♯136 神社で手を合わせた時に…

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136回目の投稿になります

先日、貸切バスの仕事で札幌に行きました

コースは円山動物園→北海道神宮→大倉山のスキージャンプ場でした

北海道神宮で1時間半ほど滞在時間がありまして、体調不良等でバス車内待機のお客様もいないという事で、私も境内を散策しました

拝殿のお賽銭の所へ行き、手を合わせようとしたら、現金を持っていない事に気付き^^

大変申し訳ないのですが、お賽銭を入れずに手を合わせてきました

キャッシュレス時代、恐るべしですね^^

お賽銭箱の横にQRコードを読み取れる決済機が置かれるのも、そう遠くない将来にあり得るかもしれませんね^^

そんな事はどうでもいいんですが、手を合わせていた時

「あれ、私、何をお願いしようかな」って思ったんですね

ここから思想的な話になりますが、手を合わせてお願いをする行為について、ふと違和感を覚えたんです

「次のハーフマラソン2時間切れますように」とか「漢検合格できますように」とか「大金持ちになれますように」とか^^

なんでもいいんですが、お願いしたところでそれが達成されるかどうかっていうのは、自分の努力次第じゃないですか

という事は、手を合わせた時の正しい形としてしかるべきなのは

「ハーフマラソン2時間切れますように」というお願い形式じゃなくて

「ハーフマラソン2時間切ります」という宣言形式なんじゃないの?

とかって思った訳です

こいつ、まためんどくさい事を言い始めたなとお思いでしょうが、もう少しお付き合いください^^

私この頃、自分軸的なものが形成されてきたと実感していて、そうすると目標に向かって頑張るのって、誰か(神様)にお願いするような事じゃないと思っちゃうんですよね

そして、達成できたとしたら「神様ありがとうございました」っていうのも、ちょっと違うのではないかなとか思っちゃいました^^

頑張ったのは私です!みたいな^^

そうすると、神社で手を合わせる時は

「私、○○を達成するために頑張るんで、神様見ててね!」

的な感じがいいのかなと思いましたね

前にも書いた記憶がありますが、私は何か目指したい目標ができたときは、人に宣言します

私、まあまあプライドが高い人なのではという自認があるので、宣言する相手は、なるべく自分にとって近しい人だったり、大切な人だったりにします

そして、宣言したからには達成できないとカッコ悪いよね、という感じに自分を追い込んでいく訳です

そういう、宣言をする対象の一人として、「神様もよければ聞いてください」みたいな感じでこれからは手を合わせたいと思います^^

なんか実のない話になってしまった^^

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