142 読書記録「ごめんなさい、もうこれ以上頑張れません」

執筆者:

カテゴリ:

読書記録「ごめんなさい、これ以上頑張れません」

著者:広岡清伸

出版社:アスコム

初版:2026年1月

142回目の投稿になります

今回紹介するのは、「ごめんなさい、もうこれ以上頑張れません」です

いやー、ひっさしぶりにタイトルだけ見て手に取りましたね^^

図書館の自習室で勉強して、その後館内をぶらぶらしていたら、月ごとの特設コーナーにこの本がありました

私の住む自治体の図書館は、規模はそれほど大きくはないのですが、司書さんたちの工夫が感じられる素敵な図書館です

今回の特設コーナーのタイトルは「季節の変わり目、しんどさを感じるあなたへ」でした

担当者さん、話した事もありませんが、絶対心優しい人ですよね^^

先日、館内の「ご意見コーナー」に

「特設コーナーの本、いつも選書が良いです。読むと新しい世界が広がる本ばかりです。これからも楽しみにしています」と匿名で投書してみました

これも陰徳の1つとしてカウントしました^^

あ、前置きが長くなりました

本は、精神科医の著者が、5人の診察の経過を通して、「休む」事をきっかけにリスタートする新たな人生を紹介しています

その中の1人目、中学校教師をしていて壊れてしまった水野さんの話は、私自身の経験も合わさって、刺さる内容でした^^

この本に通底している事、それは

「絶対的プライドを、いかにして感じながら生きる事ができるか」です

この本では、「絶対的プライド」を「私の人生と存在そのものに、価値と意味があると認識する事」と定義づけています

大事な事なので、もう一度言いますよ^^

「私の存在そのものに価値がある」

これを読んで、泣きそうになったそこのあなた^^休息が必要かもしれません^^

と、えらそうに書いている当の私も、30を過ぎるくらいまではこの言葉の意味がよくわからなくて

ずっと「なにか良い事をしないと自分には価値がない。相手も認めてくれない」とか

「不幸な状況なのは、自分がダメだからだ。まだまだ努力が足りない」とか思ってました

ひどくなると

「こんな苦しい状況なのは私には当然だ。逆に、私のような人は幸せになっちゃダメなんじゃないか」とか、しごく真面目に思ったりしていました

この激ヤバな自己認識は、どこでどのように私の心に住みついたのでしょうか^^

あの頃の私は、すごく狭い環境、価値観の中で生きていたんだなあと、今となってはわかります

本に戻ります

この「絶対的プライド」以外にも、本の中に出てくる著者の言葉が、とても優しく心に響きます

「心の病になる人は、少しだけ人よりも想像力が豊かなのかもしれません」

「責任感が強く、自分を後回しにしがちな人ほど無理を重ねやすい。まずは、自分の生活の確立を。それを忘れてはなりません」

そして、この本では、頑張れなくなった人の周囲の人にもスポットを当てています

その中で出てくるのが「共苦」という言葉です

思いや痛みを言葉にして分かち合うことという意味のようです

私は、自分がつらいとき、人に相談したり愚痴を言ったりしませんでした

恥ずかしさ半分、自分でなんとかすべきという感情半分といったところでしょうか

でもね、今ならわかるんですよ

私がもし苦しむ人の近くにいる人の立場だとしたら、何でも話してほしいし、話す事は恥ずかしい事じゃないという事が

「共苦」は、文字通り「共に苦しむ」と書きますが、その苦しみって悪くないんじゃないかと思うんですよね

一緒に苦しむって事は、孤独ではないという事でもあると思うので

「私は一緒にいるよ」

私がこの先、私と同じような事で思い悩む人に出会ったとしたら、この言葉をかけてあげたいですね

「一緒」の定義は様々ですが、物理的に一緒にいなくても「一緒」は感じられる場合もあると思うので

逆に、いくら一緒にいたって、なんか孤独を感じる事もあるし^^

誰かと「共苦」ができたら、私もメンタル疾患になった「かい」があるというものです^^

とてもいい本でした

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です