77回目の投稿になります
今回は「一度見限ると二度と戻らないを再検証したら解が出た」です^^
♯19にて一度書いたものを、自分なりにブラッシュアップというか改めて考えてみました。もしお時間ありましたら♯19も再読していただけると嬉しいです
前回私は、二度と戻らない事の例として「ゆで卵になっちゃったらもう生卵には戻れない」って書いてます
我ながらうまい事書いてんなーと思いましたね^^その思いは基本的に今も変わりないです
では、なぜ改めて深掘ってみようと思ったかというと、最近ずっと考えてる「時間の大切さ」と「自分軸を持つ」が今回の事にも当てはまりそうと思ったからです。少し書いてみます
まず1つ目の「時間の大切さ」についてです
二度と戻らないという感情に行きつくまでには「その人に対して我慢してきたたくさんの時間」が存在すると思います
友人、恋人、家族…
「次は変わってくれるはずだ」という思いは、相手に期待する事であり、「変わってくれるという判断をした自分」を信じるということであり、それは、かけた時間が長ければ長いほど強くなるかもしれません
ただ、冷静に考えると、かけた時間やお金や感情の大きさというものは、今までのものは取り返せないけど、これからのものは考え方次第で変えられるとも言えます
つまり、その人にエネルギーを使う事の徒労に気付き、私の行動が変わるきっかけになれるかもしれない
「他の事に時間を使った方がいい」と思うようになるかもしれない
では、なぜ何も言わずに去るのか?それは、一度見限ると、とにかくその人に与えたくないし、与えられたくないと思うからかもしれません
例えば、怒ったり泣いたり説明したりという行為をすると、もしかしたらそれが相手を改心というか変えるきっかけになってしまうかもしれないみたいに考えたりもします
もうそういう気付きすらも与えたくないという感情がある事に気が付きました^^
私、けっこう冷酷かもしれません^^
こうやって心の中で損切りするのは、自らの精神を守るためだと思います
怒るのは得意ではないし、怒りたくない。だから、少しずつ関係を薄くしていき、さっといなくなるのです
そのあと、相手が「これからは変わるから」と言ってくることがあります
若かりし頃の私は、そこで情が出て「わかったよ」と言って許して関係を継続した事もありました
でも、その後、結局同じことの繰り返しになることがほとんどでした
なので、今は、相手の申し出でやり直す事はなくなりました^^
次に「自分軸を持つ」です
期待しては裏切られ、期待しては裏切られ、を繰り返すと、自分がすり減っていくというか期待した自分がなんてバカだったんだろうという感情が湧きだし、それが自身のメンタルを低下させる要因になります
でも、相手の行動は制御できないことを腹落ちして理解できていれば、期待するという感情も、裏切られてメンタルを低下させる感情も必要ない
つまり、見限るとは「判断を他人に委ねずに自分で決める」というポジティブで主体性のある行為だと考えます
じゃあ、その判断材料はなんなのかという事になります
私は、やっぱり「発言より行動を見る」事じゃないかなと思います
いくら優しそうな事や甘い事を言ってきても、実際相手が自分に対してどのような行動を取るか、または自分に対してどのような行動を取るよう求めるか
行動の部分に本質が出るのではないかと思います
それを評価軸にして自分で判断する
あと、期待しては裏切られを繰り返す時って、視野というか見える世界が狭くなっている気もします
世界は広いですから、疲弊してまで関係を続ける必要もないのかもしれません。しかもそういう時って、相手はそんなに疲弊していなかったりするしね^^
私は、「一度見限った」という事実、その判断をした自分の方を信じたいと今は思います
そもそも、相手との関係性で大事なのは、その人の前では自分は落ち着く、本音を話せるみたいなのが大事
相手が怒るんじゃないかとか、機嫌を損ねないような行動を取らなきゃとか、そういう思考になっている時点で、心理的安全性がないというか、緊張状態にあると思うし、それって健全じゃない
40も過ぎると、世の中には色々な人がいる事を知ります
私が学んだことの1つは、「徹底したテイカー気質の人もいる」という事実です
私は、相手になにかしてもらったら、感謝の気持ちでなにかお返ししたくなるし、実際お返しします
心理学の用語で「返報性の心理」とか言いますね
でも、世の中には、この感覚がまったくない人もいます
つまり、お返し精神が全くなく、相手から受け取るだけ受け取ろう、もう少し過激に言うと、搾り取れるだけ搾り取ろうみたいな感覚の人もいるってことです
ここを認識できないと
「私がこれだけやっているんだから、相手もいつか私になにかを返してくれるだろう」
っていうふうに思っちゃう気がします
これも執着のひとつの事例かもしれません
という事で、またまた長くなりましたが、私のひとまずの「解」としては
・状況を常に客観視して違和感を察知する
・自分の価値観を相手にも当てはめない事が大切。徹底したテイカー気質の人もいる
・発言より行動を観察する
・見限って消える事は、自分を守るためであり、主体的に判断を下すポジティブな行為である。逃げでもなんでもなく、自分を取り戻すための正当な行為であると認識し、罪悪感を持たない
このような感じに落ち着きました^^
書いていて思いましたが、私はせっかくの限られた時間は、本音で話せて、緊張状態にならない心理的安全性が担保された人と過ごしたいなと思いました
いつもより感情が出すぎているかもしれません^^
コメントを残す