投稿者: syun

  • ♯78 真の優しさってなんだと考えたら、複雑な気分に^^

    78回目の投稿になります

    ヨルシカの「ヒッチコック」の歌詞に「幸せの文字が¥を含むのは何でなんでしょうか?一つ線を抜けば辛さになるのはわざとなんでしょうか?」という部分があります

    よく考えられた歌詞だなあと思って聴いていると、ある考えが浮かびました

    それは、幸せから1本抜くと辛さになるなら、辛さに1本足せば幸せになるということです

    「なにを当たり前の事を」と思ったかもしれませんが^^

    もし、今、辛い状況の人がいるなら、なにか小さな事(1本の線)がきっかけで幸せの方へ風向きが変わるのではないかと思ったりしました

    音楽聴きながらマラソン練習していると、こういう考えが浮かんでくるんですよね^^

    なんか、いい発見をした気になってます^^

    前置きが長くなりました。ここから本題です

    「優しさ」ってなんだと思いますか?すごく抽象的かつ人によってとらえ方が異なりそうなテーマを、2つの観点で考えてみました

    ・1つ目は、「雨天の友」です

    意味としては「辛いときに見捨てず支えてくれる友情こそ本物の友情である」です。私の好きな言葉です

    「まさかの友は真の友」ということわざもありますが、私は「雨天の友」の方がシャレてて好きですね

    私は、前職で心を病んで、全てほっぽりだして休職しました

    その後、1人だけ心配の連絡をくれた同僚がいたんですね

    その同僚は、自分も数年前にうつ病を発症していて、その辛さがわかるから連絡してみたとのことでした

    部署が違ったので挨拶程度の関係性でしたが、すごくすごくすごーく嬉しかったですね^^

    今は元気になった訳ですが、私はその事を忘れないし、もし身近な人が同じような状況になったら声をかけてあげられる人でありたいと思っています

    もし、誰かの力になれたら「適応障害になって良かった!」とさえ思うかもしれません^^

    ・2つ目は、「相談されたとき」です

    その相手がどうでもいい人、イヤだと思っている人に対しては、私は

    「そのままでいいと思うよ」とか

    「やりたいようにやるのがいいと思うよ」とか言います

    その方が、エネルギー消費が少ないし、会話があまり広がらない感じになるからだと思うんですよね^^

    一方、自分にとって大切だと思う人から相談を受けた場合、妙に力が入ってしまいます

    じっくり時間を使って対策を調べたり、どうしたらいいか自分なりの考えを一生懸命話したりします

    その結果、なにが起こるかというと

    「重めのアドバイスになって、なんかぎくしゃくした空気になる可能性がある」です^^

    相手は、話したいだけで回答を求めていないのでしょうか、またはガチの解決策を提示されてちょっとひいているのでしょうか^^

    こうなると、悲しい矛盾が発生します。それは

    どうでもいい人からは「私の気持ちを尊重してくれた。いい人」認定され、大切な人からは「そこまでじゃないんだけど。なんか重い人」認定されるというすごーく悲しい事態が発生します^^

    誰に対しても「そのままでいいよ」スタンスがいいんでしょうかね

    でもね、私はどうしても「そのままでいいよ」っていう回答は、不誠実な気がするんですよね

    特に、自分にとって大切な人に対しては

    読者様、どう思います?^^

    最近の私は、以前のビビりの自分とは真逆で「やらない後悔よりやる後悔」みたいな感じになっています(数年前とは別人のよう^^)

    変な空気になるリスクも抱えて、自分はこう思うという事を伝えようという気持ちに今はなっています

    仮にその時は響かなくても、もし5年10年経った時にふと思い出すみたいな事でもあれば、「それで本望だ」的なね^^

    という事で、ひとまずの結論としては

    ・優しさとは、相手が辛い状況の時に手を差しのべられる事

    ・相談の回答は、大切な人には「そのままでいいよ」とは言わずに、全力で回答を投げ返してみる。その結果、関係がおかしくなっても仕方ない^^

    この2つを行動指針にしたいと思います

    あなたは、「本当の優しさ」ってなんだと思いますか?

  • ♯77 「一度見限ると二度と戻らない」を再検証したら、解が出た^^

    77回目の投稿になります

    今回は「一度見限ると二度と戻らないを再検証したら解が出た」です^^

    ♯19にて一度書いたものを、自分なりにブラッシュアップというか改めて考えてみました。もしお時間ありましたら♯19も再読していただけると嬉しいです

    前回私は、二度と戻らない事の例として「ゆで卵になっちゃったらもう生卵には戻れない」って書いてます

    我ながらうまい事書いてんなーと思いましたね^^その思いは基本的に今も変わりないです

    では、なぜ改めて深掘ってみようと思ったかというと、最近ずっと考えてる「時間の大切さ」と「自分軸を持つ」が今回の事にも当てはまりそうと思ったからです。少し書いてみます

