78回目の投稿になります
ヨルシカの「ヒッチコック」の歌詞に「幸せの文字が¥を含むのは何でなんでしょうか?一つ線を抜けば辛さになるのはわざとなんでしょうか?」という部分があります
よく考えられた歌詞だなあと思って聴いていると、ある考えが浮かびました
それは、幸せから1本抜くと辛さになるなら、辛さに1本足せば幸せになるということです
「なにを当たり前の事を」と思ったかもしれませんが^^
もし、今、辛い状況の人がいるなら、なにか小さな事(1本の線)がきっかけで幸せの方へ風向きが変わるのではないかと思ったりしました
音楽聴きながらマラソン練習していると、こういう考えが浮かんでくるんですよね^^
なんか、いい発見をした気になってます^^
前置きが長くなりました。ここから本題です
「優しさ」ってなんだと思いますか?すごく抽象的かつ人によってとらえ方が異なりそうなテーマを、2つの観点で考えてみました
・1つ目は、「雨天の友」です
意味としては「辛いときに見捨てず支えてくれる友情こそ本物の友情である」です。私の好きな言葉です
「まさかの友は真の友」ということわざもありますが、私は「雨天の友」の方がシャレてて好きですね
私は、前職で心を病んで、全てほっぽりだして休職しました
その後、1人だけ心配の連絡をくれた同僚がいたんですね
その同僚は、自分も数年前にうつ病を発症していて、その辛さがわかるから連絡してみたとのことでした
部署が違ったので挨拶程度の関係性でしたが、すごくすごくすごーく嬉しかったですね^^
今は元気になった訳ですが、私はその事を忘れないし、もし身近な人が同じような状況になったら声をかけてあげられる人でありたいと思っています
もし、誰かの力になれたら「適応障害になって良かった!」とさえ思うかもしれません^^
・2つ目は、「相談されたとき」です
その相手がどうでもいい人、イヤだと思っている人に対しては、私は
「そのままでいいと思うよ」とか
「やりたいようにやるのがいいと思うよ」とか言います
その方が、エネルギー消費が少ないし、会話があまり広がらない感じになるからだと思うんですよね^^
一方、自分にとって大切だと思う人から相談を受けた場合、妙に力が入ってしまいます
じっくり時間を使って対策を調べたり、どうしたらいいか自分なりの考えを一生懸命話したりします
その結果、なにが起こるかというと
「重めのアドバイスになって、なんかぎくしゃくした空気になる可能性がある」です^^
相手は、話したいだけで回答を求めていないのでしょうか、またはガチの解決策を提示されてちょっとひいているのでしょうか^^
こうなると、悲しい矛盾が発生します。それは
どうでもいい人からは「私の気持ちを尊重してくれた。いい人」認定され、大切な人からは「そこまでじゃないんだけど。なんか重い人」認定されるというすごーく悲しい事態が発生します^^
誰に対しても「そのままでいいよ」スタンスがいいんでしょうかね
でもね、私はどうしても「そのままでいいよ」っていう回答は、不誠実な気がするんですよね
特に、自分にとって大切な人に対しては
読者様、どう思います?^^
最近の私は、以前のビビりの自分とは真逆で「やらない後悔よりやる後悔」みたいな感じになっています(数年前とは別人のよう^^)
変な空気になるリスクも抱えて、自分はこう思うという事を伝えようという気持ちに今はなっています
仮にその時は響かなくても、もし5年10年経った時にふと思い出すみたいな事でもあれば、「それで本望だ」的なね^^
という事で、ひとまずの結論としては
・優しさとは、相手が辛い状況の時に手を差しのべられる事
・相談の回答は、大切な人には「そのままでいいよ」とは言わずに、全力で回答を投げ返してみる。その結果、関係がおかしくなっても仕方ない^^
この2つを行動指針にしたいと思います
あなたは、「本当の優しさ」ってなんだと思いますか?
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