♯102 本(小説)を読むと倫理観がバグり出す件について^^

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102回目の投稿になります

本来、火曜日は投稿日ではないのですが、先週金曜日に1回飛ばしてしまった事が気になっていて、それを回復するための本日の投稿となっています^^

そんなに律儀にやらなくてもいいかなとも思いますが、なんか気持ち悪くて^^

という事で今回は、本を読む事について書いてみたいと思います

私、中学生から大学生くらいまでは、けっこう本を読んでいました

本の中に友人がいるかもと思ったのもこの時期です^^

そして、就職して働きだすと、忙しさから一気に読まなくなりました

今となっては、忙しかったからこそ本を読むべきだったなと思ったりもしています

そして、適応障害による退職、転職を経て、1年ほど前からまたたくさん読むようになりました

このブログで週1ペースで本を紹介している事もあって、年間100は無理でも80くらいのペースでは読んでいます

さて、本題です

タイトルに書きましたが、私、どうも最近倫理観がバグってきている気がします^^

そしてこれは、小説を読んでいるせいだと結論付けました^^

最近読んだ本でいうと、例えば朝井リョウの『正欲』。水の動きやしぶきを見る事が性癖の人が出てきます。誰にも理解されず日々を送る中で同じ性癖の人に出会い、交流する中で、ある事がきっかけで逮捕されてしまいます

ニュースの見出しはこうです

「校舎に侵入した男逮捕。『水を噴き出させる事に快感』」

これ、実際にニュース見ていてこの報道を目にしたら

「うわ、なんかヤバい奴やな」

って思うと思うんです^^

でも、「正欲」を読んだ後だとそうは思えなくなります

この経験をしてしまうと、色んな事件のニュースを見ても

「犯罪はダメだけど、誰にも理解されない苦しみがあったのかな」

とか思ってしまいます

角田光代の「紙の月」を読むと、不倫はエグいけど仕方ない事もあるかもと不倫を認めそうになったり

松本清張の「砂の器」を読むと、主人公和賀英良の殺人よりも世の中の差別や偏見が問題だろと思いそうになったり

中村文則の「銃」「遮光」を読むと、ラストは「うわーー、それはやめてーー^^」ってなるんですが、ヤバいものを持ち歩く快感を味わってみたくなったり^^

これを実社会で発言したりすると「こいつ、不倫OK、殺人OK、危険物所持OKの最高にヤバい奴」という判定を受けて、下手すると社会的に抹殺される感じがしてちょっと怖くなります^^

もちろんフィクションだとわかった上で読んでいるので、実際の行動に移したりはしないのですが

文章が美しすぎたり、ストーリーが滑らかすぎたりすると、どんどん自分の中に入ってきて新しい概念が形成されそうになります^^

大学のゼミみたいな場所あったらいいなと最近よく思います

教授から指定された課題本1冊をゼミ生で読んで、ゼミの時間に教授含む数人で解釈をディベートするの、けっこう楽しかったなって

そういうイメージで、同じ本を読んだ人と、本の感想を話し合えたら、すごく豊かな時間な感じがします

たまに本屋さんや図書館で企画している「読書会」とかに行ってみればいいのかな

本を読む事で倫理観がバグった人どうしで話すのって、楽しそう

でも、私含めそういう人って、実社会では普通な格好して普通な発言して異端ぶりを隠して生きていると思うので、出会いづらいのかな^^

なんて妄想を重ねながら、今は辻村深月の「善良と傲慢」読んでます。自分の中の善良さに隠された傲慢さがあぶり出されるようです

ここで終わろうと思っていましたが、ごめんなさい、1つだけ

今回、作家さんの名前がいくつか出てきて、「さん付け」しようかずっと迷いながら書きました

最初、さん付けで書いていたのですが、松本清張のときに「松本清張さん」って書くの、すごく違和感あったんですよね^^

だから、呼び捨てで統一してみました

現代の作家にさんを付けるのって自然な感じ(朝井リョウさん、辻村深月さん)なのに、ひと昔前の作家(芥川龍之介さん、太宰治さん^^)には違和感あるのなんでなんでしょう

最後、一気にくだらなくなってスミマセン

「さん付け」問題、誰か解消してください^^

明日も投稿しまーす

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