    まず1つ目の「時間の大切さ」についてです

    二度と戻らないという感情に行きつくまでには「その人に対して我慢してきたたくさんの時間」が存在すると思います

    友人、恋人、家族…

    「次は変わってくれるはずだ」という思いは、相手に期待する事であり、「変わってくれるという判断をした自分」を信じるということであり、それは、かけた時間が長ければ長いほど強くなるかもしれません

    ただ、冷静に考えると、かけた時間やお金や感情の大きさというものは、今までのものは取り返せないけど、これからのものは考え方次第で変えられるとも言えます

    つまり、その人にエネルギーを使う事の徒労に気付き、私の行動が変わるきっかけになれるかもしれない

    「他の事に時間を使った方がいい」と思うようになるかもしれない

    では、なぜ何も言わずに去るのか?それは、一度見限ると、とにかくその人に与えたくないし、与えられたくないと思うからかもしれません

    例えば、怒ったり泣いたり説明したりという行為をすると、もしかしたらそれが相手を改心というか変えるきっかけになってしまうかもしれないみたいに考えたりもします

    もうそういう気付きすらも与えたくないという感情がある事に気が付きました^^

    私、けっこう冷酷かもしれません^^

    こうやって心の中で損切りするのは、自らの精神を守るためだと思います

    怒るのは得意ではないし、怒りたくない。だから、少しずつ関係を薄くしていき、さっといなくなるのです

    そのあと、相手が「これからは変わるから」と言ってくることがあります

    若かりし頃の私は、そこで情が出て「わかったよ」と言って許して関係を継続した事もありました

    でも、その後、結局同じことの繰り返しになることがほとんどでした

    なので、今は、相手の申し出でやり直す事はなくなりました^^

    次に「自分軸を持つ」です

    期待しては裏切られ、期待しては裏切られ、を繰り返すと、自分がすり減っていくというか期待した自分がなんてバカだったんだろうという感情が湧きだし、それが自身のメンタルを低下させる要因になります

    でも、相手の行動は制御できないことを腹落ちして理解できていれば、期待するという感情も、裏切られてメンタルを低下させる感情も必要ない

    つまり、見限るとは「判断を他人に委ねずに自分で決める」というポジティブで主体性のある行為だと考えます

    じゃあ、その判断材料はなんなのかという事になります

    私は、やっぱり「発言より行動を見る」事じゃないかなと思います

    いくら優しそうな事や甘い事を言ってきても、実際相手が自分に対してどのような行動を取るか、または自分に対してどのような行動を取るよう求めるか

    行動の部分に本質が出るのではないかと思います

    それを評価軸にして自分で判断する

    あと、期待しては裏切られを繰り返す時って、視野というか見える世界が狭くなっている気もします

    世界は広いですから、疲弊してまで関係を続ける必要もないのかもしれません。しかもそういう時って、相手はそんなに疲弊していなかったりするしね^^

    私は、「一度見限った」という事実、その判断をした自分の方を信じたいと今は思います

    そもそも、相手との関係性で大事なのは、その人の前では自分は落ち着く、本音を話せるみたいなのが大事

    相手が怒るんじゃないかとか、機嫌を損ねないような行動を取らなきゃとか、そういう思考になっている時点で、心理的安全性がないというか、緊張状態にあると思うし、それって健全じゃない

    40も過ぎると、世の中には色々な人がいる事を知ります

    私が学んだことの1つは、「徹底したテイカー気質の人もいる」という事実です

    私は、相手になにかしてもらったら、感謝の気持ちでなにかお返ししたくなるし、実際お返しします

    心理学の用語で「返報性の心理」とか言いますね

    でも、世の中には、この感覚がまったくない人もいます

    つまり、お返し精神が全くなく、相手から受け取るだけ受け取ろう、もう少し過激に言うと、搾り取れるだけ搾り取ろうみたいな感覚の人もいるってことです

    ここを認識できないと

    「私がこれだけやっているんだから、相手もいつか私になにかを返してくれるだろう」

    っていうふうに思っちゃう気がします

    これも執着のひとつの事例かもしれません

    という事で、またまた長くなりましたが、私のひとまずの「解」としては

    ・状況を常に客観視して違和感を察知する

    ・自分の価値観を相手にも当てはめない事が大切。徹底したテイカー気質の人もいる

    ・発言より行動を観察する

    ・見限って消える事は、自分を守るためであり、主体的に判断を下すポジティブな行為である。逃げでもなんでもなく、自分を取り戻すための正当な行為であると認識し、罪悪感を持たない

    このような感じに落ち着きました^^

    書いていて思いましたが、私はせっかくの限られた時間は、本音で話せて、緊張状態にならない心理的安全性が担保された人と過ごしたいなと思いました

    いつもより感情が出すぎているかもしれません^^

  • ♯76 Road to 北海道マラソン⑯

    76回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です

    25週目(6月15日~6月22日)

