読書記録「無理をして生きてきた人」
著者:加藤諦三
出版社:PHP新書
初版:2024年3月
34回目の投稿になります
今回は書籍「無理をして生きてきた人」です
著者の加藤諦三さんは社会学者であり心理学者として活躍する一方、本人も幼少期における親との関係性に悩んでいたという経験を持つ方です
以前読んだ「求めない」という短編もとても良い本でした
今回の内容は、私のような自己肯定感低めな人には刺激が強いかもしれません。グサグサ来るかもしれませんので、怖い物見たさで興味がある方のみ続きをどうぞ^^
※「」は著書からの引用です
「今のあなたの悩みの核心は、過去の心理的に未解決な問題が変装して現れているにすぎない。あなたは、今の出来事で悩んでいるのではなく、心理的未解決な問題に振り回されている」
いきなりけっこう刺激的ですね^^過去の心理的未解決な問題とはなにか
著者は、その一つが「幼少期の親との関係における性格形成」であるとしています
「親自身が神経症的で、自分の軸で生きていないと、生き方として行き詰まる。その行き詰まりを解消しようとするのが、他者への干渉なのである。最も身近なのは子である。子を操作したり、干渉したり、非難したりという形で自分の行き詰まり感を解消しようとする」
「アメリカの心理学者シーベリーによると、神経症者とは、自分の能力を自分を成長させるためには用いないで、他人を巧みに操るために用いる人間をいう」
小学生くらいのおぼろげな記憶ですが、こんな事がありました
私が同じクラスの子に叩かれたとかで、相手と相手の親が家に謝罪に来るみたいな事がありました
その時母は相手の親に「いえいえ、ウチの子も悪かったと思いますから。ウチの子もダメな所ありますし」的な事を言ったんですね
え?ええっ?^^
オレ、この件については何にも悪くないですけど…^^
これは一例ですが、私の母は体裁を取り繕うことを大切にしている事がわかります
今思い返すと、たぶん私は相手に怒ってほしかったんじゃないかと
何ヘラヘラ笑って場を終わらせようとしてるんだと
はっきり言うと、私の母は、自分のための人生ではなく人に見せるための人生を送っている。人に「あなたは偉い」「あなたはちゃんとしている」と思われることで自我を保つ
さっきの件で言うと、笑顔で事を収める事が人としていい事だというか、そういう対応をする私素晴らしいみたいな感覚なのではないかと
あ、ちょっと度が過ぎましたかね^^
まあ、私の親世代(70代)は、今より多様性がなく同調圧力が強かった時代だとは認識しています
一億総中流社会とか言われ、例えばキャリアについても「進学校→一流大学→有名企業→定年まで勤める」的なステレオタイプな生き方が良しとされていたと思います(今も、地方ではこの考え方が多分に生き残っていますが^^)
なので、他と違う自分はダメみたいな感覚はわからなくもないんですが、俯瞰してみると、他者から見える自分を飾るより目の前の子を守ってやれよと思ったりしちゃいますね^^
「愛されるためには、相手になにかを与えなければならないと考えてきた。お金か名誉を与えるか、あるいは労働奉仕か、服従することで相手の支配欲を満足させるか、迎合することで相手の無力感を解消させるか、なにかを与えないと自分は相手から愛されないと思い込んでいる」
自己犠牲が強い人の特徴として、幼少期の家庭環境が指摘されていました。「期待に応えないと愛されていないと思ってしまう」家庭環境だと、そうなる恐れがあるというのです
例えば、褒められる時が「テストでいい点を取った時」とか「親のいう事を聞いた時」などだと、頑張らないと愛情を感じられない「条件付きの愛情」が刷り込まれてしまうのではないかと
読んでいて、これはありそうだと思いましたね^^
我が家は、95点取ると「あー、5点間違ったねー。しっかり見直ししないとねー」でした
幼少期はそれについて特に何も思っていなかったのですが、「〇がついた95点の方を褒められてもよかったのではないか」と今は思ったりしますね
さてさて、ここでまだ本の半分くらいなんですよね^^
ここまでお読みいただいたそこのあなた!憂鬱な気分になっていませんか^^
私は吐きそうになりながら読んでいたのですが、これを読む事で、今まで深層心理にあった鬱屈した感情みたいなものにスポットライトを当てる事ができたかなとも思います
続きは来週金曜に更新します。ある程度書いたのですが、来週の投稿は、これからの事に焦点を当てた前向きな感じで締めくくれそうです^^
過去イチ闇深い投稿だったかもしれませんが、わかる人にはわかってもらえるのではないかと淡い期待を抱いて終わりにします^^
いつもありがとうございます
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