友だち100人できるかな?

36回目の投稿になります

訪問者数、ビュー数共に少しずつではありますが増えてきており、嬉しい限りです^^初めまして様も、いつもご覧いただいている読者様もありがとうございます^^

さて、今回は「友だち100人できるかな?」です

先に言っておきますが、今回はしょうもないです^^最近重い話題が続いていたので、ちょっとライトな感じでいきます^^

今の若い世代はわかりませんが、小学校入学くらいで、こんな歌教わりませんか?

「1年生になったら♪1年生になったら♪友だち100人できるかな♬」

希望に満ち溢れた歌でいいですよね。曲調も明るく、この時期にもぴったりな歌です

しかし、しかしですよ。ここで私のグルグル考える変な癖(へき)が顔を覗かせます^^

・「友だち100人できたら、逆に大変じゃない?」

いや~、あまのじゃくですね^^リアル世界で言ったらヤバい奴にされそうですが、ちょっと書いてみます

友だち100人もいたら、大変じゃないですか^^

話したり会ったり遊んだりするのも大変だし、一人一人にかける時間も薄くなってしまう気がします

私は「広く浅く」より「狭く深く」タイプなので、互いの事を分かり合える人が1人でもいれば十分じゃないかと思ってしまいます

・「それって、自分を殺してない?」

100人はそれぞれ考え方も行動も違いますよね。その100人と仲良くできるということは、それぞれの考え方や行動に自分が合わせるという事であり、それは他人軸なんじゃないかと思ったりする訳です

児童向けの歌に何を言っているんだという感じですね^^

作詞された詩人まどみちおさんに盾突くつもりも毛頭ありません^^

でもね、私がちょっと思っているのは、世の中、「友だちがいること=良いこと」と考える向きがあるんじゃないかということです

その考え自体は全く否定しません。ですが、それはあくまで考え方のひとつであり

私は「友だちがいることはいいこと。だけど、いてもいなくてもいい。いなくても特に問題はない」と思うんですよね

つまり、友だちがいないとか少ないとかっていうのはただの現象であって

「友だちがいない=自分はダメな奴」というような、自己の価値に結び付けるような事はしなくていいんじゃないかと、40を過ぎたこの年齢になって思ったりする訳です

しかも、学校を卒業して社会に出るとわかりますが、学生時代の「同じ年齢の数十人がクラスという集団で過ごす」という状況はとても歪(いびつ)です

しかも高校なんて、受験によって階層化された均質な集団になりがちです

そこを社会のすべてだと捉える必要はないと思うし、クラスで友だちできないなら、異端であることを誇っていいと思いますね^^

このブログを読んでいる人で子どもはあまりいないとは思いますが、小学生、中学生、高校生の皆さん

友だちは、いたらいたで素晴らしいことだと思うけど、いなくても全然大丈夫なんで^^

私、友だちほとんどいませんけど、時間が足りないくらい楽しく充実した毎日過ごしてますんで^^

もって生まれた特性や性格もあると思うのでね

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