    日付メニューあと
    6/15(月)ランニング8キロ ※181
    6/16(火)ランニング15キロ ※280
    6/17(水)ランニング8キロ ※379
    6/18(木)ランニング5キロ ※478
    6/19(金)ランニング8キロ ※577
    6/20(土)ランニング8キロ ※676
    6/21(日)ランニング25キロ ※775

    ※1、3,5…職場往復ラン。キロ6分20秒ペースで最後少し上げる

    ※2、4,6…朝ラン。5時に起きて気ままに走る

    海沿いを走っていたら水平線に朝日が昇っていて、心が洗われる

    16日(火)は、小雨の中走る

    誰も走っていない中走っていると「今、進化しているのはオレだけ」という気持ち悪いストイックさが顔をのぞかせる^^

    帰ってからあったかいシャワーかかりました^^

    ※7…とりあえずのレースペースである6分20秒ペースで走ってみた

    本番で給水や補給食がある事もシミュレーションするため、途中2回コンビニに寄ってスポーツドリンクやゼリー飲料買う

    なんとか走り切れて自信になった

    【週の走行距離…77キロ 月間走行距離200キロ】

    6月の月間走行距離目標…174キロ  月間進捗率86%

    【メモ】

    ・6月の距離目標を200キロに設定したが、順調に練習を重ねられている

    ・たぶん暑さにあまり強くない。対策を考える必要あり

    ・北海道マラソンまであと2か月半。近づいてきた感あり

    ・腹筋が割れてきた^^自分の体じゃないみたい^^

    昨日の「♯75 マイナーチェンジします」の投稿の通り、来週からは「今週頑張った事」と題して、マラソン練習含むチャレンジしていることを日曜投稿していきます

    それにしても「今週頑張った事」はダサい^^

    なんかいいタイトルないかな^^

  • ♯75 マイナーチェンジします^^

    75回目の投稿になります

    普段、土曜日は投稿日ではないのですが、少しご報告があり投稿します

    現在

    月曜…内省 水曜…好きな歌 金曜…読書記録 日曜…マラソン記録

    という感じで投稿しています

    その中で、マイナーチェンジしたい事が2つ出てきました

    【その1】ストック数に差が生じている

    現在、それぞれのストックが

    内省…約20  好きな歌…0^^ 読書記録…6 マラソン…毎週日曜

    となっており、かなり偏りがある状況です^^

    内省的なブログは、「ああでもない、こうでもない」と自分なりに考えて、ある程度形になったら投稿しています

    そして、なるべく鮮度が高い状態で投稿しちゃいたいという気持ちもあります

    そこで、内省の頻度を増やし、かわりに現在枯渇している好きな歌の頻度を減らそうと思います^^

    【その2】マラソンの実践記録について

    マラソンの記録は続けます

    一方で、マラソン以外に取り組んでいる事もあります

    例えば、弾き語りできるようになった曲、上手にできた料理^^、読んだ本などなど

    それ以外にも新しくチャレンジしたいことが出てくるかもしれません

    また、現状の最大目標としている北海道マラソンは8月末が本番なので、終わった後の方向性も考え始めました

    「マラソン記録」ではなく、もうちょっと大きい枠で「今、こんな事頑張ってます」的な事を毎週日曜日に発信するのもいいかなと思いました

    そこで、しばらくは、次のような形に変更します

    月曜…内省 水曜…内省 金曜…読書記録 日曜…今週の頑張った事

    日曜が小学生の日直の反省みたいなタイトルになりましたが、とりあえずこれでいきます^^

    いいタイトルがあれば教えてください^^

    また、好きな歌も、少しずつストックしていこうと思うので、ストック数が均衡してくれば元に戻すかもしれません

    という事で、マイナーチェンジのお知らせでした

    最近は、アナリティクスによると、1週間で500~600名が来ていただき、4000~5000ほどのビュー数となっています

    増えも減りもしないので^^常連様がある程度定期的に訪れていただいている感じだと思います

    いつもありがとうございます

    個人的には、このブログという場で過去の自分を少しずつ掘り起こしている感覚があります

    その結果、今までダメだと思っていた部分も丸ごと包摂して消化することができるようになってきている気がします

    これは、自分にとってすごく価値のある作業です

    それにお付き合いいただいている読者様には感謝の気持ちでいっぱいです

    あなたに向けて書いていますよ^^

    あ、急に重くなりました^^

    細く長くやっていくつもりなので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします

  • 読書記録「いい人すぎるよ図鑑」

    読書記録「いい人すぎるよ図鑑」

    著者:円城卓・佐々木日菜・真子千絵美

    出版社:PHP

    初版:2024年3月

    74回目の投稿になります

    先週の読書記録では、朝井リョウさんの「イン・ザ・メガチャーチ」を紹介しました

    そして、次回もその続きを紹介しますと言っていました

    ですが、予定変更します^^すごくいい本に出会ったので順番を変更します

    「イン・ザ・メガチャーチ」は、自身の「得体の知れない不吉な塊(by梶井基次郎『檸檬』^^)」に向き合わざるをえず、絶対重くなるので、一回明るいのを挟んでおこうかと^^

