感を味わう事ができました。40過ぎてこういう経験ができているのはとてもいいことだなと、「けっこう頑張ったんじゃない?自分」と、思っています^^

    貴重なお時間お付き合いいただきありがとうございました

  • 他者に期待しない

    48回目の投稿になります

    昨日のハーフマラソンから一夜明け、足が生まれたての子鹿です^^プルプルしてます

    フルマラソンだと私はどうなってしまうのでしょうか^^

    さて、今回は「他者に期待しない」です。またまた重くなりそうなタイトルですができるだけライトに書いてみたいと思います^^

    「ま、そんなものだろうな」

    という感情がいつも頭の片隅にあります。例えば約束が守られなかったとき、例えば相手の発言と行動が一致していないとき、例えば嘘をつかれたとき

    そういう時には、怒りよりも先ほどの言葉が浮かびます

    なので、最近は、不義理な事があっても怒る事は全くと言っていいほどなくなりました。怒らなさ過ぎて逆に怖いと言われることもあります^^

    この前、この「怒り」について少し考えるタイミングがありました

    私はなぜ、他者に対して「キレる・怒鳴る」という行為をしないのかという事についてです

    「オレはこんなに怒っているんだぞ」という事を相手に伝えるためには、キレたり怒鳴ったりするのが最もわかりやすいとは思います

    でもね。私はそれ以上に「怒鳴るという行為を自分自身が良しとしていない」みたいな感覚があるんですよね

    だから、怒鳴るより、急にその人の前から姿を消すみたいな動きをしちゃうんですよね^^

    すごーくカッコつけて言うと「怒鳴ることは自分の美学、美意識に反する」みたいな感じです^^

    カッコつけてますねー^^

    話を戻します。自分の中での「他者に期待しない」というのは、言い換えると「自分がコントロールできない領域については、関心を持たない」という感じでしょうか

    そのように考えれば、期待するという行為自体が、不確定なものに自分の想いを託す事になり、それは良くも悪くも執着や依存を生み出してしまう遠因になるような気がするんです

    執着や依存は、相手が上の立場になりやすく、過度な自己犠牲によるいびつな関係になりやすいですし

    だから私は必要以上に期待しないのかもしれません

    人間関係で言うと「来る者拒まず、去る者追わず」といったところかもしれません

    でも、私はお釈迦様ではありませんから、不義理な事に出会った時は、それなりにイライラするし、失望します

    イヤな思いを必要以上に感じないようにするための予防的措置みたいな感じで、「他者に期待しない」のがいいと思おうとしているのかもしれません

    この辺りは、まだ自分の中で結論が出ず揺れている感じですね

    孔子は「40にして惑わず」と言いましたが、私は惑ってばかりです^^不惑には程遠いですね^^

    少し角度を変えて考えてみます。それは、「じゃあ、何に期待するのか?」という事です

    それは「自分」なんだろうなと最近は思っています

    自分のなにに期待するのか?

    それは、自分の可能性、頑張る姿勢、ダメな所も受け入れる強さ的な事でしょうか

    環境や状況的には不遇で、抜け出す事が難しい状況でも、考えたり自分を励ましたりすることについては誰もが平等にできると思います

    あ、これ、すごくいい表現ですが、フランクルの「夜と霧」に書いてありました^^とってもいい本だったので、後日紹介します

    長々と書いてきましたが、他者に期待しない事の最も大きな効用について書いて終わります

    それは、「考え方や価値観が合う人に不意に出会ってしまった時の感動がエグい」という事です^^

    急に仮面外してさらけ出したくなります^^

  • 本日

    スマホで初投稿です

    豊平川ハーフマラソン走ってきました

    日曜日はマラソン投稿の更新日ですが、本日温泉に宿泊のため、更新は明日となります

    誰にも会わない隠れ家的なお宿です笑

    私の投稿を楽しみにしていただいている皆様(いるのか?笑)、明日までお待ちください