♯113 読書記録「嫌われる勇気」①

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読書記録「嫌われる勇気」

著者:岸見一郎・古賀史健

出版社:ダイヤモンド社

初版:2013年12月

前回に引き続きアドラーです

10年以上振りくらいの再読です

前回読んだときは30歳くらいで、絶賛仕事人間だった時期なのもあったのか、読み終えた時、少し批判的というか「そうか?」みたいな感覚だった事をぼんやり憶えています

ですが、です^^

今回読むと「アドラーさん、その通りですね^^」って感じです^^

最近は少しずつ心も整ってきたからか、半分くらいは「自分もできてるな」、半分くらいは「なるほど、そういう考え方でやってみよう」みたいな感じでした

今回は、この「なるほど、そういう考え方でやってみよう」の部分を中心に書いてみます

・問題は「何があったか」ではなく「どう解釈したか」

アドラーは、自分の性格を「経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって決定される」と考えました

だから、過去に支配される生き方を否定し、「人は変われる」を前提に生きよとしています

これって、自分的にはすごい事だと思います

だって、経験に意味を与えるのは「自分」ですよね

という事は、今の自分が変われば、自分の性格のみならず生き方まで変容させていく事ができるという事になるからです

これは、自分の人生を他者に委ねるのではなく、自分でハンドルを握る事になりますよね

私が目指す生き方にも合致しています

ただ、この生き方を進めようとすると、今までの考え方や行動様式を変えていく必要があります

現状維持バイアスが効きやすい人間にとっては、価値観の転換が自分の知らない不安な世界へ踏み出す事にもなります

また、自分の現状を「過去」に理由づける事もできないため、考え方によっては決断する事への心理的な負荷が高くなるとも言えます

そこで大切になってくるのが、アドラー心理学の肝になる、この言葉になります

・他者と比較しない勇気

はい。アドラーは勇気を持とうと読者に語りかけます

誰とも競争する事なく、ただ前を向いて歩いて行くという事

今の自分よりも前に進もうとする意志にこそ価値がある

他者と比較する事の本当の恐ろしさは、他者全般、ひいては世界を「敵」だとみなすようになるとアドラーは言います

敗者にならずとも、勝ち続けていようとも、競争の中に身を置けば気持ちの休まる暇がない

それが心の疲弊につながり、自信のなさや優越コンプレックスによる他者への攻撃性になって顕れると

私は、今、マラソンを趣味としています

これもまさに「解釈の仕方」「意味づけ」だと思うのです

「1位を取りたい」「あいつには勝ちたい」「平均より前の順位で」などと意味づけすれば、それは他者との比較になります

でも、「完走したい」「4時間30分以内で走りたい」と意味づけすれば、それは、「自分の今、ここ」に集中することになります

そして、これは肌感ですが、後者を目標とした方が嬉しいです

「1位を取りたい」って、他者というこちらの意志ではどうしようもない外部要因に縛られますよね

参加人数、参加者のレベルなど。もし参加者にオリンピック選手がいれば1位を取る可能性は限りなく0ですし、「オリンピック選手がいたから仕方ない」と理由づけちゃう事もできます

それよりは、1歩1歩足を進めてゴールに近づいている自分や、目標時間でゴールできるようにペースを決めて練習している自分の方が価値があるなって思います

まあ、この辺の感覚は40を過ぎたっていう年齢的なものもあるかもしれませんが^^

若い時なら、他者に勝ちたいみたいな感覚はもっとあったかもしれません

私なりの解釈ですが、アドラーが大事だという「勇気」とは、自分の価値観を自分で確定させ、それを他者の目を考えずに貫くことなのではないかと思います

今で1500字^^たぶん来週の読書記録もアドラーです^^

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