    今回紹介するのは「いい人すぎるよ図鑑」です

    2023年に各都市で「いい人すぎるよ展」を開催したことから作られた本みたいです

    ちなみに、「いい人すぎるよ展」は、チケット30000枚が完売したそうです

    この本、ヤバいです^^

    泣ける要素は特にないはずなのに、とっても泣けてきます

    私という人物を真っ向から受けとめ、肯定し、支えてくれる本です

    優しくて、でも優しすぎるがゆえに気を遣いすぎ、少し心が疲れているそこのあなた

    あなたです^^あなたにぜひ読んでほしい本です

    少し内容に触れます

    • すれ違うとき「あともう少しですよ~」と励ます、下山している人
    • レジ会計でイヤホンを外す人
    • 缶コーヒー、微糖と無糖を両方買ってきて選ばせてくれる人

    →この3人、絶対いい人でしょ^^私、バスの運転手してますので、イヤホンの人は特に共感できます。外さなくても清算は成立します。でも、イヤホン外す人は100%「ありがとうございました」って言うし、こちらからの「ありがとうございました」を聴く姿勢もちゃんとある。つまり、目の前の人を気遣い、コミュニケーションを大切にしている人ということがわかります

    • 1人でご飯を食べる時も、小さく「いただきます」をする人
    • 学校で後ろの席にプリントを配るとき、必ず振り向いて渡してくれる人
    • 「さっき何か言おうとしていましたよね?」と話を戻してくれる人

    →この3つは、私が自然とやってることなんです^^

    「いただきます」は、おばあちゃんのしつけですかね^^

    プリントは、自然にやってました。あと、すごく細かい事なんですが、書いてみます。

    例えば私が列の後ろから3番目の時、私の所にまわってきた時点であと2枚。つまり1枚足りない状況

    その時、私はその2枚をそのまま後ろに渡して、自分が「1枚足りないでーす」って取りに行っていました

    それは、「いい事だからやっていた」というよりも、「後ろの人が取りに行くと、なんか心がモヤっとする」という感覚が正確かもしれません

    この本には、上記のような私の心の中の想いも、解説に全て記載されていました^^

    「さっき何か言おうとしてましたよね?」については、なんでかわからないけど、相手と話していると気づく瞬間があるんですよね^^

    「あ、今、話したい事をのみこんだな」って

    たぶん、私も「言おうと思ったけどやめる」事がしばしばあるから、相手のそれも気づいちゃうんだと思います^^

    でも、最近は「のみこんだって事は本人が話すのやめたって事だから、聞かないのも優しさなのかな」とも思います

    本には、こんな感じの「いい人」が100人出てきます^^

    本の途中にコラムがあります

    そのタイトルが「いい人を見つけると、自分がいい人だと気づく」です

    こんな記述があります

    「きっと、この図鑑の中には『なんだこんなの当たり前じゃん』と思うものもあると思います。それは、あなたがいい人だからです」

    「いい人に気付けると、自分自身の『いい人』な部分にも気付けて、自分のことをちょっと好きになれたりするかもしれません」

    いやー、泣いちゃうからやめてほしいですね^^

    自分が当たり前にやっている事、もしくは、相手に気を遣いすぎて逆に反省したりする事をこの本は全肯定してくれます

    私は、この本に共感できる人に会いたいです。そして、友だちになりたいです

    でも、たぶん私含めそういう人は「私、いい人です」アピールなんて絶対しないだろうから、会えないんだろうな^^

    私は、もし自分の身近な人が自分に自信を持てなかったり、何かに踏み出すのにためらったりしていたら

    「あなたはいい人だよ」

    「あなたをわかってくれる人は、少なくとも日本に30000人いるよ」

    って、この本を渡しながら伝えたいですね^^

    久し振りに、本屋さんでたまたま出会ったいい本でした。こういうのが実店舗の本屋さんのいいところですね^^

    読者様方にもオススメの1冊です

  • フジファブリック「若者のすべて」

    73本目の投稿になります

    前回イルカさんの「なごり雪」を紹介しました

    その時に、好きな歌として「気持ちを直接表現しないのにその気持ちがわかる歌詞の曲」が好きと書きました

    例えば「なごり雪」なら「君が去ったホームに残り落ちてはとける雪を見ていた」です

    「淋しい」という表現を用いずとも淋しさが痛いほど伝わる

    そういう曲が好きです

    今回紹介する曲は、フジファブリックの「若者のすべて」です

    歌詞の中に「若者のすべて」という表現はないんですが、曲全体として聴くとタイトルは「若者のすべて」しかないんじゃないかと思えます(なんか説明が下手^^)

