140回目の投稿になります
ユダヤ教の教えに、こんな言葉があるようです
「10人の人がいるとしたら、そのうちの1人はどんなことがあってもあなたを批判する。あなたを嫌ってくるし、こちらもその人を好きになれない。そして10人のうちの2人は、互いにすべてを受け入れ合える親友になれる。残りの7人は、どちらでもない人だ」
精神科医の樺沢紫苑さんなどは、これを「好意の1:2:7の法則」などと呼んでいるようです
さて、私の体感ですが、この「嫌い1:好き2:中立7」の割合って、なんとなく合っている気がします
40人学級だとしたら、なんか嫌な事を言ってくるのが4人、仲良く過ごせる人が8人、普通に空間を共有している人が28人みたいな感じ
仕事でも同じ感じがしていて、クレーム付けてくる客4人、お礼の言葉を言ってくださるお客様8人、無言で清算していくお客さん28人みたいな(呼び方で差別するのやめなさい^^)
以前の私は、自分とは合わない1割の人とも、関係性を良くするよう努力すべきだと考えていたように思います
相手の価値観に無理やり合わせたり、時には「これは優しさだ」と自分を勘違いさせて自己犠牲的に労力を割いていた気がします
ひどくなると、「そういう態度を取ってくるのは、自分に原因があるからだ」とか思っていたりしました
自己肯定感の低さって、ホントにやっかいですよね^^
相手が悪いのに、それを自分がダメだからとか、自分の努力が足りないからだとか解釈を置き換えてしまう
でも、近頃の私は、「切る」「あきらめる」というスキルをゲットしました^^
合わない人とは物理的、心理的に距離を取る
ケンカするでも攻撃するでもなく、ただただ接触回数を減らし、自分の認識からその人を抹消する(表現が怖い^^)
私の大事な大事なリソースを、合わない人に使うのがもったいないと思うようになりました
それなら、自分と馬が合う、自分を大事にしてくれる2割の人や、普通の関係である7割の人と仲良くなれるための事にリソースを使うべきではと心から思います
ユダヤ教について私は全く詳しくないですが、そういう書物に
「誰からも嫌われないなんてムリだから、諦めな」って書いてあるのって、けっこう勇気づけられます^^
んで、これを書いていて1個気が付いた事があります
それは、「中立の7割の人の存在をしっかり感じる事」です
やや抽象的な感じがしますので、イメージを説明してみます
人間関係を「好き・嫌い」でとらえすぎてしまうと、この「どちらでもない中立」が意識の外へ行ってしまう感じがします
100人を例に考えると、嫌い10人、好き20人、中立70人なのに、その70人がどっか行って
「嫌い10」と「好き20」しか見えなくなります
すると、母数が30に見えてきて「10:20、つまり1:2か。自分を嫌っている人が33%もいるのか」と自分と合わない人の割合を過大に見積もってしまう恐れがあるように思います
それならば、中立の人を「少なくとも私の事を嫌ってはいない人」ととらえて
「嫌い10:嫌ってはいない90」みたいに置き換えた方が生きやすそうです^^
後半は、ただ数字をこねくり回しただけになった気もしますが
この「1:2:7の法則」は、全員と仲良くできるわけはないし、それは自分が悪いからではないと思わせてくれる、良い気付きにつながる言葉だなと思いました
特に、なにかあった時にそれを自分のせいにしがちな人には、憶えておいて損はない言葉なのかなと
何をしたって、何を言ったって、否定してくるやつは一定数いるんだよ^^
寒暖差の大きいここ数日ですが、温かい飲み物でも飲んで、ゆったりとした気持ちで過ごしたいものですね
今日は遅番勤務なので、私はこれから出勤でございます^^
読者様もどうぞご自愛ください
のんびりいきましょうね^^
コメントを残す