85回目の投稿になります
前回は「沼る」の構造を、仕掛ける側の視点で書きました
今回は、ハマる側、つまり客側の視点で書いてみたいと思います
前回の内容を簡単に振り返ると、沼に落とすシステムとしては
・仕掛け1…気軽さ、手軽さをアピール
・仕掛け2…強烈な刺激でドーパミンを出させる
・仕掛け3…間欠強化で不安や恐怖を促し、深くハマらせる
・仕掛け4…コミュニティを遮断し、依存先以外の柱を失わせる
という感じでした
では、依存的なものにハマる人とハマらない人の違いはなんなのでしょうか
こちらもいくつか文献を調べてみました
ざっくり3つ挙げると
・満たされていないと感じている人
・真面目な性格の持ち主
・自分で判断したり決断したりする事が苦手な人
でした。例として、有名大学に合格して上京。オウム真理教に入信し、幹部となった人の話がありました
彼は、子どもの頃から親や大人の言うことに従うことを強要されたり、親が自分の意見に耳を傾けてくれなかったという思いがあったようです
これは「学習性無力感」とも言われ、「親の言う通りにしないといけないんだな」という諦めに似た感情が、自分の気持ちを抑えることにつながり、ひいては自分の感情より他者の気持ちに引っ張られる人間になってしまう可能性があるとのことでした
また、受験勉強を通して培われた真面目な性格は、依存に対しても真面目さを発揮してしまうので、深みにはまりやすいという指摘もありました
これは、非常に危険です。なぜなら、状況が整えば、誰でもハマる可能性があると思えるからです
例えば私
子どもの頃、「親の言う通りにしないと」という気持ちはすごくありました。(今は皆無ですが^^)
自分に自信がなく、何かを決めるのが苦手でした。自ら誘う事はなく、誘われたら行くみたいな他人軸で動き、嫌な事があっても嫌と言えず、押し切られるように付き合わされることもありました
もしそこに、仕事で適応障害になったタイミングや、孤独感を感じるタイミングが重なれば、コロッと依存の世界にハマる恐れは大いにあったなと思います
つまり、仕掛ける側の戦略がいいか悪いかの判断は置いておくとして、仕掛けられる側の心が弱っているタイミングに出会ってしまうと、パズルのピースとピースが合致するように、誰しもが落ちる恐れのある構造になっているのではないか
これを、「ハマりやすい人の特徴」という事でいったん結論付けてみたいと思います
では、次の観点です
それは「そもそもハマる事は悪なのか?」という問いです
悪なのかどうなのかについては、「費やす金額や時間の問題ではない」というのが、色々な文献等を読んで私が感じたことです
では、悪なのかどうかを判断するたった一つの判断軸としては「それでその人自身が幸せを感じているか。不幸ではないか」
これに尽きると思いました
ギャンブル依存の人の話などを読むと、例えばパチンコ屋では高揚感で多額のお金を使ってしまうけど、家に帰ってからは後悔や自己嫌悪で胸が苦しくなると書いてありました
その人は、その自己嫌悪を埋めるためにまたパチンコ屋へ行くという、負のループにハマっています
つまり、ハマっているのに内心は楽しんでいないという状況に陥っています
この例を見ると、お金をたくさん使おうが、時間を費やそうが、見返りがほとんどなかろうが、その人がそれで幸せなら他者が介入する余地はないし、依存ではないのではないかとも思えてきました
では、最後の観点です
それは、沼落ちしないためにはどうすればいいのかという事。そして、落ちてしまったらどうしたらいいかという事
これについて考えてみます
あ、その前に^^
私、今すべてを書き終えて推敲しているのですが、全部で3400字になってしまっています^^
という事で、ここでいったん切りまして、のちほど「♯86『沼る』を考えてみた③」として投稿いたします
ではまた数時間後に^^
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