    曲はキーボードの和音から始まり、ボーカル志村さんの淡々とした歌い方が重なります

    私、フジファブリックの他の曲をそんなに知らないんですが、志村さんの歌い方好きなんですよね

    特に、この曲に関しては、情感を込めた歌い方よりも、淡々とした歌い方の方が思いの大きさをより深く感じられ、すごく胸に迫り、涙出そうになります^^

    サビの歌詞は、かつて一緒に行った花火大会を懐かしむ内容になっています

    「何年経っても思い出してしまうな」は、それを最後に長いこと会えていない事が窺えます

    今気づきましたが、「若者のすべて」というタイトルは、現在進行形の「若者」ではなく、ある程度成人した男性が過去を振り返ったときに「ああ、あれがすべてだったな」って思っているような意味合いかもしれません

    私が情感を揺さぶられるのは最後のサビ前(Cメロ?)の

    「すりむいたまま 僕はそっと歩き出して」です

    「すりむいたまま」って事は、消化できていない、まだ心残りはひきずったままだけど、次へ進みだしたみたいな感じなんでしょうかね

    んで、最後のサビなんですが、ここで

    「ないかな ないよな なんてね思ってた」

    「まいったな まいったな 話すことに迷うな」

    となるんです

    「え?会えたの?」みたいな事になって、ここでいつも泣きそうになるんです^^

    40過ぎの男が泣くなよって感じですけど^^

    でも、会いたい人にいざ会えたら、感情ごちゃまぜになって話すことに迷うことってありそうだと想像できませんか?

    しかも何年かぶりに会うとなればなおのこと

    私は大事な人と会う時は、ちゃんと話せるようにメモに話したいことを書いていったりします^^(メモ見て話し始めるのって、相手から見たらヤバいやつかもって、今気づきました^^)

    話を戻します^^

    でも「まいったな まいったな」って事は、「来てくれたらいいな、でも来ないだろうな」の時に来たって感じ

    なので、話すことが整理できていない感じは「準備大事マン」としてはすごく共感できます^^

    この2人は、なぜ会えなくなったんでしょうね

    歌詞の雰囲気からはケンカ別れした感じでもなさそうだし、どっちかに急な事情があったりしたのかな

    相手が亡くなっている人だとしたら、最後のサビの歌詞は、「僕」がちょっとおかしくなっちゃったのか^^なんて思ったり

    うん、やっぱり色々な想像というか解釈を楽しめる抽象的な歌詞っていいなって思いますね

    「2人にとって最も思い出深いこの日この場所で、毎年待ってる」みたいなのって、すごく小説的というか、しんどいけど甘美な感じがしますよね

    そういう人ができたとして、「毎年、来るかどうかわからないのに、その日その時間にその場所で待ってる」みたいなのって、相手が来るかどうかは別として、けっこう生きる理由になったりするかもなあなんて、急にめちゃくちゃ重い事を考えたりしました^^

    ちなみにこの曲は、ヨルシカのボーカルsuisさんがカバーしています

    原作をリスペクトしているのがよく伝わるsuisさんの優しい歌声が素晴らしいので、こちらもあわせて聴いてみてください^^

    昨日作った「酒蒸しハンバーグ」がとっても美味しくできたので、載せちゃいます^^

    40過ぎて承認欲求高いのは痛いですね笑

    ありがとう長谷川あかりさん^^

  • 意味がわからないから☆1^^

    72回目の投稿になります

    最近は、読書、マラソン、ブログ、料理などうまく時間を使えている気がしていて、日々充実しています

    充実感があるからか、色々な事にチャレンジングになったし、一喜一憂せず冷静に物事を楽しめるようになった気がします

    10年前くらいの自分に声をかけられるなら「10年後、自由に楽しく生きてるから、なんとかやりすごせ!」と伝えたいですね^^

    あの時の、何かにおびえ、必要以上に気を遣い、自己犠牲を美徳とするというか「自分は幸せになる価値がない」みたいに思っていた自分はどこへ行ったんでしょう^^

    人間、数年で別人になるもんですね

    色々なきっかけをくれた人や本、あと自分に感謝ですね^^

    さて今回は「意味がわからないから☆1」です

    まずはこのタイトルの意味がわからないですね^^

    先月、咽頭炎になり家の近くの耳鼻咽喉科に行きました。そのときに気付いた事をもとに書いてみたいと思います

    ここ数年、耳鼻咽喉科にお世話になった事がなかったので、ネットで検索しました

    そして、自宅から最も近い医院を調べてみたところ、次のような文字が目に入りました

    「口コミ評価…☆1.9」

    いやいや、☆1.9は低すぎでしょ^^ヤバい病院なの?^^

    と思って口コミを見てみる事にしました

    「受付の人があり得ません。こっちを見ずに話すし、マイナンバーカードの提示がわからないと言ったらため息つかれるし。最悪でした(☆1)」

    「受付の人が不愛想で、腹が立ってきます。先生の対応は普通です(☆1)」

    こんな感じのが並んでました^^

    これに強烈に違和感を感じる私はおかしいですか?ここに来ていただいている読者様は、私と似た感覚の方が多いと思うのですが、今の世の中ってこんな感じですか?

    いやいや、ちょっと待ってくれと。病院は何しに行く所ですかと。つらい症状を治しに行くんでしょうと

    それなのに、評価の主軸が「受付の人の態度」なのはおかしくないですか?^^

    なんか、こういう「評価の観点」や「定義」がずれることで、おかしな方向へ行く事って、人との会話でもしばしばありませんか?

    あ、ちなみにその医院の先生は普通に親切で、処方された薬で良くなりました

    受付の方は事務的でしたが、全然気になりませんでした^^

    スミマセン、少し脱線します

    私、あまり接客に重きを置かないんです

    例えば深夜のコンビニの店員さんが、すごく元気に接客されているのを見ると

    「いや、もう少し省エネで、適当でいいよ~」って思っちゃいます^^

    人それぞれ重視するポイントが異なるんでしょうか

    似たような事で私が気になることを2つほど挙げてみます

    読者様方は共感していただけますでしょうか?それとも私の感覚がおかしいんでしょうか?読みながら判定してみてください^^

    ・アマゾンの商品サイトで☆1

    「DVD1枚が大きな段ボールに入って届きました。なんという過剰包装でしょうか。これならレターパックとかで十分です。エコじゃない!(☆1)」

    →私が世間知らずなだけかもですが、例えばアマゾンにおけるDVDのレビューは、作品の中身についてですか?それとも発送の良し悪しについてですか?^^

    私は前者だと思っているので、上記のレビューで☆1は、なんかかわいそうな気持ちになります^^

    ・書評で☆1

    「読んでみたけど、まったく面白くない。というより、内容が難しくて、意味がわからない。買って損した。(☆1)」

    →いやいや^^内容が難しくて意味がわからないから☆1って^^それは、ご自身の読解力が乏しいからではありませんかと

    ある意味、強いメンタルの持ち主という感じでしょうか?

    「良くない自分軸」と名付けてみました^^

    いや、私もありますよ。読み始めたけど、難解で何言ってるかよくわからん本が

    でもね、私は「あ、自分はまだこの本を読むレベルに達していない」って思うんですよね

    でも、考えようによっては、そういう理由で☆1を付けちゃえる人の方が生きやすい感じもしますね

    しょうもない事をダラダラ書いてスミマセン^^

    少し話題を変えます

    私は、口コミとかレビューとかを書いた事がありません

    というか、色々な事に思いを巡らせすぎてしまって、書けないという言い方が正しいと思います^^

    私の感じた事は、当たり前ですが「私の主観」なので、他の人に当てはまるかどうかはわからない

    なので、自分がいいと思ったものでも、他の人にとってはそうでもないかもしれない

    あ、でも、それよりも、商品やサービスを提供する側の事をより考えちゃうかもしれないです

    売る側が売りにしたい事と違う事を褒めても、それは販売戦略やブランディングと違うから嬉しくないんじゃないかとか思っちゃいます

    「お前1人の口コミなんて、そんな影響力ねえよ!」

    って誰か言ってください^^

    ここの読者様方だけは共感していただけると嬉しいです

    しょうもない話に1900字^^いつもホントにありがとうございます

  • Road to 北海道マラソン⑮

    71回目の投稿になります

    北海道マラソン完走に向けた練習記録です

    24週目(6月8日~6月14日)

    日付メニューあと
    6/8(月)ランニング8キロ ※188
    6/9(火)ランニング12キロ ※287
    6/10(水)ランニング8キロ ※386
    6/11(木)ランニング5キロ ※485
    6/12(金)ランニング8キロ ※584
    6/13(土)ランニング12キロ ※683
    6/14(日)ランニング15キロ ※782

    ※1、3,5…職場の往復ラン。キロ6分ペースでコツコツと

    ※2、6…運動公園の1キロ周回コースを12周

    ※4…夜ラン。クマに遭遇したくないんで、歯医者から帰宅した後、車通りの多い道を23時から走ってみる。シカには遭遇した^^5メートルくらいの距離感で、しばし見つめ合った^^

    ※7…上り坂ラン15キロ

    【週の走行距離…68キロ 月間走行距離200キロ】

    6月の月間走行距離目標…104キロ  月間進捗率52%

    【メモ】

    ・シューズ、ひざサポーター、サングラス、携帯ポーチ…。毎日練習していると、1つ1つの道具に愛着が湧いてきます。走ってる途中に飲んでなくなるゼリーやドリンクでさえも^^

    こちらが私の「お友だち」たちです^^

    ついに物を擬人化し始めました^^

    ・6月は「走行距離強化月間」ということで頑張っています

    「距離は自分を裏切らない」と思っています

    受験をくぐり抜けてきた方ならわかると思いますが、「まずは質より量」って思っています

    「コスパ」「タイパ」が叫ばれる昨今ですが、英文の長文読解するためには基本英単語の習得が欠かせません

    ドラクエでラスボスを倒すためには、テクテク歩いて敵を倒してレベルを上げるしかありません^^

    北海道マラソンというラスボスを倒すために、今は毎日スライムを倒しながらレベル上げをしているイメージで頑張っています^^

    「1日5回の腹筋、1日5分の散歩」そういう小さな事が後々振り返ると大きな1歩だったと思えるかもしれませんね

    じゃ、今日もスライム倒しに行ってきます^^

  • 読書記録 朝井リョウ「イン・ザ・メガチャーチ」①

    読書記録「イン・ザ・メガチャーチ」①

    著者:朝井リョウ

    出版社:日本経済新聞社

    初版:2025年9月

    70回目の投稿になります

    ちょっと前に「50回目だー」とか言ってた記憶がありますが、気付いたら70回目でした^^

    初めまして様も、いつも来ていただいているあなた様も、ありがとうございます

    私、コツコツ継続する力が意外とあるのかもしれません

    あとは、一度「これ」と気に入った物や事があれば、それを生活の一部に組み入れる感覚もあります

    このブログ、マラソン練習、料理などはもうだいぶ習慣化されているので、なにか新しい事に取り組んでみようかと考えている今日この頃です

    相変わらず、生き急いでます^^

    さて、今回紹介する本は、朝井リョウさんの「イン・ザ・メガチャーチ」です

    今年の本屋大賞を受賞した本で、私もその報道をきっかけに読んでみた感じです

    以前、「正欲」も紹介しましたが、最近は朝井リョウにどっぷりハマっています

    「イン・ザ・メガチャーチ」は、ストーリーも面白いし、3人の登場人物の心情も共感できるし

    でも読み進めると共感とは別の恐怖感や孤独感なども襲ってきて、読み終わった時、少し息苦しい感覚に襲われました

    たぶん、2回にわたって書いてみる事になると思います^^

    さて、この本は、「推し活」を大きなテーマとしてストーリーが進みます

    1人は推し活を仕掛ける側の音楽会社社員。もう1人は推し活にのめりこんでいく女性。もう1人はかつて推し活にのめりこんでいた女性

    私が面白い(というか恐ろしい)と思った事を、キーワードで書いてみたいと思います

    1つ目のキーワードは「物語」です

    仕掛ける側は、アイドルとしてデビューするグループのパフォーマンスやビジュアルそのものよりも、その前後の物語を強く打ち出します

    「取り込みたい対象は、共感能力が高く、自他の境界が曖昧な気質の人である。それらの人は自己のアイデンティティを相手に重ね合わせ、その物語性に魅了されていく。そのような経緯で応援するファンは離れづらい」

    こういう事を、戦略的に仕掛けていくんですね

    私含め、誰もがなにかに「ハマる」時には、こういった仕掛ける側がいるという事が興味深くもあり、怖くもありといったところでした

    私もたぶん、相手の物語性に感化されやすい気質を持っていると思います

    相手との共通点を見つけた時には嬉しくなるし、頼られると頑張ってしまうタイプでもあると思います

    「じゃあ、そうならないように気を付けよう」で終わらないのが朝井リョウでした^^

    次へどうぞ

    もう1つのキーワードは「視野」です

    私は、視野とは広ければ広いほどいいと思っていました

    実際、日常生活を送る上では(または、社会規範に沿った形で生きていくためにはと言った方がいいかな)、視野の広さはポジティブな言葉として用いられると思います

    でも、この本では、推し活にのめりこんでいくときに、「視野を狭くする」という言葉が何回もでてきます

    広くするんじゃなくて、狭くする、です

    「物語に没入するというのは、視野が狭まるということでもある。だから、お金を使いすぎている、自分のためにはならないとわかっていても行動を変えることができない。心配して声をかける人を敵認定して遠ざける。そういう事に目を向けずに推し活にのめりこむ。」

    それを本の中では「自分を使い切る」と表現しています

    もう1つのキーワードは「信仰」です

    いかにお金を落とさせるか、経済的に身を滅ぼしかねないほどの推し活を、宗教になぞらえて次のように書いています

    「本質的には無意味、低価値、無関係なものを、仕掛ける側が発信する物語性によって信者を視野狭窄に陥れ、価値が高いと思い込ませて本来の価値以上の対価を支払わせる」

    そして

    「中毒症状がある方が苦しくないのだ人生は。ずっと我に返ったまま生きるには、この世界は殺伐としすぎている。自分を使い切っている人には、外部からのジャッジが一切通用しなくなる」

    「結局皆、信じるものが欲しいんです。孤独の中で信じられそうなものに出会った時、人はその対象に強い共感や感情移入を試みます。その結果、時間や労力、お金を注ぎ込むようになる」と続きます

    でも一方で

    「理由も目的もなく、ただ一緒にいられる人がほしい」

    「自分以外の誰かと1つの物事を同じ目線で見つめることができる時間というのは、すごく貴重なのかもしれない」

    という感情も持ち合わせている

    こうなってくると、読み進める私の情緒は不安定です^^

    読んでいてドキドキしてきます^^

    私、現代作家では、「この作家さんが好き」というのはあまりありませんでした。しかし、今は朝井リョウさんにハマってます^^

    あるアーティストを好きになったら、それが5枚目のアルバムだったりすると1~4枚目のアルバムも遡って聴いたりするじゃないですか(私だけ?^^)

    それと同様に、今は「桐島、部活やめるってよ」から順番に読み進めています

    あー、マジで時間足りない^^1日が26時間くらいあったらいいのに^^

    今回は引用が多く、うまく紹介できなかった気がします

    次回は、「イン・ザ・メガチャーチ」の主な登場人物の1人、武藤澄香に焦点を当てて、私のこれまでと重ね合わせてゲロ吐きながら(表現が良くない^^)書いてみたいと思います

  • ヨルシカ「ポスト春」

    69本目の投稿になります

    最近は晴れていたかと思えば急に雨が降ってきたり、天気の変化が目まぐるしいですね

    昨日は急な雨で、マラソン練習していて、びしょ濡れになりました^^

    季節の変わり目、体調を崩さず元気に過ごしたいものですね

    今回は好きな歌紹介です。ヨルシカの「ポスト春」です

    先日リリースされたアルバム「二人称」に収録されている曲です

    穏やかなメロディーと、ボーカルsuisさんの優しく柔らかな歌い方が、聴いていてとても心地よいです

    しかし、歌詞はまあまあ過激なところもあります^^

    私、歌詞とメロディーにギャップのある歌がけっこう好きかもしれません

    歌詞はすごく落ち込んでいて暗いのに、メロディーはすごくアップテンポな曲とか^^

    私、最近ギターを練習しているのですが、今はこの曲を練習しています

    歌詞をルーズリーフに書いて、コードを書いて…とやっていると、いつも以上に歌詞を味わうことになります

    ヨルシカの歌詞はだいたい好きですが、この歌の歌詞はとても好きです

    その中で一番好きだったのが

    「批判も批評も雪」です

    頑張って言語化してみますね^^

    A「批判や批評って、出てきたときはワーッと盛り上がるけど、だんだんとなくなっていくと思うんですよね。人の噂も七十五日っていうことわざもありますし。今なら炎上っていう方が伝わりやすいでしょうか。そういうのってずっと同じ熱量で批判され続けるのってほとんどないし、批判する人も飽きて次のネタに移ったりしている気がします」

    たぶん私だったら、「批判や批評」という観点でブログを書くとしたらAのような感じで、154文字も使って長々と説明すると思うんですよね

    それをn-bunaさんは「雪」という1語で表現しました^^

    「天才だな」って思っています^^

    私、生まれも育ちも北海道です。雪って、すぐ解ける事もあれば、根雪となって数か月残る事もある。でも、春には必ず解けて見えなくなる

    それを批判や批評になぞらえて、「そのうちなくなるから気にしない」みたいなニュアンスを乗せて「雪」って表現するのオシャレすぎるでしょって思ってます^^

    もう1つ好きな所があって、それは

    「これからの僕たちは、解らなくていいものを解るための進化論に夢中」です

    これも現代社会を見ていると、わかる気がするんですよね

    最近って、はっきりさせたり明確にする事がいい事という風潮が強いような気がします

    そういう私も、このブログで言語化することを試みていますし、解像度を上げて自身や世の中の本質に少しでも迫りたいと思っています

    知識欲も大事だし、探求心や好奇心も大事だと思います

    でも、一方で、解像度を上げずにぼやけさせたままにしておいた方がいい事もあるような気がしています

    具体的に「これ!」とは言えないんですが、例えば人との関係性でも、相性の良し悪しなどはすごく直感的な事も多いし、それがなぜなのかっていうのはそのままにしておいた方がいいような気もします

    曖昧さを楽しむというか、干渉しすぎないというか…

    あ、なんかすごく抽象的な話になってしまいました^^

    「ポスト春」に戻ります

    この歌は、歌詞が具体と抽象を行き来している感じがしてすごく好きですね

    全然関係ないですが、からあげがとっても上手にできました^^

    マラソン練習の後に食べた揚げたてのからあげの画像を意味なく載せて終わりにします^^

    画像を載せる術を知ったので、無駄に添付したいだけという投稿者のエゴです^^

    いつもありがとうございます

    終わり!!